第37話 白か、黒か、緑か

 日曜日の朝。

 私、メミ・モナーは1人王立図書館に来ていた。

 土曜日は学校の図書館で勉強をしていたのだが、みんなの視線を感じて、どうしても集中できなかった。

 

 それで今日は利用する学生は少ない王立図書館で勉強。ここならきっと集中できる。


 温かな日が差し込む廊下。

 そこを、私は1人静かに歩いていく。

 廊下の床には刺繍の入った煌びやかカーペットがしいてあり、国内最大級の図書館だと思わされる。窓の外に広がる中庭はとても温かそうだった。


 そういえば、あの時もこんな場所で話していたかしら。

 あの時、日向に当たっていて暖かったはずなのに。

 それなのに。


 お兄様の言葉を聞いた瞬間、私の心は冷たくなっていってしまった。


 お兄様はなぜ、レンのことを忘れてしまったのだろう? 

 お兄様とレンは親友だったのに。




 ★★★★★★★★




 5年前。

 そう、私が11歳時。

 死んだと思われていたお兄様が帰ってきた。

 帰ってきたお兄様はいつも遊んでいた木の下で呑気に昼寝をしていた。

 

 最初は幻想かと、自分の目を疑った。

 昔もああやって木の下で寝ていることがあったから。

 でも、やはりそこにいたのはお兄様で、幻想なんかではなかった。

 あの時は本当に嬉しかった。

 

 お兄様が帰ってきたんだって。

 1人じゃないんだって。

 またお兄様と…………ネルと一緒に過ごすことができるんだって。


 でも。

 私の願いはゆっくりとゆっくりと崩れていた。

 

 お兄様が帰ってきて1週間が経った頃。

 家庭教師の先生との勉強が終わると、すぐに部屋を飛び出し、廊下を走る。

 すると、お兄様の執事スチュアートを見つけた。

 

 彼ならお兄様がどこにいるか知っているかも!?

 

 「ネル様ですか? ネル様ならご主人様と森の方へ…………」

 「分かったわ! ありがとう!」


 スチュアートから回答を得るなり、走り出す。


 「メミ様! 廊下を走るのはおやめください! 奥様にまた叱られますよ!」


 スチュアートの忠告などお構いなし。今は知ってもお母様に怒れることなんてないわ。

 それよりも!

 お父様と森に行ったってことはきっと魔法の練習をしているんだ!

 私も混ぜてもらおう!


 家を出て、森を駆け抜けていく。草木が顔に当たっていたけれど、気にせず走った。

 そして、


 「え?」


 そこで私は目にしてしまった。

 とんでもない魔法を放っているお兄様を。




 ★★★★★★★★ 



 

 勉強をしようと、机に向かった。

 机には教科書とノートとペン。準備はばっちり。


 「昨日のお兄様の魔法の威力…………」


 しかし、昨日のことのせいで全く勉強に手をつけれない。


 1年前のお兄様はちょっとしか魔法を使えなかった。お兄様は器用だけれど、魔力が少なすぎて、使える魔法も限られていた。


 そんなお兄様が光魔法を?

 ありえない。

 

 でも、昨日のお兄様は光魔法を放てていた。とんでもない威力のものを。

 しかも、その昼間のことを尋ねても、「そっか」という程度の軽い返事。詳しい説明はしてくれなかった。

 

 なんで? なんでできるの?

 なんで、お兄様はそんな力をお持ちなの?

 すると、ふと頭にある単語が浮かんでくる。



 レベル剥奪魔法レベルシッパーレ



 そして、その単語とお兄様のレベルが繋がりつつあった。

 お兄様は自身の手でレンを殺し、レベルを得て、さらにレベル上げをして家に帰ってきた。


 そんなことを何度も何度も思いついては、消していく。

 そうであってほしくない…………お兄様のことを信じたい。


 だけど、そんな願いは現実が壊していく。

 勉強が手につかない私は、その原因となっているお兄様のところに向かった。お兄様はちょうど私の部屋に向かっていたのか、廊下を歩いていた。


 こんなことであれば直接聞けばいいこと。

 ええ、きっとお兄様なら答えてくれるはず。

 

 「お兄様…………レンを殺した犯人について話したいのですが」

 「…………レン?」


 キョトンとするお兄様。まるで何の話か分からない様子だった。


 「ごめん、誰か分からないや」

 「え?」


 どういうこと? お兄様はもしかして寝ぼけている?


