第11話 誤解

「………」

「………」

「ふふ~ん」

「お母さん、なに笑ってるの?」

「いやいや、あんな光景見ちゃったらね~。ちょっと顔がニヤけてしまいますな~」


母さんはずっとニヤニヤしながらビールを飲んでおり、姉は俺に対して威圧的な視線を送っていた。そしてその二人の前には正座して座っている俺と朱音が居たのだった。なぜこんなことになったのかは言うまでもなかろうが、一応説明しておこう。


俺と朱音は濡れた床が原因により、足を滑らせ押し倒す形で倒れてしまったのだ。勿論これは事故だ。事故なのだが、母さんや姉さんから見てしまえば俺が裸の朱音を押し倒しているように見えるわけで……。


「……あの…一応言っとくが、これは誤解であって…」

「は?」


何だよその醜いものを見るかのような目に殺意丸出しのその冷たい声は!


「だ、だからこれは事故だと……」

「あ?」

「………」


姉さんには敵わない……。


「まあまあ、いいじゃない。二人とも仲直りしたみたいで」

「ちょっと母さん。それだけなの?」

「え?どうして?年頃の男の子と女の子よ?しかも相手は朱音ちゃんみたいに可愛い子なんだもの。健ちゃんとは言え、そりゃ朱音ちゃん目掛けてダイブしちゃうわよ」


待ってくれ。今母さんの中での俺へのイメージが垣間見えてしまったぞ?俺ってそんな風に見られてたの!?俺そんなやつに見えてたの!?


「へえ……キモ」

「あの、だから誤解だと言ってるじゃん…?」

「……気持ち悪い」

「………誤解だと…言ってる……じゃん?」


駄目だ。これが家族崩壊の前兆か。はぁ。


「あ、あの。ほんとにあれは事故なんです。私が足を滑らせて、それで…」


朱音からのフォローが来た!よし、ここだ。ここでなんとか誤解を解かなくては!


「事故、ねえ。仮に事故だとしても、私見えたんだよね~……。健が朱音ちゃんにキスしようとして……」

「あーー!!!違う!それは!!」


なんてとこ見られてるんだ!!最悪だ!何が最悪かってそれを朱音の前で言われることだよ!


「朱音ちゃんも、嫌なら嫌って言わないと。こうやってこのバカは勘違い……間違えた。このゴミクズは勘違いするのよ。気を付けないとね」


今俺のことバカからゴミクズに言い換えなかった?ていうか、やっぱりもう俺ってそういう奴に見られてるの?


「まあまあ、静も落ち着いて。どっちにしても、二人がまた仲良くなったことは嬉しいことよ。ほらほら、せっかくご馳走作ったんだからいっぱい食べてね!」


俺と朱音、母さんと姉さんの間にはテーブルがあり、その上には沢山の料理が並んでいた。母さんいわく、仲直りを祝して、だそうだ。


「は、はい。いただきます…」

「も~、昔みたいにもっと気楽にしていいのに~気を使わなくていいのいいの!」


母さんは酔いが回っているのか、やけに上機嫌だ。でも、まあ確かに今更気を使われるのも変な感じだしな。


「だとさ。気楽にしてけよ」

「う、うん。そうだね」


こうして俺と朱音は昔のような関係に戻った。いや、少し厄介なことにはなってしまったがな。



「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした。どう?美味しかった?」

「はい、とても」

「そっか~、良かった良かった~。えへへ~」


完全に酔ってんな。母さん。


「………」


そして姉さんはいつまで俺を疑いの目で見てくるんだ。誤解だと言ってるのに。


「あ、もうこんな時間。もうお母さん達帰って来てるかも」

「え~、朱音ちゃんもう帰っちゃうの~?もっと居てよ~泊まってよ~」

「いや、帰らないと駄目ですし、さすがに泊まりは…」

「え~」

「酔っぱらいは黙っとけ。それで、朱音。お前はお母さんに電話かけてみろよ。帰ってるようなら心配させるし早く帰った方がいい」


というか、あんな事故に遭った後なのに俺達よく普通に話せてんな。最悪なタイミングとは言え、母さんや姉さんが緩和材のようになったおかげか。


「うん、そうだね。私ちょっと電話かけてきます」


朱音はリビングを出て、廊下で電話をかけに行った。


「んで、まだ信じてないのかよ」

「………はぁ。もういいや。あんたと朱音ちゃんが何してても関係ないし。もう勝手にすれば?」

「結局それで済ませるんなら最初からそうしてくれよ」

「んで?二人は付き合ってるの?」


酔っぱらいが単刀直入に聞いてきた!


「そんなんじゃない。ただ昔みたいに話すくらいの関係には戻っただけ」

「じゃあさっきの何だったの~?裸の朱音ちゃんを押し倒して、一体何をするつもりだったのかな~?」

「誤解だ。事故だと言っただろ」

「えぇ~……つまんない」


本音漏れてるぞ酔っぱらい。


「すいません。まだお母さん達、帰るのが遅くなるらしくて……もう少しここに居てもいいですか?」

「いいよいいよー!泊まっていきなよー!」

「ははは……」

「うちの酔っぱらいがすまん」


こうして俺と朱音の仲直りの会とやらは終わりを告げた。朱音のご両親は共働きで、帰りが遅くなることはよくあるらしい。

まあ、今回は鍵を忘れるという朱音の失態が原因だけど。


「朱音ちゃんのお母さん、いつ帰って来るって?」

「9時くらいには帰ると言ってました」

「いつもこんな時は一人で家の中に?」

「そうですね。ほぼ毎日そんな感じです」

「……そうなんだ。大変だね朱音ちゃん」

「いえ、そんなことは。もう慣れましたから」


朱音もいろいろ大変なんだな。


「だったら、毎日うちに寄ってきなさいよ~。一人だと寂しいでしょ?」

「え!?ここにですか!?そんな悪いですよ」

「気にしなくていいって、私達もたまに帰り遅いけど、健ちゃんは居るからさ!……なんなら私達が留守中、二人きりの時に何かあったとしても、何も口挟まないぞ?」

「はぇ!?」

「っ!お、おい!またあんたは何を言って……って、おい朱音!?しっかりしろ朱音!」


朱音は、この酔っぱらいのせいで顔を真っ赤にして気絶してしまったようだ。多分こういう話題に耐性がないんだろう。


「ったく、何やってんだ母さん」

「えへへー、ごめんなさーい」

「もう、クズに酔っぱらいって……。最悪。とりあえずここじゃあれだしソファで寝かせようか」

「おう」


俺は一生クズと呼ばれるのだろうか。

結局、誤解は解けずじまいだったがそこまでのダメージは無かった。良かった良かった。

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