第6話 無意識に挑発する男

「それで、その、手がかりといいますか。先生の面白いと思うツボのようなものはありませんか?そういうのが分かってると、書きやすくなるかなって思うんですが。」

鮫島がマグカップを置くのを見てから、一呼吸おいて、平は聞いた。

「なんだと思う?」

鮫島は微笑みながら、質問を質問で返した。

「クイズですか?」

平も負けじと微笑みながら聞き返した。

「まあ、そうなるね。」

「先生の授業に時々出席して、思っていたのですが、先生が教材に選んでいる文学作品には、共通する部分があると思うんです。何を教材に選ぶのかっていうところに趣味が表れるという仮定を前提とした話ですが、先生の場合、『好色一代男』とか『源氏物語』とか、なんだかそういう、色っぽい内容が書かれた文章が好きだと思うんですよね。」

平は言葉を選びながら話した。

「平君、それは心外だ。少なくとも『源氏物語』なんか日本の文学史上最高の作品だよ。」

「先生、『源氏物語』が史上最高だなんて言うのは決まって、古典文学の研究者ですよ。つまり、自分が好きなものを「最高だ!」って主張しているだけであって、そこに明確な根拠なんかないじゃないですか。自分が好きなものを押しつけるなんてひどいことを、金をもらってやってるんだから、たちが悪いです。とにかくそういう艶っぽいものを、教材にして、無垢な大学生にそれを読ませているところに先生の趣味が垣間見えるわけです。」

「君、それはもはやただの悪口じゃないか?」

平は、鮫島の疑問を無視して、話を続けた。

「先生は、日がな一日古びた文章ばっかり読んでるから、古い価値観にがんじがらめになってるんですよ。古典は読むものではなく、拝んでありがたがるものです。読まずに拝むからこそ、古典は古典としての尊厳を保てるというものです。それを一字一句細かく読み込んだりするから、その権威をぶち壊して、やたら身近に感じてしまってるわけです。本を読むのが好きだというのは大変結構なことですが、読む本は選ばないと、妙な人間になってしまいますよ。」

 鮫島は、喉の奥にこみあげてきている怒りを、唾液と一緒に胃袋の中に力づくでおし込んだ。

「それで、それが私の趣味だとして、君はそのことをどう卒論に生かすんだ?」

鮫島は、そう言って咳ばらいをし、気持ちをなだめた。彼は自分が癇癪持ちであることを嫌っていたのだ。

「先生の、その過去に対する信奉を粉々に壊すような卒論です。先生がこれ以上、古文なんていう化石の分類や分析に右往左往しなくても済むような文章を書きたいものですね。」

平は平然とした顔で言ってのけた。

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