 「お兄様…………ちゃんと起きてください。レンですよ? よく一緒に遊んでいた口の悪いレンのことですよ?」

 「と言われても…………もしかして、メミだけが参加していたお茶会に来ていた人? それなら俺は分からないよ」


 私が必死に訴えるも、お兄様は申し訳なさそうな顔を浮かべるだけ。

 本当に分からないの?

 それとも――――――――。


 頭に浮かんだことを振り払うように、横に首を振る。


 いいえ、ありえない。

 昨日までレンを殺した犯人を捕まえようと、一緒に考えていたのよ?

 自分のやったことをはぐらかすためにこんな態度を取っているわけじゃない。

 そうじゃない。

 

 「本当にごめんね。メミがそんなに彼のことを話すのなら、彼はよほど面白い人だったんだね。僕もお茶会に出ておけばよかったなぁ」

 「…………」


 お兄様は優しく私の頭を撫でてくる。

 

 違う! 違う!

 お兄様がレンを殺ったなんて。

 そんなことはないの。

 そんなことは……………………。

 

 目の前の景色がぐにゃりとゆがんでいく。


 この時はまだ・・・・・・お兄様をちゃんと信じていた。

 だけれど、高等部に上がった私はお兄様を強制退学させた。


 あれ? なんでだっけ?

 もう1つ何かあって、お兄様を恨んだはずなのに。

 誰かに何か言われて、お兄様を犯人と考えたはずなのに。


 誰になんて言われたんだっけ?




 ★★★★★★★★



 

 気づくと、目の前には教科書とノート。

 そういえば、私、王立図書館で勉強していたんだ。

 なんで過去のお兄様のことを思い出して…………いや、もうそれはどうでもいい。

 お兄様に復讐しようとして失敗し負けた私には関係のないこと。

 

