第11話 夢の話
「分かってないね。君という人は、本当にどうしようもない埃をかぶったブリキのおもちゃみたいな思考回路だ。これからは協働の時代なんだよ。どうして、一つの卒論を一人で書かなくちゃいけないんだ。もっと柔軟にものを考えなくてはこれからの時代やっていけないよ。君の将来が心配だ。」
平はやれやれという顔をした。
「いや、平よりうまくやっていく自信あるわ。」
佐伯は切れ味の良い正論で応答した。しかし、それにも全く動じることなく、平はさらに持論を語り続ける。
「例えば、一人でやるのが、どうにも辛い仕事があったとしてもね。それを三人でやれば労力は三分の一以下で済むんだよ。一人だったら悩むところも三人だったら、話し合って効率的に進められるからね。なおかつ、その仕事の質も三人の知識体系が複雑に刺激されて行われるわけだから、一人で作ったものよりも格段に上がるんだ。つまり三人で一つの仕事をすることにより、労力は三分の一以下になり、仕事の質は格段に上がるわけで、実際の社会の潮流にも即している。これらの事実に鑑みても、いかに一人で一つの卒業論文を書くということが非効率的で、成果が乏しく社会の流れに反していることか分かると思うけど。まあそれが、日本という国の非効率的労働量至上主義を表しているといえるけどね。」
長々とした平の話に、冷ややかな表情を見せた。
「バイトもろくにしたことないのに偉そうなこと言ってくれるじゃない。要するに、平は私たちに自分の卒論を手伝わせたいってそういうことでしょ?じゃあ聞くけど、反対に平は私たちの仕事を手伝ってくれるの?」
「まあ僕にできる仕事があれば、手伝うつもりはあるけど。」
「そんなのないじゃん。」
佐伯はからかいながら笑った。
ふてくされた平は、何も言わず席を立ち、窓際の流しにおいてある自分のマグカップを手に取り、隣の冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出して、マグカップになみなみとついだ。麦茶をまた冷蔵庫にしまって席に着いた。
「失礼な。」と平はつぶやき、コップの麦茶を一口飲んだ。
「話は変わるんだけど、」
そう前置きをして、佐伯は話し始めた。
「昨日の夜見た夢の話なんだけど、私はどこかのお店にいるの。その場所は、まあコンビニとか売店というか、あんまりはっきりしない形態のお店なんだけど、そこに二本二百円で細長いビーフジャーキーが売られてるの。でも、一つの値段が百九十円もするのよ。そんなもの普段なら、全然要らないんだけど、どういうわけかそのジャーキーがすっごく欲しくなって、レジに持って行ったの。そしたら、レジの値段が出るところに、二万円って出るのよ。なんでそんなにするのって思うんだけど、どうしても欲しくて二万円払ってしまうの。そして商品を受け取ってから急に、おかしいって思い始めて、返品しようとするんだけど、店員が全然取り合ってくれないのよ。それで、どんどん焦ってきて、しまいには膝から崩れ落ちて絶叫するのよ。これってどんな深層心理なのかしら。」
佐伯は自分の話の突拍子の無さにほのかに笑みをうかべながら聞いた。
「知らんわ。」
佐伯の長い話とは対照的な、平の短い返事だった。
「いや、何か不安なのよね。こんな夢今まで見たことなかったし。」
佐伯は腕組みをして右手で左の頬を覆った。それから、白く細長い人差し指でトントンと頬を打った。
「ユングとかフロイトでもそんな具体的な夢には対応できないだろ。細長いビーフジャーキーにどんな深層心理が表れるんだよ。ネットのまとめサイトにある、少々こじつけ気味の夢分析でも見て自分を納得させるんだな。」
「使えないわね。」
「僕にできる仕事がないと教えてくれたのは君だ。」
佐伯は微笑んだ。
「夢で言ったら、」今度は平が夢の話を始めた。
「一昨日、見た夢なんだけど、舞台は中国なんだ。そこでライバルの裏切りに遭って大軍に何万本もの矢を射られるわけ。まあそれでもなぜか僕は死なないんだ。はぁ、僕は多分、今、夢と現実の板挟みになっているんだな。」
平はわざとらしくため息をついた。
「キングダムの読みすぎよ。それに、そもそも平には板挟みになるための夢がないじゃない。」
「たしかに。そうだ。僕にもキング牧師くらい大声で夢を語りたいんだけど。」
そんな心にもないことを言って平は麦茶を一口飲んだ。
「寝てるときに見た夢なら、語れるのにね。」
そういって佐伯は笑った。
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