第4話 東一局
【東一局 親:倉田 ドラ5ソウ】
<北家シマ配牌>
二五八 ②④ 48 東南西北白発
頭を抱えたくなった。なんというクソ配牌……。
それどころか、十三不塔じゃないかコレ?
さすがのシマも腕を組んで難しい顔をしている。
そりゃそうだ、たとえ遊びで打ってても嫌になる、こんなの。
しかし弱音を吐いている場合ではない。
なんとしてもあがらなければならない。
なにせ三対一なのだ、アガれる時にアガっておかなければ間に合わない。
この手の行く末は、字牌を整理していって、ピンフかタンヤオにいきつけば上等ってところか……。
いや、むしろ破れかぶれの国士無双の方が望みがあるか……?
倉田から順に不要な字牌を捨ててくる。
シマの第一ツモは……?
ツモ:⑧ピン
帰りたい……。
その後もシマのツモは煮え切らなかった。
バラバラと数牌を引いては来たが、なかなかまとまっていかない。
8順目の手牌はこうだ。
二三五七八萬 ②④⑤⑧筒 1289索
この時点でいまだメンツも頭もない……が、うまくいけば三色の目が見えないわけでもない。
メンピン三色のマンガンを初っ端に決めておければ……。
が、次順にその希望に陰が差す。
卓に千点棒が転がった。
雨宮が7ソウを横にして宣言する。
「リーチ」
ついに来た……。
俺はシマの肩越しに雨宮の捨て牌を覗き込んだ。
<雨宮捨て牌>
北 西 南 9 一 ⑥ 九 3 7
一見、安手に見えるが……
八木が五を切る。通し。
そしてシマのツモ……
ツモ:5ソウ
ドラかよ……。
しかも手牌から浮いているし……。
二三五七八萬 ②④⑤⑧筒 1289索
ツモ5ソウ
……ここはもう撤退だ。この手をたとえまとめていったとしても、ピンフどまり。いま無理する必要は……。
スッ……
シマは手牌の上に乗せていた5ソウを手に取った。
特になにか決意した様子もなく、まるでアンパイを切るように河へ……
「な、ちょ、まっ……!」
タンッ!
ぐっ……振ったか……?
…………。
倉田がヤマに手を伸ばす。通ったようだ。
しかし、心臓に悪い……。
いまこんな無理する必要があるのか……?
倉田:打六萬
雨宮:打中
八木:打⑤ピン
シマ:打發
倉田:打二萬
雨宮の手牌が倒された。
「ロン。リーチピンフドラ1、裏なし。3900」
……まだ大丈夫。俺は額を流れる汗をぬぐって、シマを見た。
こいつがいるんだ、この程度のリードにビビってどうする。
しかし俺はついに始まってしまった真剣勝負に、ただただ震えざるを得なかった。
カガミの点棒状況を解説する声も、どこか遠くから聞こえてくる気がする……。
シマ 25000
倉田 21100
雨宮 28900
八木 25000
【東二局 親:雨宮 ドラ白】
打って変わって東二局、シマは好配牌に恵まれた。
ヤオチュウ牌なし、タンピン、少し伸ばせば三色イーペーコも見えそうな模様だ。
しかし、シマはさほど嬉しそうではない。
もちろんこんな大勝負の時に配牌の良し悪しを顔に出してもらっては困るのだが、なんとなく気が感じられなかった。
アガろうという気……それがないように思われた。
根拠はない……が、その違和感は俺の心の奥深くにしつこくこびりついたまま離れなかった。
そしてタンピン三色まであとイーシャンテンというところで再び
「リーチだ」
雨宮のリー棒が卓を打った。
親リーとはいえ、この手を捨てるのは惜しい。
ここは全ツッパか……。
八木:打9ソウ
シマ:打西(ツモギリ)
倉田:打5ソウ
「ロン。メンタン一発。裏なし。5200だ」
シマはこの展開を予感していたのだろうか。
俺はギリッと歯軋りした。
なんでこうも雨宮に運が味方する……。
がしゃっ、とシマが勢いよく手牌を崩す。
その表情に焦りはないが、少しいらついているようだ。眉がしかめられている。
「あのさあ、べつに手加減しなくていいよ。最初から全力で来なよ」
「はあ? なに言ってんだ、麻雀に全力も手加減もあるかよ。ただ牌を切るだけだろーが」