 腕時計を見ると、短針が11を指していた。

 ここに来たのは10時だったはず。

 結構な時間ぼっーとしていたんだわ。早く勉強を始めないと。


 「あら? あらあら?」


 その声に反応し顔を上げると、見知った白銀の髪の女性が立っていた。彼女は目を合わすなり、ニコリと微笑んでくる。


 「ベルティアさん、こんにちは」

 「こんにちは、メミちゃん。今日はどうしたの? お勉強をしていたのよね? それにしてはー、随分とぼっーと考え事していたみたいだけど」


 「…………ずっと私のこと見ていたんですか」

 「まぁねぇー」


 ベルティアさんはふふふーんと鼻歌を歌いながら、真っ白なコートを揺らす。そして、正面に座ると、頬杖をついた。

 全くこの人は。相変わらず自由な人だな。


 鼻歌を歌いながら、こちらをじっと見つめてくる人を前に、私ははぁとため息をつく。

 興味津々な顔をしてる…………私が考えていたことを知りたいんだろうけど。

 まぁ、ベルティアさんになら別に話しても構わないか。


 「まぁ、ちょっと家のことで…………」

 「ひょっとしてお兄さんのこと?」


 ベルティアさんの言葉に私は思わず目を見開いてしまう。

 ベルティアさんとは付き合いが長くなるが、こうして心を読まれることがよくあった。

 さすがというか、なんというか。


 「図星だわね、フフフ。それでお兄様がどうしたの?」

 「あの…………その、今更ですが、お兄様を強制退学にさせたじゃないですか」


 「お兄さんを強制退学…………ああ、かなり前に話してくれたことね」

 「はい、それです。私はお兄様を強制退学にさせ、お兄様が帰ってきてからもずっと冷たく当たってきました」


 最近、勝負をして負けてからは一切関わりを持つことはなくなった。

 一方的に見かけることがあっても、無視。それは向こうも同じで、赤の他人のようになっていた。


 「でも、今はなんだか…………」

 「後悔してる?」

 「……………………はい」


 「誰かに何かを言われて、お兄様に復讐をしようと誓ったんですけど、それがなんて言われたのか覚えていなくて」

 「うんうん」


 「そのことを考え始めたら、なんで私はお兄様に復讐をしようとしたのかという疑問が浮かびまして…………お兄様にレンを殺した疑いはありましたが、確かなものではなかったはずなんです。ずっとそれを考えていると、よく分からなくなってしまいました…………」


 お兄様を強制退学にさせようとした時は、お兄様がレンを殺したと根拠を持っていた。

 しかし、今ではその根拠を全く思い出せない。

 ベルティアさんは視線を斜め下に向け、考え込む素振りを見せる。ちょっとすると、彼女は顔を上げ、また笑みを浮かべた。


 「お兄さんが……………………ええっと、レン……くんだっけ?」

 「はい」

 「そのレンくんを殺していないかを確認すればいいのよ」

 

 なぜか得意げに話すベルティアさん。私は思わず苦笑い。

 そうしたいのは山々だ。

 しかし、真実を紛らわせられたら、それでおしまい。

 どうしようもなくなってしまう。


 「これを使ってみて」

 

 そう言って彼女が出してきたのは、円柱型のビン。蓋はなく、中には透明な液体が入っていた。




 ★★★★★★★★




 週明けの月曜日。

 昨日、俺、ネル・モナーは表世界に帰ってくるなり、


 「ちゃんと! メミと! 話すのよ!」


 そんなリコリスの忠告を受けた。

 だから、俺は次の日は絶対にメミと話そうと、朝早く部屋を出た。しかし、メミは見つからず、1限目に突入。


 そうして、次の休み時間。

 2年生の教室がある教棟へ向かっていると、他の教棟に繋がる廊下を歩くメミの背中を見つけた。授業終わりで廊下には多くの人がいた。


 人がいるけど、もうどうでもいいや。聞かれても別に構わない。


 「メミ! メミ! ちょっと止まってくれ」

 「…………」


 呼び止めても、メミは足を止めず、廊下を歩いていく。


 「お前に話したいことがあるんだ!」


 メミの背中が遠ざかっていく。

 俺は覚悟を決め、そして、言った。


 「お前の婚約者……いや、レンは俺が殺したんじゃない!」


 話を聞いてくれ。

 お願いだ。

 

 すると、追っていた彼女が足を止めた。

 叫んだ瞬間、何人かはこちらに目を向けてきたが、俺がネル・モナーであることが分かると、厄介事に巻き込まれたくないのかさっと目を逸らした。


 廊下にいた多くの生徒の人数は徐々に減っていく。 


 「俺は確かにアイツと一緒にいた。アイツはよく分からない女のやつに殺されたし、俺もそいつに襲われた。それで……色々あって……裏世界に行ったんだ」


 メミは微動だにしない。聞いていないかもしれないが、それでも俺は話を続ける。


 「裏世界に行ったなんて笑うよな!? 伝説での話なのにさ。でも、俺は裏世界に行ったんだ。証明はできないけれど…………」

 「証明はできていますよ」


 メミはそう言って、振り返る。彼女の手には白の液体が入ったビンがあった。


 「…………」

 「お兄様が嘘をついていたら、私は……お兄様を殺して、自殺しようと考えていました。でも、嘘じゃなかった」


 メミはニコリと笑う。久しぶりに見た妹の笑みだった。


 「それ…………もしかして…………」

 「はい、嘘発見器です」


 嘘発見器って。

 そんなもの、そうそう手に入るものじゃない。検察か闇商売のどちらかでは得れるだろうが、検察からは持ちだせないだろうし、闇での入手はほぼ不可能に近い。

 しかも、メミが手にしているものは通常のものとは系統が違うもの。


 「…………そんなものどこで手に入れた?」

 「これは…………」




 ★★★★★★★★



 先日のこと。

 私はベルティアさんからあるものを貰った。

 そのあるものは何の変哲もなさそうにみえるビン。

 でも、そのビンは魔道具の1種だった。

 

