第12話 青木の卒論

 そこでふと話が途切れて、静かになり、平と佐伯は同時にふーっと大きくため息をついた。急な沈黙に耐えかねて、平の左側で今まで黙々と作業をしていた一人の男子学生が、ふき出してた。

「なんだか二人の話を聞いてると、お互い言いたいこと言うだけで、会話として成り立ってないよな。会話のキャッチボールというよりも、二人でボールを投げつけあっていて、会wのドッジボールっていう感じだ。」

彼の名は青木である。青木は、平や佐伯と同期だが、その実、年齢的には一つ上で、浪人生である。教育学部の社会科を第一志望にしていたが、定員の憂き目にあって、併願していた国語科に転科合格した。そういう経緯もあって、平は彼のことを裏でも表でも構わず縦スライダーと呼称していた。しかし、青木は気のいい男で、いじられることはあっても扱い辛さを感じさせるようなことはなかった。平も青木に対して敬意こそ少しもないものの、好意をもって接していた。

「青木先輩、どうしたんですか。ここは国語科の学習室ですよ。」

「いや年上だけど、先輩じゃないし、社会科志望だけど、国語科だし。」

 このやり取りを終えると、平は笑顔でこぶしを突き出しグータッチを求め、青木はこれに応じた。これは彼らが出会ったときに慣例的に繰り返し行われている会話だった。一年生のころから、平が青木に仕込んできた芸である。青木は平に対して最初は多少腹を立てている部分があったが、それが平なりの好意の表し方なのだと理解するようになってからは、特に何かネガティブな感情を覚えることは無くなっていた。慣れというのは恐ろしいものだと青木は思っていたが、このやり取りの終わりに平が笑顔になるとなんとなく許してしまうのだった。一方で、平はこのやり取りのことを「古典的条件付け」と呼んでいた。

「平が話し相手だと、どうしてもそういう構造になってしまうのよね。ボールを思いっきりぶつけることが目的化してしまうというか。相手の取れないボールを投げたくなるというか。それで、青木はもう卒論のテーマ決まったの?」

佐伯が青木に聞いた。

「オレは、ラノベが好きだから、ラノベを研究しようかなって考えてる。まあ、まだゼミの先生に相談したわけじゃないから。出来るかどうかは全く分からないんだけど。」

平はすかさず噛みついた。

「ダメ、没です。そんなテーマ。遊びじゃないんだ。卒業を決める厳粛なものなんだからもっと厳粛なテーマがふさわしいに決まってる。」

平が、ここぞとばかりに否定的な言葉を並べたてた。

「いや、いいじゃない。別に。そういうテーマでこれまで書いてきた先輩たちもいたはずよ。」と佐伯が青木のフォローにまわった。

「前例があるかどうかなんていうのは、参考にならない。そういう俗っぽいものを研究して、彼らが何を得たかというところが重要だし、そこに注視すべきなのだ。彼らが大した成果をあげられてきていないというのであれば、それはやはり否定されるべきものなのだよ。」

またもや平が持論を展開し始めた。

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