第7話 更地

 メミたちと再会した次の日の朝。

 俺はいつも通り、焼きたてのドラゴン肉を食べていると、リコリスに言われた。


 「ね、いつ行くの?」

 「行くって?」

 「表世界に決まってるじゃない。………それでいつ行くの」

 「うーん………」


 今日行くしても、急で何も準備できてないし。なにより俺の心の準備ができてないし。

 俺は熟考した後、軽い声で、


 「もうちょっと後」


 と答えた。

 次の日。


 「ねぇ~、いつ行くのぉ~」


 1週間後。


 「………ねぇ、いつ行くの」


 そして、今日も、


 「ねぇ! 表世界あっちにいつ行くのぉっ! あの人間が来て1週間以上経ったんだけど!」


 俺は、ドガ―ンドガ―ンと気持ちのいい爆発魔法を放ちながら、隣で訴えるリコリスをちらりと横目で見る。


 「もうちょっと後でもいいじゃないか………意外とこの世界しっくり来ているし。離れることを考えたら、ちょっと寂しさが湧いてきたんだよ」

 「何度、『もうちょっと後』って言ってるのよ! いつでもこっちは戻れるでしょっ! 私は早くあっちに行きたいの!」


 お前は、人間という名のおもちゃが欲しいだけだろ。


 「ていうか、普通寂しさを感じるのは、私でしょ! 1年過ごした程度で………この裏世界にわか」


 リコリスは、いつものようにプクーと頬を膨らませる。

 ………裏世界にわかってなんなんだよ。

 俺は、ハァと息をつき、爆発魔法を放っていた手を止める。


 「はいはい。分かりましたよ、明日、行きますか」

 「明日ね! ぜぇっーたい明日ね!」


 リコリスは、そう訴えながら、俺の顔に向かって、指先を向けてくる。

 俺は渋々表世界あっちに行くことを決断した。


 出発の日。

 準備を終えた俺たちは、家の前に出ていた。


 「フフフ………いよいよね!」


 いつもの姿とは違い、黒のフードコートをまとうリコリス。彼女は喜びの笑みを浮かべ、ルンルン気分。

 俺は、いつもと変わらぬ服装で、リュックを背負っていた。

 魔法は、前にメミたちで試したし、問題なくあっちに行けるだろう。


 「行くぞ!」

 「ええ! やってちょうだい!」


 俺は杖を構え、そして、意識を集中させる。


 「オラクルテレポート!」


 唱えると、地面にできたのは緑に光る、魔法陣。その魔法陣から放たれる光に、体が包み込まれ、視界が真っ白になっていく。


 数秒後、大通りらしき音が聞こえてきた。

 ————あっちの世界はどうなっているだろうか。変わりない景色が広がっているだろうか。

 そんなことを考えながら、ゆっくりと目を開ける。


 「FOOOOOOOO!!」

 「………」


 俺の目の前にヤバいやつ。

 サングラスをつけ、こちらにチェケラする女。

 俺は、予定した通り、あの大通りで立っていた。隣には、ちゃんとリコリスもいる。


 着いた場所では、ビートが鳴り響き、ストリートダンサーか何か知らないが、チェケラ女と同じようなチャラチャラとした服を着て、踊っていた。観客も何人か集まっている。

 俺とリコリスは、チェケラの女に静かな目で見た。


 「Oh! 赤い瞳のにいちゃん、目に前に、急に、現れた! どうしたんだよ!」

 「………なんでもないっす。気にしないでください」

 「OK! にいちゃん、分かったYO!」


 コイツとは関わっちゃなんねー、と俺の心のセンサーが警報を鳴らす。

 リコリスとともにすぐさまそこを去って、路地へと走り、逃げた。


 「さっきのダンサーをお前のおもちゃにしたら、どうだ?」


 あの人、俺より数倍面白いと思う。

 俺がそう言うと、リコリスは横に首を振った。


 「………お断りする。嫌な予感しかしないもの」


 リコリスの最後の言葉には、同感だった。


 そうして、大通りから外れ、路地道を走っていた俺たちは、森に来ていた。

 偶然、森に入ったわけではなく、そこですることがあるため、来ていた。


 では、なぜ、森に来たのか。

 それは、この世界では俺はどのくらい成長したか、この目で確かめたいから。


 裏世界でメミは立てなかった。立っていた俺は、きっとかなり強いはず。

 だって、Lv.9000だぜ? 自分で言うのもなんだが、クソ強いに決まってる。

 俺は自分の力にウキウキしながら、森の中を歩いていた。


 「ここらへんでいいでしょう? 試しに魔法を使ってみなさいよ」

 「ああ」


 ちなみに山を選んだのは、人が少なそうだったから。もし俺たちの魔法が誰かに当たって、怪我でもさせたら、大ごとになる。ただえさえ、人間をおもちゃにしたがっている身元不明の変人がいる。面倒事はごめんだ。


 木々の間から見える山の頂上。俺は、そこへ杖先を向ける。

 ちょっと山を崩せればいいかな。それなら、土砂崩れが起きたと思ってくれるだろうし。


 「エスプロジオーネ!」


 ドガ―ン! と巨大な音を立て、向かいの山に土ぼこりが沸く。

 風は少し合ったので、土ぼこりが消えていき、山の姿はすぐに目にできた。


 「え?」


 俺は口をぱかーん。隣にいるリコリスも口をぱかーん。

 向かいにあった、高い山がなくなり、更地になっていた。

 こ、これは強いなんてもんじゃないぞ………。


 「あ、あんた、何してんのよ! ちょっとは加減しなさいよ!」


 リコリスは俺の肩を掴み、前後に揺らす。


 「お、俺も山を少し削るくらいでいいかなと思ってやったんだよ! まさか、こうなるとは………」

 「………今度は、隣の山に加減・・をして、やってみなさいよ」

 「分かった。もう一度やってみる」


 もう少し弱める。たったそれだけ。簡単なことだ。

 俺はもう一度杖を構え、そして、山の方に杖先を向けた。


 「エスプロジオーネ!」


 加減を意識しても結果は同じ。もう1つ山が消えてしまった。


 「何してんのよー! 同じことをしたって意味ないでしょ!?」

 「い、いや、これでも加減はしたんだ。お前も使ってみろ、多分同じようなことになるから」

 「わかったわよ」


 リコリスのレベルは、出会った頃とほぼ変わらず、Lv.7897。俺とのレベルは1000ぐらいあるが、たいして変わらないだろう。


 黒髪を揺らすリコリスは、俺が作ってしまった更地に氷の彫刻を作る。

 しかし、彼女が作った彫刻はいたって普通の大きさだった。2メートルの高さしかない。


 「な、なんでだ?」

 「あんたがやっぱり加減できていなんじゃないの? 私はこの通りできたわよ」


 リコリスは、「あんた、加減下手くそなのねぇ。私はできたのよ」と言わんばかりのドヤ顔で、自分の彫刻に指をさす。ちょっとムカついたが、何も言わないでやった。


 俺は、作ってしまった更地を見つめる。

 確かに、以前俺は強い力を望んでいた。技術試験でまともな点数を取りたいと思っていた。

 でも、今の俺これだと試験で犠牲者が出るじゃないか………。


 「アハハ………」


 更地を目の前に、自分の顔が青くなっていくのを感じた。

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