第3話 自己紹介

 俺は浅久健。

 昨日この学校に入学した高校1年生である。今日から授業も通常通り始まるため、なかなか憂鬱である。

 何より、席があまりよろしくない。いや、断言しよう。何より、席が悪いのだ。この席がどれだけ嫌かを例えるならば、喧嘩した友人という例えが近しいだろう。

 ずっと昔に喧嘩した友人と偶然にも同じ学校で再会。しかも同じクラスで席も近い。この状況がどれだけ気まずい空気になるか、分かるだろうか。


 そして、俺達の場合はその関係にもうひとつある感情がプラスされるのだ。


 ……いや、白状しよう。

 俺は彼女に対して、少なからず好意を抱いていた。勿論これは昔の話だ。

 なら今はどう思っているかと聞かれてしまえばすぐには答えられない。まあ嫌っているということはない。

 というより、中学からの朱音の性格はほとんど知らないのだからな。


 チャイムが鳴ると、HRホームルームが始まった。昨日のことを考え、目の前の席にいる彼女のことはあまり気にしないことにした。

 そうでもしないととても授業なんて受けられないからな。


「皆おはよう。今日の日程だが、一時間目のLHRロングホームルームの時間に、一人ずつ自己紹介をしてもらう。今から配る自己紹介のプリントに自分のことを書いてくれ。プロフィールってやつだ。それを自己紹介のメモとして使ってもいいから」


 自己紹介か。人と接するのがあまり得意ではない為、自己紹介なども苦手だ。


「それじゃプリントを配る。前から後ろに回してくれ」


 そう言うと先生はプリントを配り始めた。

 ……が、ここで俺の脳裏には少し不安がよぎった。

 前から後ろにプリントを回すって。朱音から受け取るのかよ。たったこれだけのこととはいえ、俺達からしたらなかなか厳しいことだ。


「………」


 俺は自然と朱音からプリントを受け取り、後ろの席へ回した。


 あれ?案外あっさりしてた。俺が身構え過ぎてたのだろうか。朱音は一体どういう心境なんだ。



 私は碧葉朱音。

 昨日この学校に入学した高校一年生である。今日から授業も通常通り始まるため、少し憂鬱だ。

 何より、席があまり良くはない。いや、断言する。何より、席が悪いのだ。この席がどれだけ嫌かを例えるならば、喧嘩した友人で例えるといいだろう。

 ずっと昔に喧嘩した友人と偶然にも同じ学校で再会。しかも同じクラスで席も近い。この状況がどれだけ気まずい空気になるか、分かるだろうか。


 そして、私達の場合はその関係にもうひとつある感情がプラスされるのだ。


 ……いや、白状しよう。

 私は彼に対して、少なからず好意を抱いている。勿論これは今でも続いているわけで。

 でも、私は昔けんちゃんと喧嘩をしてしまった。それから全く口を利かなくなってしまい、それからというもの、全く会話をしないままこの関係が続いたのだった。


 だから、中学からのけんちゃんの性格はほとんど知らないんだよなぁ。


 チャイムが鳴ると、HRが始まった。昨日のことを考え、後ろの席にいる彼のことはあまり気にしないことにした。

 そうでもしないととても授業なんて受けられないから。


 HRでは先生の話があり、その内容は一時間目のLHRで、自己紹介をするということだった。自己紹介のプリントを配るから、それをメモのように使ってもいいらしい。


 だが、ここで1つ問題が起きた。その自己紹介のプリントを後ろの席に回せというものだった。普通に考えればたったそれだけのこと。小さいことだろう。だが私達にとってはなかなかに厳しいことだ。

 いや、違う。変に意識するから駄目なんだ。普通に、そうごく普通に接すれば。


「………」


 や、やった!普通に渡せた!ここ最近で一番緊張したかも!

 でも、けんちゃんも案外素っ気なかったな。も、もしかして私のこと忘れてるとか!?確かに最後に話したのは小学生の時だから忘れてる可能性も無いこともないんじゃ……!