見当ハズレのことを言って場を和ませてくれたのは倉田だ。
こいつとサシウマなら俺でも勝てた気がする。
「ふふ……麻雀はただの運否天賦のゲームじゃない。
たぶんそのうち倉田くんにもわかってくるよ。
直にね……」
ちらっとシマが俺の方を見た。
俺が感じている不安などお見通しのようだ。
どの道、俺にできることなどなにもない。シマに任せるしかないのだ。
自動卓が次の勝負のヤマを吐き出した。
シマ 25000
倉田 15300
雨宮 34700
八木 25000
【東二局一本場 親:雨宮 ドラ4ソウ】
「ポン」
白を鳴いたことを契機にシマは鳴きまくった。
あっという間に三フーロする。
⑤⑥筒 44索 312(チイ)879(チイ)白白白(ポン)
捨て牌にある西を二枚残しておけば、西ホンイツドラドラだったが……仕方ない。こればかりは時の運だ。
その代わりホンイツ、チャンタをにおわすことによって④-⑦ピンのアガりやすさは格段に高い。
案の定、親の雨宮がノーガードで打ち込んだ。
「ロン。白ドラドラ、3900は一本場の4200」
シマ 29200
倉田 15300
雨宮 30500
八木 25000
【東三局 親:八木 ドラ⑤ピン】
7順目、シマの手牌である。
二三四 ⑤⑤⑦⑧ 678 (555)チイ
ツモ:⑦ピン
よし、絶好のところを引いてきた。⑧ピン切って⑤-⑦ピンのシャボ待ち。
高めのドラが来ればマンガンに達する。
だが、シマはまるで俺をあざ笑うかのように
打:⑦ピン
切り替えせず、タンヤオ⑥-⑨ピン待ち。
だが⑨ピンではあがれない、最悪の片アガり待ち……。
が、シマの打牌の解答はすぐに現れた。
「それポンっす!」
八木が⑦ピンをポンしたのだ。そして
打:⑥ピン
……見越していたのか?
八木のイーシャンテン、そして⑥⑦⑦ピンの牌の連なりを……。
シマはただただ嬉しそうに牌を倒した。
「ローン。タンヤオドラドラ。5200」
シマ 34400
倉田 15300
雨宮 30500
八木 19800
「現在、シマ様が雨宮様と3900の差でトップです」
カガミのアルミ缶みたいに冷たい声ですら俺の心を安心させてくれる。
さっきからシマは二連続ホーラ。しかも一度も振り込んでいない。
この流れに乗れば、親番で一気に引き離せる。
そう思った。
その時シマは、じいっと雨宮を見つめていた。
【東四局 親:シマ ドラ⑤ピン】
<シマ配牌>
五六七 ③④⑤⑤⑦⑦ 45 南白中
打:南
文句なく好配牌。やはり流れはシマに来ているのだ。
次も、その次も有効牌を引き入れる。まるでシマという惑星の重力に導かれているかのように。
9順目、早々とテンパイ。
五六七 ③③ ⑤⑤⑥⑦⑦ 567
カン⑥ピンと待ちは悪いが、タンヤオ三色イーペーコドラドラ。ハネマン確定の手だ。
しかも③ピンと⑨ピンを捨ててあるから筋引っ掛けでもある。
ある意味、もっともアガリやすい待ちなのではないか……?
倉田と八木はそれぞれマンズとソウズのホンイツ、対面の雨宮に至ってはようやく字牌整理が終わったところ、といった具合だ。
この局はもらった。
そう考えた俺の甘さに水をぶっかけたのは、またもや雨宮だった。
「リーチ」
予想以上に早い……役はピンフか?
<雨宮 捨て牌> 捨てた順→
一 西 ② ⑧ 九 北 中 9 7 四(リーチ宣言)
断言はできないが……五-八萬、3-6ソウあたりが危なそうかな……。
どこからリーチがかかってきても、顔色ひとつ変えないシマだけが心の支えだ。
八木:打③ピン
「…………。」
ツモ:西
よし、とりあえず現物の西を引いてきた。これで一発は回避。
そう思って俺は胸をひとまずなでおろした。これで次順にでも⑥ピンが来ればいいのだが。
シマは静かに西を切った。
「くっ……」
「ククク……」
雨宮がおかしそうに笑っている。そんなにいい待ちなのだろうか。
「カガミさん、確か国士十三面待ちはフリテンなしってルールだったよな?」
は?
