第8話 シマの世界

<南三局 親:八木 ドラ一>


 心配そうな顔をし始めた八木と倉田を睨みつけ、俺は手を開けた。

 いまここでやつのペースに飲み込まれることの方が、マンガン直取りされるよりもマズイとわからんのか。



<雨宮 配牌>

一一二二三 ③⑥⑥⑦⑨ 38西

ツモ:西

打:⑨


 シマをちらりと見ると、にこにこしながら手を振ってきた。どこまでも人を食った態度を取っているが、これもやつの人心操作術のひとつなのかもしれない。

 天馬はいまはおとなしくシマの手牌に目を落としている。

 まさか俺を裏切るとは思わなかった。ボールペンのトリックに気づいたのか、最初から取引を受けるフリをして俺をハメるつもりだったのか……。

 どちらにせよ、してやられた。

 この借りは必ず倍プッシュで返してやる。



<8順目 雨宮>


一一二二三三八 ⑥⑥⑦ 2 西西

ツモ:⑦ピン


 よし、うまい具合に捨て牌が平和っぽくなっている。

 あとはチートイに最適な単騎を待てばいいだけ……。


打:八萬




<9順目 雨宮>


一一二二三三 ⑥⑥⑦⑦ 2 西西

ツモ:6ソウ(スジ引っ掛け)


<雨宮 河>


⑨ ③ 8 9 3(←八木ポン) 八


 この牌を待っていた。もう2ソウなど用はない。

 一瞬、リーチをかけるかどうか迷う。だがリーチをかけても無駄だ、やつは降りない。

 それよりもここはダマテンでいい。テンパイだと見抜けなければ、あっさり打ち込んでくるかも。

 俺は八木に合図を飛ばす。サシコミできればそれが一番いいのだ。


雨宮:打2ソウ

八木:打6ソウ


 よし。

「ロン。チートイツドラドラ」

 フフ、これでまた点差は4万に開いた。

 シマの口の端から鋭い八重歯がちらりと見えた。





「その首、もらった」


 バラッ


<シマ手牌>


 七八九 ①②③ 45 789 北北

 ロン:6ソウ


「平和のみ。1000」


 ……。平和、だと?

 八木は一瞬ボケッとしたあと、手を出して催促するシマに慌てて千点棒を差し出す。

 卓上にひとつの疑問が浮上した。

『なんでそんな安手で……?』


<シマ 河>


 南 ③ 8 東 二 五 ⑨ ⑦ 4


 不自然だ……直前の⑦⑨ピンを残せばチャンタ三色じゃねえか……。

 ここから導き出せる結論はひとつだ。

 シマは見抜いていたのだ、俺の平和を偽装したチートイを……。

 …………。

 そうか、俺が直前に捨てた2……。

 八木が3ソウをポンしていて、倉田の河にも3ソウは一枚あってカラ……平和手に2ソウは明らか不要……

 ションパイだから残していたが、そこから感づかれたのか……あるいは、チートイの性質上、まったく鳴き気配を見せなかったのも原因のひとつかもしれない。

 3-6ソウに狙いを合わせたのは、俺がチートイで待つなら筋ひっかけの可能性が高いと踏んだから……。

 だが、それらはあくまで気配や可能性の領域であって、手牌を透かして見たわけじゃない。たまたま2ソウを残していた可能性だってある。

 なんなんだ、こいつは……。


「どうしてこんな手であがったか、不思議?」


 むしろ一番混乱しているのはうしろで見ていた天馬のようだった。目が泳いでいる。

 俺は手牌を崩した。


「べつに。むしろ助かったよ、そんな手で場を回してくれるなんて。頭ハネしてみたかったのか?」

「お、おいマジかよシマ」おまえが信じてどうする天馬。


 シマは髪の毛に指を巻きつけて遊んでいる。


「いいんだよ、これで。

 わたしは次のラス親で、役満を雨宮から直取りするんだから」


 こともなげにそう言い放った。冗談を言っているようには見えない。

 八木と倉田が目に見えて動揺していた。倉田は緊張すると目元がぴくぴくと痙攣するようだ。


「おいおまえら、こんなやつの口車に乗せられるんじゃねえよ。

 どうせまたメンゼンホンイツを国士風に見せて、チュンチャン牌であがろうってせこい魂胆だろうからな」

「あ、なるほど……」


 せめて自覚してくれ、自分たちが誘導されてることくらい……いや、それをわからなくさせることが誘導か。


「なんの心配もない。あと一局、俺らの誰かが場を流して終了さ。

 むしろ役満なんかより、マンガンやハネマンで差を詰められることの方が恐ろしい。

 落ち着いて打てば、そうそう負けることなんかねーよ。

 役満だの倍満だの、そう簡単にホイホイ出てたまるか。

 確立を突き詰めて打っていけば間違いはない。

 それがたったひとつの正解なんだから。

 そうだろ?」

「あはは……そうだよな! ハハハ」

「じゃあ、ちゃっちゃと済ませちゃいましょう!」


 無理に明るく笑っている倉田と八木の笑い声を、シマの冷たい呟きが切り裂いた。



「バカみたい」



「あ?」


 シマは今までの笑みを捨て、侮蔑の視線を俺に向けてきた。


「確率? 正解?

 そんなもの、勝負には関係ない。

 そういうものを頼れば頼るほど、自分の中の感覚は鈍っていく。

 だって答えなんてないじゃん。どんなに100に近い闘い方をしても、必ず勝つわけじゃない。それが麻雀。それこそギャンブル。

 君はただ、言い訳を探しているだけ。

 しょうがない、運が悪かった、他のやつでもそうした、次に取り返せばいい。

 そう言って自分の愚鈍さをなすりつけるための理が勝ちにつながるわけがない」


 俺はため息をついた。


「よくいるんだよな……そういう気合とか、流れとかの抽象論でギャンブルするやつ。

 あのな、よく聞けよクズ。この世のほとんどは理によって動いている。

 だからなにも考えないで動くやつは負ける。なぜなら理を図らないからだ。

 漫然と生きているから、死ぬ。

 ま、せいぜいおまえは運否天賦でギャンブルしてろや。

 俺は運命を自分の理で切り開く」


 シマがまっすぐに俺を見返してきた。


「君たちの心に深く深く刻んであげる。切り開けるような運命は……

 運命なんかじゃないってことを」



 シマ 19200

 倉田 11300

 雨宮 52500

 八木 16800





<南四局 オーラス 親:シマ ドラ六>


 くっ……

 ククク……

 なんだ、これは?

 俺は開いた自分の配牌を見て口元がにやけそうになるのを、必死で頬を噛んでこらえていた。

 1、2、3、4……

 間違いない。

 テンパっている。

 切り開けるような運命は運命じゃない?

 勝負はその場その時だけの決断?

 笑わせる、なにもできないじゃないか。

 安心するがいい。せいぜい仲良くなれるように取り計らってやる。

 牛舎にいる雌牛どもとな。


「リーチっ……!」


 さあ、飛び込んでくるがいい。

 バリバリと喰らってやる……!

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