第2話 いじわるな身近な人

 俺、浅久健は一つ失敗を犯した。


 俺の前の席に座っている朱音に、つい名前を呼んでしまったのだ。それに気づいた朱音が不思議そうな顔をして後ろを振り返った…。


「……え、けん……ちゃん……?」


「皆揃ったか?それじゃあまず号令しようか。起立!」


 朱音の言葉とほぼ同時に先生が号令をかけた。朱音の存在に戸惑いながらも俺は先生の号令に従い、礼をした。

 いや、正しくはお互いの存在に戸惑いながら、だ。朱音も激しく動揺しているのが俺にも伝わってくる。


 なにせ、最後に会ったのは小学生の頃だ。中学でも学校は同じだったが、毎年クラスも離れ、お互いに避けていた為会うことなんてなかった。会ったとしてもすれ違う程度だ。


「着席」


 俺は椅子に座ると、無意識に前の席の方へ視線が向いた。すでに朱音は前を向いており、顔が見えなくなっていた。

 お互いに避けていた為、こうして面と向かって再会すると、どうしても気まずい空気が流れてしまう。


「今日からこのクラスの担任となった五十嵐いがらしかすみだ。担当科目は数学で、このクラスの数学も私の担当となる。よろしくな」


 それから先生が連絡事項などを話していたが、俺の耳にはほとんど入ってこなかった。昨日の朝、朱音の夢を見たこともあり、変に意識してしまっているのもあるのだろう。

 その後も朱音のことに気をとられ、先生の話はほとんど聞かず、学校は終わった。


 下校と同時に、俺よりも先に朱音が出ていった。顔を隠すように、少しうつむきながら教室を出ていくのが見えた。

 俺と顔を合わせること以上に気まずいものはないだろう。でも、俺がやることはかわらない。出来るだけ朱音と距離をとるだけだ。


 ………とは言っても。


「隣……なんだけどな。家」


 俺の家のお隣さんである碧葉家とは、朱音の住んでいる家なのだ。それゆえ、お互いの親は昔からの仲なのだ。


「ただいま」

「おかえりなさーい!ねえ健!どうだった!?学校!」

「え?」


 かなり高めのテンションで母さんがそう聞いてきた。


「いや、まあ普通……」

「可愛い子とかいなかった!?ほら!なんかこう……清純そうでおしとやかで、美人というより可愛い系の女の子……みたいな?懐かしい雰囲気……みたいな?」


 俺は母さんの言葉を聞いた瞬間に理解した。


「……知ってたのか」

「え!?あ~なんのことかな~。よし、今からご飯の準備するからちょっと待っててね~」


 かなり強引に話を変えやがった。うちの親が知ってたってことは……。

 ……まさか。



 私は碧葉朱音。

 今日から私は高校生となる。ここ、彼方川高校は周りと比べ、比較的レベルの高い高校だ。私の友達で受かっている人はおろか、まず受験しようとする人も居なかった。

 そのため、友達作りから始めなければ知り合いは一人も居ないと思っていたのだが……。


「え……?」


 一人だけ、同じ教室に知り合いが居た。


「……え、けん……ちゃん……?」


 私の言葉とほぼ同時に先生が号令をかけた。だがそれは幸運だった。

 今までお互いに避けていたのに、なぜ私は『けんちゃん』という幼稚園の頃の呼び方で呼んでしまったのだ。

 その呼び方をしてしまったことに瞬時に気づいた私は、まさに穴があったら入りたい気持ちだった。だが、その言葉は先生の号令と、クラスの皆の椅子を引きずる音によりかき消された。


 まさに幸運だ。きっとけんちゃんには気付かれていないだろう。そう信じたい。いや、そう信じなければ私はこのクラスでこれから一年間過ごすなんて絶対に無理だ。


 その後、先生の軽い自己紹介から、これからのことなどの話があった。

 もちろん、けんちゃんのことで頭がいっぱいで話など入ってこない。それはそうだろう。自分の後ろの席にけんちゃんが座っているんだ。

 しかもさっきけんちゃんから名前を呼ばれた時、つい振り返ってしまった。すると必然的に目が合ってしまう訳で。

 それからというものずっと顔が熱い。鏡を見らずとも顔が赤くなってるのが分かるくらいだ。


 先生の話も終わり、下校時間となった。赤くなった顔をけんちゃんに見せるのは恥ずかしい為、少しうつむきながら急いで教室から出ていった。


 何で……。何で……?。

 どうしてこの学校にけんちゃんが!?


 そんなことばかり考えながら下校していた。

 確かに中学のときはいつも学年トップ10位には入ってたし、ここは家から近いから普通に考えればここに行きたくもなるだろうけど。


 でも何で同じクラス!?

 神様はいじわるだ。今日、初めて心の底からそう思った。


 だが、違った。いじわるなのは神様ではない。

 確かに神様もいじわるなのだが、それ以上にいじわるな人がとても身近に居たのだった。


「朱音~、どうだった?学校」

「うん。まあ……普通だったけど」

「えー?かっこいい男の子とか居なかった?気になる男の子とか!例えば、少し地味だけどそこに大人っぽさを感じるものがあって、とても優しそうな人……みたいな?」


 この言葉を聞いた瞬間、私は理解した。

 この人、けんちゃんがこの高校に居ることを知っていたのだろうと。なぜそう思ったか。理由は簡単なことだ。

 お母さんが今話した男の子の特長と、けんちゃんの特長が一致したからだ。


「ねえお母さん。いつから知ってたの?」

「ん?あ~、とりあえずご飯作るからちょっと待っててね~」


 お母さんは強引に話を終わらせてきた。

 もはや、その行動が証拠ともなるのだが…。


 あれ?でも私のお母さんが知ってるってことは……。



「……最悪だ」

「……最悪ね」


 こうして、俺達の高校生活が幕を開けた。

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