第17話 優等生と教育と劣等生
「まずは北インターから高速に乗って、川内に行くから。」
車のエンジンをかけ、青木は言った。佐伯は明るい声で応答し、平は無言でうなづいた。
平は、免許を持っていた。しかし、自分で車を運転しようという気持ちが起こることはなかった。彼にとって車は不自然なものだった。それは子どもの頃によく車酔いをしていたことが影響しているかも知れない。人の力だけでは出せない速度で走り、車内の平然さと車外の景色が目眩く変わっていくことに違和感を持ち続けていた。車を乗ることには常に言い表し難い気持ちの悪さが付きまとった。無論、成人になった今車酔いすることはほとんど無くなった。しかし、自らそれを運転しようと言う気には少しもならなかった。
出発してしばらくは、平と佐伯の取り止めもないやり取りに、青木が静かに笑いながら、ツッコミを入れるという構図だった。しかし高速に入る手前付近で、話題は「教師」になった。
「なんの疑いもなく、教師になりたいなんて言う人間は傲慢だよ。」
平が口火を切った。
「どうしてそうなるのよ。むしろ謙虚な方の部類でしょ?」
その言葉を待っていました、と言わんばかりに、平がペラペラとしゃべり始めた。
「教師なんてね、そもそも存在自体が傲慢なんだ。教えるなんて行為が、成り立つわけがない。人はただ「知る」だけなんだよ。教わるなんてことはあり得ない。」
「まったく理解できないわ。何の根拠もないじゃない。」
「教師が居ようが居まいが、人は必要に応じて、生きていくために必要な知識を知っていくわけだよ。教師が居て、学校があることによって、必要に応じない、不必要で無意味な知識を植え付けられていると思うんだ。」
「そんなの平の個人的な考えでしょ。」
佐伯が言うと、平は車の進行方向を向きながら、やれやれという顔をしてみせた。
「そういうスタンスで話をするのは良くないな。それじゃ意見や主張はすべて個人的な考えに過ぎないってことになるじゃないか。議論というものの本質が全く分かっていないようだ。肝心なのは、僕の意見が君の知識体系に、少しも共感を呼ばないかどうか、ということだよ。つまり、直感的にあるいは理性的に理解しうる部分はないのかということだ。」
「ないわね。学校も教師も必要よ。」
佐伯は即答した。
「僕もある程度は、必要だと思うよ。でも、今の成熟した日本において、自律した人間をあんなに拘束する必要性は、どこにあるのかね?」
佐伯は真剣な顔をして、細長い腕と脚を組み反論をし始めた。
「でも、学校を必要としている子どもがほとんどなはずよ。共働きが主流化しつつある社会で、他に誰が子どもの面倒を見るのよ。それに、学校が楽しくて行きたいと思ってる子どもいるのよ。平には理解できないと思うけど。そういう子どもは否定されるべきではないわ。」
或阿呆の古事記伝 清文 博止 @hirotokiyofumi
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