第5話 お隣さん

高校生活2日目。

少しずつだがクラスの中に会話が聞こえるようになってきた。友好関係が築けてきたのだろう。

俺の前の席によく集まっている女子3人も既に仲良くなったようだし。


「なあなあ!健!」


幼馴染みとして、というより知人として朱音に友達が出来るのは喜ばしいことだ。


「おーい。健?」


かくいう俺には、友達といえるような者はまだおらず…。


「おい!聞いてんのか!?」

「あ?あ、あー居たな俺にも。なんかよく分からん奴が」

「人の声を無視した次はなに意味わかんねえこと言ってんだ?」

「さあな。想像に任せるよ」


ほぼ初対面のやつとは話せるようになったのに幼馴染みとは話せないなんてな。違うか。幼馴染みだから話しにくいのか。


「んで、あの件のことは話す気になったか?」

「あの件?」

「とぼけるつもりか?昨日言ってたことだよ。碧葉さんと何かあるんだろ?」

「あーその件については話す気ないぞ。少なくともお前には」

「何だと!?お前昨日言ったよな!?明日必ず話すって!」

「そんなこと一言も言ってないぞ」


こういうのを都合の良い耳というのだろう。


「それにしても今日は楽しみだなー!」

「何かあるのか?」

「何って!今日は体育があるんだぞ!体操服姿の女の子を見るというのもまた学校の楽しみ方だろ?」

「体操服姿とは言うが普通の短パンだろ。何が楽しみなんだ」

「違う違う。そっちじゃねえだろ?俺が言ってるのはもっと上だ。薄い体操服の下から柔らかく丸いものが押し付けられることで出来るあの膨らみ。それこそ!男の夢と希望が詰まった宝物じゃないか!!」


その気持ちが全く分からんということはないがそこまで堂々と宝物だなんて言えねえわ。


「……お前いろいろとすごいな。堂々とそんなことを言えるのだけは尊敬するわ」

「へっへっへ。やっぱりそう思うよな?あの膨らみは全世界の男の夢。一番の宝物さ!」


やめろ。一番の宝物というワードだけは使うな。あの感動する曲、シーン、その他諸々を汚さないで。


「お前達は一体何を話してるのかしら?」


片桐の話が前の席に居た女子に聞こえていたようだ。いろいろ厄介になる前に撤退するが吉だろう。


「いえいえ、ちょっと男の夢を語り合ってまして」

「ほう。女子の立場から聞いてみればあまり気持ちのいい話ではなかった気がするが?」

「おい片桐。変に反抗せずに謝れ」


ここは素直に引くのが穏便に解決する為の正しい選択だ。


「ほう。そっちの男は聞き分けがいいようだ」

「へっ。俺は絶対引かないぜ!自分の言ったことは絶対に曲げないのが俺の流儀よ!」


お前が言うとかっこいいというよりただの頑固者ってだけに聞こえるよ。


「なになに?佐久蘭ちゃんどうしたの?」

「いや、ただの世間話さ。あまり良い話ではないがな」

「ふーん。なんか楽しそうだし私も参加していい?」


なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。ここでバトルでも始まるのか?間の悪いことに朱音はどこか行ってるし。

いや、それが不幸中の幸いというべきか。ここで朱音まで入ってくるとこの場を収拾する人員が気まずい空気になりそれこそ収拾がつかない。


「え!?ちょ、那岐さん!?玖乃さんも何やってるの!?」


時すでに遅し。なぜこのタイミングで帰ってくるんだよ朱音さんよ。


「お、朱音ちゃんも来た!少しいざこざが起こっただけだから安心して!」


いざこざが起こったから安心できないんでしょ。普通。



ちょ、ちょっと!何が起きてこんなことに!?何で男子と喧嘩みたいなことになってるの!?しかも何でけんちゃんまで!?

あ~、急展開すぎてめまいがしてきた。


「俺は何がなんだろうとさっきの言葉は取り消さない。男の夢をバカにはさせん!」

「ほう。随分しぶといな。引き際をわきまえていない男は嫌われるぞ」

「へ!だからと言って、俺はここで引けないんだよ!俺の両肩にはな!地球上の男の夢が背負ってるんだよ!!」


なにこれ?何を言い争っているの?


「玖乃さん。これ何が原因なんですか?」

「さあ?私もよく分からないけど、なんか楽しそうじゃん?」

「楽しくないですよ!」


一体何が起こってるの?言い争っている二人に聞けば原因は分かりそうだけど……。


「ではなぜ俺達の夢を否定する!?」

「別に否定はしていないさ。確かに胸というのは女の武器ではあるからな。ただ、そういう発言はあまり公の場でしないで欲しいと言っている」

「ほほう。分かったぞ。つまり自分の容姿に自信が無いと。なるほどなるほど」

「フッ。確かに今は冬服を着ていて身体のラインなんてそこまで見えないだろうな。だがそこまで言えるんだ。だったらこの服の上からでもどんな身体か判断できてもいいだろうに。お前の目は節穴のようだ」


この様子じゃこの二人には聞けないよ~。でもその場合は……。

けんちゃん!?いやいや!無理無理無理無理!今までずっと声をかけられなかったのにこんなタイミングで話しかけられないって!


