第10話 二人の時間

「……は?」

「突然ごめんなさい。今、私の家に誰もいないらしくって鍵がかかってたの」

「……鍵は?」

「持っていくの忘れてたみたいで……」

「………」


なるほど。そりゃ災難だな。よりによってこんな日に。


「ああ、分かった。とりあえず入れ。濡れるぞ」

「ありがとう」


まだお互いに日常会話さえ精一杯な関係だ。俺の家のインターホンを鳴らすのにどれだけの葛藤があったのかがなんとなく分かる……。



な、なんとかインターホン押せた~!そしてけんちゃんの家に上がらせてもらえた~!

………けんちゃんの家とか久しぶりだな…。けんちゃんの匂いがする。

なんだか、すごく落ち着く……。


「はい、とりあえず頭拭かないと。風邪引くぞ」

「あ、ありがとう」


けんちゃんはタオルを持ってきてくれた。このタオルからもけんちゃんの匂いが…。


「………」

「ん?何?」

「えっ?あ、いや…その」


なんだろう。ボーっと私の方見て。それに、顔が赤くなってる。もしかしてけんちゃんの方こそ雨に濡れて風邪引いちゃったのかな?


「あ、碧葉さん。あ、あの。もう少し気を付けてください。透けてますから」

「へ?」


私は自分の体に視線を向けた。この瞬間、私はけんちゃんの顔が赤くなっている理由を理解した。制服が透けてブラが見えていたのだった。


「い、いやぁぁあああ!!」

「ちょ、ちょっと待て!」


バチン!!


けんちゃんの家の中には顔を叩かれる音が鳴り響いた。



「いったぁ!!おい、朱音!そんな本気で殴らなくてもいいだろうが!」

「けんちゃんが変な目で見てきたからでしょ!?変態!!」

「違っ!透けてたから教えてあげてやっただけだろうが!!」

「教える前に顔を赤らめながらボーっと私の胸を見物していたじゃない!!」

「偶然見えただけだ!そんなじっくり見てねえだろうが!」

「何よそれ!私の胸なんかに興味無いってこと!?」

「は!?バカかお前は!!お前の胸だからこそ興味あるんだろうが!!」

「えっ……」


…………あれ?俺、今何て言った?

なんかとんでもないこと口走らなかったか?


「…………変態…!」

あ、これ。やってしまったやつだ。


……てか、いつの間にか普通に話せてる?


「なあ…」

「何!?まだ何かあるの?変態!」

「いや、そうじゃなくて。お前も普通に話してんじゃねえか」

「へ?」



ここで私はふと我に帰った。

あ、本当だ。

いつの間にか普通にけんちゃんと話してる!!しかも声に出してけんちゃんって呼んでるし!


「あ、」

「……はぁ。落ち着いたか?」

「あ、えっと、すいませんでした~?」

「今更また戻るな!」

「あ……えへへ。いつの間にか昔みたいに話してたね…」

「まさかお前からビンタを食らう日が来るとは思わなかったよ…」

「あ、あれはけんちゃんが悪い!」


私はその瞬間を見てるんだから!顔を赤らめてボーっと私の、私の、私の……胸を…。


「どうした?顔赤いぞ?」

「くっ!それはあんたでしょうが!!」


だめだ。今思い返すと、なんだか……悪い気もしなくなってきた……。けんちゃんが、私の身体に夢中になってたって考えたら……なんか…。

あー、もう!!変な気分になってきた~…。


「けんちゃん、お風呂借りていい?雨で濡れたし身体洗いたいの」

「え、ああ。別にいいけど……。着替えが無いぞ?」

「あ、そっか」

「俺の服でも良ければそれでいいけど……。さすがに嫌か?」

「え?」


けんちゃんの…服…!?

なんだろう。この一線を越えたら、なんだか変な気分に飲み込まれちゃいそう……。

で、でも…。


「う、うん。それでいい……。とりあえずお風呂入ってくる」

「ああ。そうか」



こうしてトラブルやら何やらいろいろあって、俺と朱音の仲は昔のように仲良く?なれた。

とは言え、昔とは決定的に違う点が1つ。

それは……。


「ふわぁ~!気持ちよかった~!」

「ああ。そうか。それなら良かったって…。は?お、おいおいおい!!」


何でバスタオル姿で上がってきてんの!?


「ちょ、ちょっと、朱…音?」

「へ?…けんちゃん?………あ…」


まさかとは思うが、風呂の気持ちよさについ俺の家の中ってことを忘れてたとかそういうことじゃないだろうな!


「い、いやぁぁあああ!!!」


バチン!!


そう、これが昔とは変わってしまったこと。

朱音が大人っぽくなっており、こっちの身が持たないということだ。


「おい、今のは俺のせいじゃなくないか?今のは俺の家の中だと忘れていたお前の責任だ」

「わ、分かってるわよ。ごめん!」

「ああ、そうかい。分かったのならさっさと着替えてこい!」


そう言うと、朱音は立ち上がって脱衣場の方へ……と、行くかと思ったがなぜか向きを変え、俺の方へやって来た。


「ねえ…もしかして、興奮しちゃってる?」

「なっ!」


朱音は俺の耳元でそう呟いた。

たとえ、これが挑発だと分かっていても、大人っぽくなり進化した朱音には勝てなかった。


「……そりゃ、興奮するさ。そんな格好されたら」

「……ふふ。あはは!やっと認めたな!自分のよこしまな心を!」

「そんなんじゃない!ただの純真な心でそう思ったんだ!」

「嘘だ~!」

「嘘じゃねえバカ!」

「バカって言う方がバカなんだよ~だ!」


だが、変わらないものもそこにはあった。

まるで昔のように俺達ははしゃいでいたのだ。とても仲良しで楽しかったあの頃のように。

決して口では伝えなかったが、お互いに好きだと思っていたあの頃のように。


ガチャン!

ここでハプニングが起きた。


「………け、けん、ちゃん…?」

「っ!…朱音……」


風呂上がりの朱音が歩いた床が水滴で濡れており、滑りやすくなっていた為、俺は足を滑らせ、朱音を押し倒すような形で倒れた。


「……はぁ…はぁ……」

「…はぁ…はぁ……」


さっきまではしゃいでいた為、息が切れていたのもあったが、それとは別に、俺と朱音の呼吸は乱れていた。


「けんちゃん……」


朱音はゆっくりと目を閉じ、ほのかに唇を尖らせた。


「朱音……」


俺は、そのまま……引き込まれるように朱音の唇に……。


「ただいまー」

「っ!!」


最悪だ。最悪のタイミングで姉と母親が帰ってきたのだった。

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