第4話 天に唾する卒業論文
「君は、そういう本を読むのか。」
「僕が本なんか読むわけないじゃないですか。いいですか、本を読むっていうのは、ショーペンハウエルに言わせれば、他人にものを考えてもらうことなんですよ。つまり、本ばかり読んでいると自分で考える機会を失い、ものを考える力も失ってしまうんです。」
「じゃあなんで本に喩えたんだ。それにそのショーペンハウエルの言葉だって本を読んで学んだんじゃないのか。」
「哲学者の名言がネットのまとめサイトに載っていたのを見ただけです。哲学書なんか読みませんよ。めんどくさい。」
平は鼻で笑った。先ほど本音を語ってしまった自分をなだめるように、少し過剰に偏見を言ってみせたのだった。
「とにかく、まあ、そんな僕にぴったりと合う、テーマを教えてください。この通りです。」
平は会釈程度に頭を下げた。
「君は根っからふざけた人間だな。」
平の言葉と態度の矛盾に苦笑した。
そして、平の返事を待たず、話をつづけた。
「私が思うに君は、決して明るくはないし、寧ろ暗いのによくしゃべるし、しかも相手への配慮はかけているという…。」
「ええ、それが悩みでして、深く関われば、憎めないところも散見されると思うのですが、浅くかかわった人からはよく敬遠されるんです。先生は例外ですが。」
平は意識的にいかにもという作り笑いを浮かべた。
「いや、私も例外ではないがね。しかし君、その特徴を活かさない手はないだろ。中途半端に体裁を整えようとしても、君らしくない。いっそのこと君のひねくれ具合を活かして、天に唾するような卒論のテーマにしてみたらどうだろう?そうすれば、君の性質にも合致して、比較的書きやすくなるんじゃないか。」
平はあえて訝しげな表情をした。
「先生、天に唾を吐いても、自分の顔にその唾が降りかかるだけでしょう。どうしてそんな意味のないことを、僕がしなくてはならないんですか?」
鮫島は小さくため息をついた。
「一見無駄に見えることも続けてみたら、色々な景色が見えてくるものなのだ。君もそういう無駄なことに、時間と労力を費やす練習をしなくてはならない。今の世の中は大抵がそれで成り立っているようなものだからね。」
「はぁ、そういうものでしょうか。」
平の中に疑念は残っていたが、とりあえず納得したことにして話を先に進めることにした。
「それで、具体的に僕は何をテーマにして論文を書けばいいんでしょうか?」
「古事記だよ。」
そう言うと鮫島は、右の口角だけを上げて、ニヤッと笑った。
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