「うぅ~。どうしよ~……」



朱音。よく分からんけど心の声漏れてないか?それはそうと、この状況をどう収めるべきか。


「ほう。これはこれは、身体に相当な自信があるようで。じゃあ勝負といこうか。今日の4時間目、体育の時間にお前の体操服姿を見ることになる。お前の身体を俺が認めたらお前の勝ち。認められなかったら俺の勝ちだ」

「勝負するのはいいが1つだけいいか?その判断はお前がするんだろう?それだとお前のさじ加減になる。不公平だ」

「フン。俺を見くびってもらっちゃあ困るぜお嬢ちゃん。俺はな。女の子の身体に対しての評価に絶対嘘はつかない。絶対に!」


かっこいい風に言ってるが内容最低だぞ。


「………いいだろう。その勝負、受けてやる。それで、認めたらお前の勝ちと言ったが、具体的に評価するポイントは何だ?」

「そんなもの、決まってるじゃないか。

美しさ 膨らみ エロさ だ!」


せめて最後のポイントは口に出さずに心の中で留めとけよ。また怒られるぞ。


「おい、待て。1つ変なポイントなかったか?」


ほら見ろ。3番目のポイントは無かったことにしとけ。


「美しさなんて評価は既に私はクリアしているだろう?余程のバカでも私の美しさくらいなら服の上から見てでも分かるだろ」


そっちかよ。片桐もなかなか変だがこの人もなかなかだ。


「…………く、認めてやる。確かにお前は美しい」


認めんのかよ。ここ認めちゃったら勝負に勝ったも同然だろ。


「フフフ。それじゃあ4時間目にまたな」

「ああ。俺に酷評されて精神ダメージを喰らっても大丈夫なように今のうちに覚悟決めときな」


結局なんだったんだこの言い争いは。



な、なんとか収まった……?というより変な方向に行ったっていう方が正しい…のかな?


「朱音ちゃん。朱音ちゃん……」

「ん?何?玖乃さん」

「私、後半から空気じゃなかった?せっかく私もあの中に入ろうとしたのに」

「いや入らなくていいです。もっと複雑になるから」


でも、何とか落ち着いた。あとは4時間目だけが心配……。


「ところであなたは、えっと……浅久くんだっけ?」

「ちょっ!!」


やっと落ち着いたと思ったのに何で次はけんちゃんに話しかけてるの!?そっちにいっちゃうと私は何もできないって!!


「え?あー…はい。浅久健です。えっと……あなたは?」

「私は玖乃奏芽でーす!そしてこっちは!いろいろ有名で知ってるとは思いますが!」

「え!?ちょっ!玖乃さん!?待って!」

「こちらがパーフェクトテスターこと、碧葉朱音ちゃんでーす!」


ちょ……。待ってよ。ねぇ。玖乃さん……。けんちゃんの前に立たせないでよ……。

心臓がバクバクいって張り裂けそうなんですけど!?



おいおい……。急に朱音を俺の正面に持ってくるなよ。なかなか気まずい空気なんだから!


「知ってるよね?有名人だから!」

「え?あ、まあそう…ですね……」


知ってるよね?いいえ知りません。パーフェクトテスター碧葉朱音なんて知りません。俺が知ってるのは幼稚園から小学校までの碧葉朱音です。


「どしたの?朱音ちゃん。もしかして男子苦手だった?」

「え?あ、いやそういうことじゃなくて…」


そりゃそっちも動揺するわな。


「もしかして二人とも知り合いなん?」

「「えっ」」


あ、つい声が出てしまった。朱音まで…。こんな反応したら肯定してるようなもんだ。


「フッフッフ!私の目は誤魔化せないぞ!その反応からして、二人は…」

「そ、そう!お隣さん!家が隣同士で」


おお。朱音ナイス。その誤魔化し方は思いつかなかった。知り合いではあるがそれ以上でも以下でもなく、そして嘘でもない事実であるお隣さんという関係を使うとは。さすが朱音。頭の回転がなかなか速い。


「あーなるほど。そういう関係ね」

「そうそう!」

「なーんだ。恋人かと思ったよ~!びっくりしたー!」

「………」

「………」

「ん、どうしたの?二人とも」

「玖乃さん。あっち行こうか」

「え?ぐぇ!ちょっと!引っ張らないで!襟つかまないで!首が締まるー!」


朱音は玖乃さんを連れて消えてしまった。この場の空気に耐えられなかったか。無理もない。


「なんかそっちも面白そうなことになってんなー」

「呑気だなお前。女子にとことん反抗して、ついにはよく分からん勝負にまで発展したってのに。体育の時間どうなっても知らんぞ」


あの那岐っていう女子。怒らせると駄目な系の人に見えたし……。


「え?何のことだ?」

「は?お前がさっき言ってただろ。お前があの女子のことを認めないだのなんだの言ってたやつ」

「あー、あの勝負は負けること間違いなしだぞ」

「は?お前から勝負持ちかけたくせに」

「はぁ~」


何だよその『お前何も分かってないな~』的なため息は。


「いいか?俺は元より、あの那岐さんという女子の身体を認めていたのだよ。服の上からじゃ分からないだぁ?俺の目が節穴だぁ?へっ!違うね。俺は最初から見抜いてたさ。那岐さんはなかなか立派なものを持っているとな!」

「……それはそれでかなり引くわ。でも、それなら尚更のことだ。何で勝負なんか」

「はぁ~」


そのため息は2回目だ。


「ここまで言ってまだ俺の狙いが分からないとは。お前なかなか鈍感な奴なんだな」

「うるせえ」

「まあいい。教えてやるよ。つまり、俺は那岐さんのナイスなボディを見たいってことだ!」


………。


「だってよ。何の勝負も無しに体操服姿の那岐さんを見てみろ。すぐに見つかって殴り倒されて終わりだ」


そう思うなら何もするなよ。


「でもそれを勝負という形にすることによって何も気にすることなく、まるで骨董品を見る評論家のようにじっくりと見られるという算段だ!」

「最低だな」

「フフフ。何とでも言え。俺は女子の立派なものを見る為ならばどんなことでもする男だ!」

「最低だな」


このことを那岐さんに言ってやろうか。いや、やめとくか。弾みで俺までぶっ飛ばされたら嫌だ。

ま、4時間目は少々荒れそうだな。

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