第13話 悪趣味な男

「先輩たちの卒論の成果の有無なんて、平には分からないじゃない。」

佐伯が諭すように言った。

「僕は、この資料室のパソコンに保存されている過去5年分の国語科の卒論をさかのぼって、そういうサブカル論文を読み漁ったんだ。読めば読むほど実に荒唐無稽で、小学生の読書感想文かと見紛うレベルのものだったよ。そもそも先行研究が全くないんだ。深みが生まれるはずもない。先行研究の解釈を、いじったらしく陰湿にこねくり回すのが、文学研究の醍醐味だというのに、その先行研究が希薄なんだから、成果らしい成果があがるはずもない。」

佐伯は、呆れたような顔をした。

「普通の本は読まないのに、そういうのは、読むんだから、悪趣味よね。大体どうして平が文学研究を語れるのよ。古典のこの字も知らないくせに。」

平は平然とした顔で応える。

「僕は素人が書いた、複雑怪奇で身勝手な文章を読むのが好きなんだ。面白いからね。それから僕は先生との話し合いに臨む前に、きちんと文学研究の方法論の本を買って読んでるんだよ。それさえおさえておけば、とりあえずは研究の体になるだろうし、卒論ぐらいは容易に攻略できると踏んだんだ。」

「そんなもの読む余裕があるんだったら、まず古典を一文字だけでも読みなさいよ。」

佐伯と平のやり取りを聞きながら、青木の表情はどんどん曇っていった。

「はぁ、やっぱり俺の考えが甘かったのかなぁ。確かにただ好きだっていうことは、研究の動機としては甘いよな。」

「ほら、せっかくテーマが決まりかけてたのに、自信なくしちゃったじゃない。どうするのよ。」

佐伯は眉間にしわを寄せて平をにらみつけた。

「青木せんせい、とにかく今は僕の研究を手伝いながら、しっかり腰を落ち着けて、考えていきましょ。焦ったってしょうがないよ。」

平はわざとらしく青木に微笑みかけた。

「まさかそれが目的?」

佐伯の顔があからさまに険しくなった。

「いやいいんだよ。俺もラノベを研究なんて、本当に大丈夫なのか悩んでたんだ。もっと文学的な価値が認められている題材のほうがいいのかな、なんて思ったりしてて。」

青木はため息をついた。

「それで、平はどんな研究するんだ?古事記が題材になったみたいだけど。」

青木は自分のこと平に話題を移した。

「いや、それが悩みの種なんだよね。どうも糸口がつかめなくてさ。」

平はやれやれという仕草をした。

「でも、よくそんな題材を平に提案したよな。見た目は怖いけど、親切な鮫島先生が。」

「みんなには飴をばらまいてる分、僕に鞭を打つんだよ。ひどい話だよ。」

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