第9話 資料室にて

 店に着いて、買ったのはミックス唐揚げ弁当で、いくつかの種類の唐揚げが盛り合されている弁当で、値段は五百円だった。ご飯の大盛りは無料なので、大盛りにした。弁当を買い意気揚々と大学へ戻っていると、横断歩道の信号が点滅していたので、足を止めた。

 そこで、「結局、何を研究することになったのか。」を忘れてしまっていることに、平は気づいた。平は天を仰いだ。空は雲一つない晴天で、それはまるで平の頭の中のようだった。はてどうしたものかと思った。通常であれば、申し訳なさそうな顔をして、鮫島の研究室を訪ねて聞き直せばいい話だったが、今回限りはそうはいかない。鮫島は、すでに結晶化されていないニトログリセリンのように少しの衝撃で大爆発を起こしてしまうかもしれない。

 別の手段を考えなくてはならなかった。そこで彼は、国語専攻のたまり場になっている国語科の資料室に行くことを思いついた。彼自身は国語に対する知見も、教育に対する偏見も酷いものだが、他の国語専攻の学生はそうではない。真面目に、教育や国語に取り組む者ばかりである。彼らにさっきの会話で、断片的に覚えていることをヒントとして出せば、何を研究させられることになったのか、思い出させてくれるのではないかと考えた。

 「ふー、疲れたよ。全く。」

ため息をつきながら、平は資料室で一番大きな椅子に、どっかりと腰を下ろした。右手に持っていた弁当は丁寧に机の上に置いた。資料室の奥には書架が並び専門書が詰まっていた。一方で入り口の近くには、大きな楕円形の机が置かれていた。

「先生に卒論のテーマを相談に行ったんだけど、中々上手いこと方針が定まらなくてさ、会議が難航するというのは、ああいうことかと思ったね。」

独り言とは思わせない声量で言った。資料室には、平が見たところ4人の学生が居た。皆それぞれ専門書を読んだり、パソコンに何かを打ち込んだりしていた。

 平が、ちらちら周りの反応をうかがっていると、右隣に座っていた女の子が口を開いた。

「それで、何について研究することになったの?」と、平の話に乗ってきた。

 この女の子の名前は、佐伯である。溌剌とした性格で、歯に衣着せぬ物言いに定評がある。背はすらっと高くて、色白だが、運動神経は抜群に良く、教育学部内で定期的に開かれるバレーボール大会では、男子顔負けの全く回転しない落差の大きなサーブと献身的なレシーブで会場を沸かせた。因みにその時、平は誰もあがっていない二階席にあがり、相手チームにヤジを飛ばし、精神的なスパイクを決めていた。それ以来、教育学部で、彼は口汚いひねくれ者として名を馳せていた。

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