 けんちゃんは一体どう思ってるんだろう。もし忘れてたらさすがにショックだよ……。



 チャイムが鳴り、休み時間となった。まだ入学して1日目。クラス内はまだ友達関係が結ばれておらず、とても静かだ。一ヶ月後くらいには騒がしくなってるだろうがな。


 朱音も席に座ったまま動かないし。はぁ。

 これからのことを考えるとますます憂鬱になってくる。っと、そうだった。プリント書かないといけないんだ。

 先生が言うように、そのプリントはプロフィールに近いものだった。名前、得意なこと、苦手なこと、趣味など、そういった項目がある。

 得意なこと、か。特に何もないんだよな。そういうの。苦手なことなら沢山あるが。


「はぁ」


 俺は小さくため息を漏らした。

 学校が始まったことと、自己紹介のことが重なり、更なる憂鬱感が襲ってきたのだ。

 不幸は連鎖するというがこのことか。



 どうしたんだろ。私はけんちゃんのため息を聞き逃さなかった。疲れてるのかな?何か励ましの言葉でもかけるべきかな。でも、今の私に声をかける勇気はない……。

 うん、とりあえずプリントを書こう。人のことの前に、まずは自分からだ。


 ん~得意なことか~。好きなことなら書きやすいけど得意なことと聞かれたらなかなか書けないものね。


「はぁ」


 悩んだ末、ついため息が出てしまった。もしかしてけんちゃんもプリントのことで悩んでため息を漏らしたのかな。



 俺の次は朱音がため息を漏らしている。何かあったのだろうか。


 すると、10分の休み時間はすぐに終わり、教室にチャイムが鳴り響く。


「皆プリントは書き終えたか?10分後に自己紹介始めるぞ」


 昨日から思っていたが五十嵐先生は少しあれな先生なのだろうか。口調が刺々しい気がする。口調だけ聞くと男性かと思うかもしれないが女性である。


「どうした?浅久」

「あ、いえ。何でもないです」


 気になると凝視してしまう癖は直した方がいいかもな。

 そして10分が経ち、自己紹介が始まった。勿論のこと、番号順に言っていくらしいため、俺は二番目だ。なかなか早い。ま、この9年間の学生生活毎年こんなんだけどな。いつも1番だったから。

 朱音もそうだろうな。


「それじゃ、碧葉から」

「はい」


 朱音は先生に返事を返し、席から立ち上がった。久しぶりに朱音の声を聞いた。幼かった頃の声とはまた違う女の子らしい声になっていて少し驚いた。


「碧葉朱音といいます。趣味は読書で、得意なことは勉強です。不得意なことも沢山ありますが、これからよろしくお願いします」


 朱音の自己紹介が終わると周りから拍手が起きた。やっぱり昔と変わったな。昔は俺と同じで人前で話すのはあまり得意じゃなかったのに。


「それじゃ次は浅久」

「あ、はい」


 結局何も考えてなかったな。自己紹介。適当に済ませようか。


「えーと、浅久健です。趣味は読書で、得意なことは勉強……」


 あれ?なんか朱音と被ってね?


「……です。えーと、よろしくお願いします」


 結局何も考えつかずとっさにそう言ってしまったが、まさか朱音とほとんど同じことを言ってしまうとは……。拍手はまばらだった。


「……」

「……あ」

「…っ!」


 席に座る時に何となく朱音の方を見ると、偶然にも目が合ってしまった。すぐにお互いに目をそらし、また何とも言えない空気が流れた。


 その後も自己紹介は行われていき、たった数十分で終わった。


「よし、自己紹介も終わったことだし、授業始めるか~」

「え……?」


 授業だと?五十嵐先生の科目は数学だよな?今日は無いと思って持ってきてないぞ。


「なんてな。冗談だ冗談」


 ………この人苦手だ。


「まずはクラスに慣れないといけないだろうし。う~………む」


 なぜ考え込んでいるんだ。まさか自己紹介の後何をするのか考えてなかったのか?


「………しりとりでもするか?」


 それは本当に何もすることが無くなった時に使う秘密兵器……いや、会話の墓場だ。

 実際、今クラスの雰囲気は墓場のようにシーンとしている。


「まるで墓場のような静けさだな」


 それ自分で言うか。


「じゃあそうだな……」


 この人本当に教師なんだろうか。ちょっと不安になってきた。


「あ、そうだった。一学期の目標ってのを書かなきゃいけなかったな。今からそれを配るから、適当に考えてくれ」


 適当でいいのか……。やっぱこの人どこかおかしいぞ。


 そしてLHRは終わり、休み時間。

 この一時間で1つ分かったことがある。それは………五十嵐霞という変人教師が担任であるという不安さだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る