見上げると、カガミが冷たい視線を俺とシマに注いでいた。
「ええ、おっしゃるとおりでございます」
なに言ってんだ?
いま、なんて言った……?
「そうか。
な ら 、 も ら っ と こ う 」
バラッ
一九①⑨19東南西北白發中
俺の視界に火花が散った。
そのあとのことはよく覚えていない。
ただ覚えているのは、どうやら大暴れしたらしい俺をカガミが叩きのめして完全に制圧したこと、それを上から見下ろしていた雨宮たちの愉悦に満ちた顔だけだ……。
俺はいま、雨宮が用意した休憩室のベッドに寝かされている。
シマはベッドの縁に腰かけて、なにか物思いに沈んでいるようだった。
その顔はいつになく真剣で、俺にこの事態が夢や幻ではないことを痛感させた。
「シマ……」
「ん?」
「あれ、おかしいよな。国士の捨て牌じゃ、なかったよな」
シマはこちらを向くと、いつもの笑顔を浮かべてくれた。
俺を安心させようとするその微笑が胸に痛む。
「あいつら、イカサマしてんだよな?」
「うん、そうだよ。けど、まだ手段はわからない」
「……あんな役満を簡単に出せるようなら、俺たちに勝ち目なんてあるのかよ……」
絶望に涙がこぼれた。つっ……とこぼれたそれをシマの指の腹が拭う。
「もっと悪いこと教えてあげようか」
「……言ってくれ。知らないままはゴメンだ」
「雨宮たちは通しをしてる」
「……通し?」
「テンパイしたら、合図を出してロン牌の種類を教えあってるんだよ。マンズピンズソーズか、字牌か、ていう具合に。
最初の頃の一発ロンとかはそれのせい。
そして雨宮に点棒を集めさせ、わたしたちがハネマン、倍満を出しても逆転できないようにする」
「……絶望的だな、ホント……」
俺が痛む頭を抑えていると、シマが覆いかぶさってきた。
「そうかな。むしろここからが勝負所って思わない?」
ああ……いいよな、おまえは。強くてさ。
俺よりも正確に状況を把握しているだろうに、どうして弱音ひとつこぼさないんだ。
俺は……
「俺はただ、怖いよ……」
「じゃあ、わたしのドキドキわけてあげよう」
「は……?」
そう言うとシマは俺の手を取り、あろうことか自分の胸に押し当てた。
柔らかい胸が俺の手のひらでつぶれる感触に、俺の体が硬直する。
「な……なん……考え……ええ?」
口がうまく回らない。だって仕方ない、男だから。
シマはそんな俺をからかうようににやにやしている。こいつ恥じらいはないのか。
「ねえ……感じない?」
「は、はい……?」
「わたしの心臓の音……」
手のひらを通してシマの心臓がどくん…どくん…と脈打っているのが伝わってくる。
「楽しい……お互いに失いたくないものを賭けて闘うのはサイコーの気分……」
シマの頬が赤らみ始めた。
「馬場くんは、闘うの嫌い?」
俺は顔を逸らした。すると顎を掴まれて強引に戻された。
まっすぐに目を見つめられる。なんだこの状況は。
「……闘ったって、勝てねえし」
「ホントにそうかなあ?」
「知るか、そんなの。
あんたは、怖くないのか。死ぬのが」
「もちろん怖いよ。死にたくない」
「じゃあ、どうしてこんな勝負受けたんだ。なにもあんたまで人権賭けることない、無関係なんだから」
「わたしは負けない」
「どっからその自信が来るんだ」
「負けると思って勝負してるの?」
「……」
「ねえ、この半荘、勝てると思う? はっきり言ってみて、嘘はいいから」
「……負けると思う」
「どうして」
「だって役満の打ち込みだぞ? しかも三人で通しをされて、相手はわけわかんねえイカサマもしてるみたいで、どうするってんだよ。ねえだろ、道なんか」
俺はなにか間違ったことを言っているだろうか。
少なくともこの後の勝負は、残りの半荘二回の取り合いになるだろう。まず十人中九人はそう答える。
シマは俺から離れると、ぼそっとこぼした。
「勝負するってことは……」
「え?」
「揺らぎ続けることなのに」
俺は初めて、シマの寂しそうな顔を見た。
<半荘1 東場終了…>
シマ 2200
倉田 15300
雨宮 62500
八木 19800
シマと雨宮との差…60300点
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