第8話 会話

「よっす。健」

「おう」


 ある朝、いつものように学校に来ていた俺達はいつも通りの普通の挨拶をした。

 だが、いつもと違うことが一つだけあった。


「………なあ」

「ん?」

「お前、どうした…?」

「………」

「おい、何か答えたらどうだ」


 いつもの片桐と明らかに様子が違うことに俺はすぐに気付いた。というより誰もが気付くだろう。


「おはよー浅久くん!……って、へ?」

「どうしたの?玖乃さん………え?」


 教室に入ってきた玖乃さんと朱音は俺と似た反応を示した。いや、そんな反応しかできないはずだ。


 なぜなら……。


「片桐?何で髪切ったんだ?」


 俺の瞳には髪を切り、坊主頭の片桐が写っていた。


「あの女だ……」

「あの…女……?」


 あの女とは一体。……もしかして…。


「あら、皆さんお揃いで。どうかしました?」

「どうかしました?じゃない。お前!どうしてくれるんだよこれ!」


 やっぱり那岐さんだったか。


「何か問題があった?」

「問題しかないわ!今までのことは水に流してきたが!今回はさすがに許せん!」

「いいじゃないか。スッキリしてかっこいいぞ?」

「あのなぁ~!」


 なんだ。またこの二人の痴話喧嘩か。だったら放っとくか。


「おい健!何でお前はいつも佐久蘭が相手だと何もしてくれないんだよ!?」

「さあね」

「おい!」


 まあ、時と場合によれば那岐さんの味方になるってことだ。


「そんなに嫌だったかしら?その颯馬くんも結構好きよ?面白くて」

「面白がってるじゃねえか!」


 この二人、いつの間にか下の名前で呼び合う仲にまでなってたか。


「はいはい、そこまで。片桐くんも落ち着いて落ち着いて」


 ここで玖乃さんが割って入った。


「とにかく、佐久蘭ちゃんもやりすぎ!そして片桐くんも佐久蘭ちゃんを意識しすぎ!」


 うんうん。同意見。


「おい、健まで首を縦に振るな。お前はどっちの味方だ」

「平穏の味方だ」

「あーそうですか」


 こうして騒がしい朝は終わった。だが片桐の精神的ダメージは癒えることなく時が過ぎていった。


 昼休み。この前の屋上での昼食以降、俺達5人は一緒に昼食を食べることが多くなった。


「………」

「………」

「二人ってほんと静かよね~」

「ほんとな。健はいつも静かではあるが、碧葉さんと一緒にいる時はより静かだ」

「ここまで訳ありな雰囲気を出されると探ってみたい欲が強くなってしまうのだがな」


 これは意図的なのだろうか。いつも俺の隣に朱音を座らせるのはこいつらが意図しているのだろうか。


「お隣さんだからってこんなにお互いにしゃべらないっておかしいでしょ。絶対何かあるよ」


 確かにそれはそうだ。端から見ればただのお隣さんだからといってここまで話さないなんて確かにおかしいだろう。これ以上怪しまれる前に普通に話すくらいしとくか。


「………」

「………」


 とは言っても何も喋ることが無いわけで。


「やっぱ何かありますな~このお二人さんは」


 もっと怪しまれましたとさ。



 やばい。やばいよ~。那岐さん達に怪しまれてる。どうしよ。どうしよ~。多分けんちゃんもこの状況に気付いてるはず。きっとけんちゃんなら何か考えて……。

 ううん。やっぱりここは私からけんちゃんに話しかけよう!よし!


「………き、きょ、キョウハ、イイテンキ、デスネ…?」


 ………ヤラカシマシタネ。



 はい。このバカはやらかしました。なぜこの場面でそんな片言で喋り出すのかな?俺からすればパーフェクトテスターでも天才でもなく、ただのバカだよ!


「ほ~」

「ふむふむ」

「なるほど」


 完全に怪しまれた。


 でも、最近朱音と一緒に過ごしてて分かったことがある。

 幼い頃、俺は朱音に嫌われたことが原因で関わることがなくなった。だから今でも嫌われているものだと思ったが、高校での朱音の反応からするに、別に嫌われていないような気がする。

 それなら、もっと普通に話すのもいいか。


「いや、別に何かあるとかじゃなくて。お前らがそんなまじまじ見てたら話しにくいってだけだ」

「え?そうなの?」

「でも普段からお前と碧葉さんが話してる姿全然見ないぞ」

「まあ話す話題も特に無いからというか、元々そこまで話す方の人間じゃないしな」


 一瞬隣の方に目をやると、朱音はぽけーとした顔で黙り込んでいた。やっぱりこいつが天才だとは思えない……。


「………まあ、あまり詮索するのも良くないからな。それじゃ、教室に戻りましょうか。もうすぐ午後の授業が始まるわ」


 那岐さんの一言により、玖乃さんと片桐も自分の席に帰り、授業の準備を始めた。なんとか切り抜けたってとこか。



 えーと、なんとか切り抜けた?途中からけんちゃんに任せきりだったけど。とりあえず、よかった~。


「ふぅ」

「ふぅ、じゃない。あそこで片言を喋る奴がいるか」

「だって焦ってたもん」

「焦ってたで墓穴ほってどうすんだバカ」

「はい。すいませんでした。気を付けます…」


 こうして、私も午後の準備をして席についた。


 あれ?今けんちゃんと話してた?あれ…?

 今普通に話してた!?全て丸く収まって安心してて油断してたら普通に喋ってたー!

 しかも、けんちゃんから!?やばい!嬉しい!何この幸せな気持ち!話しただけでこんなに幸せになる!?



 それからというもの、朱音はしばらくニヤけていた。

 ……バカだ。

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