第15話 道化の道化

「へぇ、私もついて行ってあげよっか?」

佐伯が微笑みながら口をはさんできた。

「だめ。定員オーバー。青木君の車は、ツーシーターだから。無理。ごめん。」

と、平はぐっと眉間にしわを寄せて、佐伯に言い放った。

「おい、平、私をのび太扱いするなよ。」

口調も表情も荒々しかったが、それでも佐伯の整った容貌は際立っており、見つめられた平は、目をそらさざるを得なかった。

「いやいや、俺の車、普通車だから、四人くらいは普通に乗れるよ。」

「ほら。青木もこう言ってるし。連れて行ってよ。最近、卒論とか採用試験の勉強で一日中図書館か資料室に籠ってるの。たまには気晴らししたいわ。」

佐伯は無邪気に言った。

「人の厳正な調査を気晴らしに使おうなんて許せない。どうします?青木氏、嘘の待ち合わせ時間教えて、社会の厳しさ教えてやるっていう手もありますぜ。社会科だけに。」

「だから国語科なんだって。しつこいな。連れて行こうよ。人数が多い方が楽しいだろ?」

「仕方ねぇ。青木さんがこうおっしゃってるから、連れて行ってやるよ。ただし、ガソリン代と高速代はよろしくな。のび太。」

平は嫌味ったらしくに言った。

「誰の調査よ。でもまあ、ただ乗りも青木に悪いから半分位ならだすわ。」

本来自分が全て出すべきお金を半分も出してくれるという佐伯の言質を取り、満足した平は、それ以上何も反発しようとはしなかった。平は、その場で青木と佐伯と自分のグループラインを作り、自分のコップをさっと流しで洗い、資料室を後にした。

 平は外に出ると、自分の愚かな発言の数々を思い起こし、恥ずかしい気持ちが沸き起こってくるのを感じながら、でもまあみんながそういう自分を期待しているのだから仕方ないと、自分を説得した。

まるで道化を演じているような書き方をしたが、そうではない。彼は根っからの道化師である。他者とのやり取りは彼にとって、遊びでしかない。常に他者をからかわずにはいられないのが、彼の性分なのである。ただ、彼は正真正銘の道化師であるからこそ、自身を道化であると、正面から受け入れるわけにはいかないのである。

 彼は中学生の終わりに、太宰治の『人間失格』を読んだ。読んだ、とはいえ冒頭の部分を適当にパラパラと飛ばしながら読んで、暗くて寒々しいのに湿気ている気味の悪い文章だと断定して、それから、自宅の本棚のどこかに埋もれさせてしまった。

 彼は、その本の中で、主人公が道化を演じて周りを笑わせているという場面を、断片的かつ曖昧に記憶していた。その部分だけは、直感的に何かに使えそうだと、思ったのである。そして、彼は自分の振る舞いが道化とも捉えうることを自覚し、それらの振る舞いを合理化するための論理として、先の主人公の論理を借用した。そういうわけで、彼は、道化を演じているふりをしている。

しかし、ふりをするという行為には一定の心理的な作用があり、それを繰り返している内に、平は自分が本当に道化を演じているような気がしてきて、それから自分の振る舞いを後で一人になったときに恥じるような気持ちすら起こってきた。

 それだけ聞けば、単に思い込みから損をしていると捉えられかねない。しかし、その実、自分で客観的に自己を分析し、批判しているという思考は、ある種の自負心と優越感を生んでいた。自分の人格を貶めながら、しかしそれでも周りの何も考えていなそうな人間よりはましであるという。屈折した自負心である。平はそのような境地に至って、「あぁ、そういうわけで、あのような小説が支持されているんだな。」と納得した。

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