第14話 卒論にわかに始動
「いや、鮫島先生は平に一番甘いように見えるけどな。とにかく、そんな複雑で膨大な作品をそのままテーマにして研究っていうわけにはいかないから、どっか気になるところを切り取って、分析するっていうのが、定石なのかな。それが自然な気がするけど。」
平は少し目を見開いた。
「たしか先生もそんなこと話してた気がする。あんまり覚えてないけど。でも気になるところと言われてもな。そもそもコジキというのが、どんなものなのかさえ分からない。いやそもそも古典の読み方からして分からない。分からないという点では、僕にとっては古典も洋書も一緒だ。それらは僕からしたら、冷たい文字が羅列している紙の束に過ぎないのだよ。ああ,もう日本の言語教育というのは、どうしてこうも役立たずなのだろう。君たちもいずれその片棒を担ぐのだ。言語教育の失敗を人型にしたような僕という人間の不自由さをよくその目に焼き付けておきたまえ。」
平は嘆いているふりをして見せたが、実際には余裕のある目元をしていた。またふざけていた。
「不自由な人間はそんなにペラペラとしゃべらないわよ。」
佐伯は、平の言葉の中にある自己矛盾を見逃さない。
「そういえば古事記って、意外と鹿児島とも縁があるんだよ。そういえば。」
青木の言葉に平は意外だという顔をした。
「ほんと?」
「古事記というのは、天皇がどのようにこの国を治めるようになったのかっていう事が主題なんだ。最初の方の話はこの辺っていうか、九州南部とか中国地方が舞台だったんだけど、それが初代天皇とされている、神武天皇のときに神武東征っていって、東の方に舞台を移していくんだよ。その証拠に、天照大神の孫にあたるニニギノミコトの墓は、俺の地元の川内にあるし。」
「アマテラスってあのパズドラの?」
平は自分のもっている知識と青木の話した情報とを少々無理やりに結びつけた。
「いや、まあその思い出し方には、悲しいものがあるけど、実際そうだよ。」
平は少し考えこんだ。
「なんか手がかりをつかめそうだ。助かるなぁ、古典と歴史に詳しい友達が役に立つことなんかあるんだね。社会科の友達がいて助かったよ。」
平はニコニコと自然な笑顔で皮肉を言ったので、皮肉に思われないまま話が進む。
「ちなみにそのニニギノミコトから数えて三代目までの墓が、鹿児島県内にあるよ。三つまとめて日向三代っていうんだけど。」
「捗るわ。さすが社会科。」
今度はもっと分かりやすく皮肉を言った。
「いや一応国語科な。いや一応って。」
青木は自然に出た自分の言葉に、小さく笑ってしまった。
「三代、なんだかキリがいいなぁ。なんかちょうど良い数だ。良すぎるくらいだ。で、その三つの墓ってどこにあんの?一つ目は川内だっけ?もう一つは串木野とか?」
「一つ目のニニギノミコトが川内で、次のヤマサチヒコが霧島、三つ目のヒコホデリノミコトの墓が鹿屋にあるよ。」
「うわー、だるっ。バラバラじゃんか。川内周辺にあるなら、電車でなんとかなるかと思ったけど、鹿屋とか、どうやって行くんだよ。車しか無理じゃん。
平は机に突っ伏して、
「あーどっかに車持ってて、研究を手伝ってくれる紳士はいないものか。いなければ留年だわ。これ。」と言った。
「仕方ないな。出せばいいんだろ。」と青木がため息交じりに言った。
「待ってました。そのお言葉。」
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