第9話 雨の中の下校
「碧葉さん。そっち持ってくれる?」
「あ、はいはーい」
今は掃除時間、俺と朱音は教室を掃除していた。
「あの二人…急に仲良くなってないか?」
「確かに。朱音ちゃんと浅久くん、前までは一切口利かなかったのに」
「最近の二人は、仲が良いように見えるな」
「健の野郎…。いつの間に碧葉さんとそこまで……!」
しばらくして掃除が終わると、俺は家へ帰ろうとした。
「おい、健」
「ん?どうした?」
「お前、いつの間に碧葉さんとそこまで仲良くなった!?おかしいだろ!ついこの前までは話すことも無かったじゃないか!」
なるほど、さっきから妙な視線をこいつや那岐さん達から感じると思ったがそういうことか。
「別に普通だろ。元々、仲が悪いというわけでも無いし。日常会話くらいするさ」
「とか言って、やっぱ前から知り合ってたんじゃねぇのか?」
「別に」
片桐の問いに曖昧な答えで返し、俺は教室を出た。幼馴染みということは出来る限り隠しておきたい。
あれからというもの、私とけんちゃんは普通に話す仲になった。まあ、普通にと言っても必要最低限なコミュニケーションを取るくらいだけど…。
「ちょっとちょっと~、碧葉さ~ん?この前までのあの何とも言えない距離感はどこ行っちゃったわけ!?」
「え?」
「え?じゃなくて!」
私とけんちゃんは昔のように……とはいかないけど、全く話さないということはなくなったため、玖乃さん達に少なからず疑いの目を向けられていたのだ。
「何もないって。本当に」
「何もないことはないでしょ!二人の様子を見てれば分かる!この前、屋上に行ってからなんか変わったもん!」
屋上、か。確かに変わったのはそこがきっかけだ。
高校に入って初めてけんちゃんに話しかけられたのがあの屋上だった。とても嬉しくて興奮しちゃっててあまり覚えてないんだけどね…。
「そんなに気になるなら試してみればいいじゃないか。浅久くん!朱音が呼んでいるぞ」
「は!?ちょ、と、まっ」
「ん?」
那岐さんがけんちゃんを呼び止めると、私に話題を振られた。
「どうしたんだ?」
「え?あ~ううん、特に用はないんだけど…」
「……そうか」
だが特に用も無いのでこう言うしかなく…。
「またね……」
「ああ……」
こうしてけんちゃんは教室から出ていった。今の私達の会話なんてこんなものだ。学校の中だからというのもあるだろうけど、もっと昔みたいに仲良くお話したいのにな……。
「あーー!お前ら元カノかよ!!」
「あーー!お前ら元カレかよ!!」
まるで裏で打ち合わせていたかのように玖乃さんと片桐くんの言葉が見事に被った。
「え!?何で元カノなの?」
「いやいや!今の朱音ちゃんと浅久くんの掛け合い聞いてたら誰しもが同じ反応するよ!」
「んで!そういうお前はしれっと帰ろうとすんなこら!」
「なんだよ。もう放課後だぞ?帰っていい時間のはずだが?」
「空気読め!」
空気読めって……。空気を読んだ結果この選択が最善だと思って帰ろうとしたんだがな。
なにより、朱音の顔がさっきから赤くなってばかりだ。よく分からんが、そっとしといてやろうぜ。
「そうだ。朱音ももう帰るんだろう?」
「うん。特に用事もないし帰るけど」
「それじゃあ丁度いいじゃないか。浅久くん。彼女を送ってやってくれ」
「うぇ!?那岐さん!?」
那岐さんの口から飛び出たのは驚きの提案だった。
「き、急に何を言ってるんですか那岐さん!」
「いいんじゃない?どうせお隣なんでしょ?家」
「いや、そうだけど…」
だからと言って、なんでそうなるの!?
まったく、何でこんなことになるんだ。こんなことになるならとっとと帰るべきだったか。
「あー、分かったよ。送ればいいんだろ?」
「え!?いいの…?」
「と、言うことだ。お言葉に甘えて送らせてもらってこい」
こうして那岐さんの謎提案により、俺と朱音は一緒に下校することとなった。
「………」
「………」
道中は静かなもんで、聞こえてくるのは風の音や車の音のみ。
さすがに話題を振った方がいいだろうか。だが何を話せばいい?元より俺はコミュ力の低い人間だからな…。
「け…け、け……」
ん?何か朱音が話そうとしてる?
「け、けんちゃ…あーじゃなくて!浅久くん!」
「………」
今、俺のことをけんちゃんって言おうとしたのか?また懐かしい呼び方を覚えてるもんだな。
「え、えっと…。元気、ですか……?」
「………」
頑張って話しかけた結果そんなことかよ!
「まあ、それなりに…?」
「そ、そうですか…あ、あはは…」
こんな風になるのなら黙ってた方がいいのではなかろうか。
「………」
「………」
朱音も同じことを考えたのか、それからは沈黙が続いた。
ポツ……ポツ……サァーー。
二人で道を歩いてる中、突然雨が降ってきた。
「雨…。そういえば今日の夜は雨だっけ」
「そういやそうだったな。勢いが強くなる前に急いで帰るぞ」
俺達は小走りで急いで家へ帰った。
「はぁはぁ。やっと着いた」
「結局、かなり濡れたな。風邪引かないように注意しとけよ?」
けんちゃんは私の心配をして、家の中に入っていった。そのちょっとした優しさが私にとってはとても嬉しいものだった。
「えへへ………あれ?」
ガチャガチャ。
ドアを開けようにも開かない。鍵がかかっているようだ。
「出掛けてるのかな?まあいっか」
私はポケットの中に手を突っ込み、家の鍵を探した。
………一応、バックの中も探した。いや、ありとあらゆる場所を探した。
「……今日、鍵もってきてなかった……?」
この日、私はやってしまった。こんな雨の日に家の鍵を忘れるという大失態を犯してしまった。
「そんなぁ…」
私ができることはただ1つ。ここでお母さんの帰りをひたすら待つのみ。
ふぅ、まさか急に降ってくるとはな。予報だと夜からだと聞いていたんだが。雨雲の早とちり野郎が…。
それにしても、まだ誰も帰ってきてないのか。珍しいな。まあ、一人ならそれはそれで気が楽でいいけど。
雨で濡れたし、シャワーでも浴び…。
ピンポーン。
突然、家のインターホンが鳴った。
郵便か何かだろうか。こんな雨の日にまでご苦労なことだ。
「はーい」
俺は玄関の扉を開けると、そこには……。
「えっと…、ごめんね。少しお邪魔してもいい?」
そこには雨でずぶ濡れになった朱音が立っていた。
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