 「これはね、ちょーと変わった嘘発見器なの」

 「嘘発見器!?」


 「メミちゃん、ちょっと声が大きいわ」

 「いやだって、嘘発見器って検察でしか使えないものじゃないですか!? なんでベルティアさんが持っているんですか!?」


 「うーん。この嘘発見器は少し検察官が使っているものとは異なるのよ…………通常嘘発見器と言えばベルで、音が鳴ればウソをついていることが分かるでしょ?」

 「はい、小説とかで描かれる嘘発見器は大体そうかと」


 目の前にある嘘発見器と呼ばれているものはベルとは全く異なる形。

 実際のものは見たことがないけれど、検察官が使用する嘘発見器は音がなればウソだと分かったはず。

 でも、これはどうやってウソと真実を区別するの? どう見ても音はなりそうにない。


 「これはね、音でウソをついたことを知らせるんじゃなくて、色で嘘か真実かを示すの」

 「色…………ですか」


 この透明な液体の色が変化するっていうの?


 「じゃあ、ちょっと試しにやってみようか?」

 「?」

 

 ベルティアさんはビンを私との間の机上に置くと、ニヤリと


 「メミ・モナーは処女である」


 ふぇっ?


 「な、な、何を言っているんですか!?」


 すると、ビンに入っていた液体は透明からカラフルになり、そして、白へと変わった。

 

 「し、白に変わった!?」

 「白ってことは真実…………メミちゃんはさすがにまだ処女かぁ」

 「あ、当たり前ですよ! プ、プレイガールなんかじゃあありませんよ!」


 「プレイガール…………別にそこまでは言ってないのだけれど…………でも、これじゃあ、嘘発見器かどうかはっきりとは分からないわよね。次はちゃんと嘘をついてみようか」


 そう言って、ベルティアさんはフフフと笑みをこぼす。

 しょうもないウソをつきそうな予感…………。


 「我は神である」


 彼女は真剣な表情でそう言った。

 本当にこの人は…………。


 「よくそんな顔で、大胆なうそをつきますね」

 「ウソをつくなら、これくらいしなくちゃー。ほら、見て」


 すると、ビンの液体は白から黒へと変わっていく。


 「黒…………この色がウソを示す色ってことですか」

 「ええそうよ。分かりやすいでしょ?」




 ★★★★★★★★




 「……………このビンの液体が白になれば真実。黒になれば嘘。私の手にあるビンは白をしてしているので、お兄様のおっしゃっていることは真実なんですね…………」


 淡々と話していくメミ。俺は黙ってその話を聞いていた。


 「あの事件があって…………お兄様が1年後に帰ってきて…………それでお兄様のレベルが7000以上になっていたことを知ったんです。私はてっきり…………お兄様がレンを殺してレベルを得たと思い込んでしまいました。尋ねずに、そう判断した私は本当に愚か者です」


 苦しそうに笑う。


 「お兄様、本当にごめんなさい」


 妹は頭を下げていた。床にはポタポタと涙が落ちていく。


 「俺こそ…………ごめん…………」


 絶対に忘れてはいけない俺たちの仲間を、親友を忘れていた。

 たとえ、魔法をかけられて忘れていたとしても、意地でも思い出すべきだった。


 「…………レンのことを忘れていて、本当にごめん」


 俺はメミの体を抱き寄せる。

 一瞬、メミの泣き声は止まったが、またすぐに泣き始めた。


 「ごめんなさい…………本当にごめんなさい」


 何度も何度も謝るメミ。

 俺はさらにぎゅっとメミを抱きしめる。


 俺たちの間に壁がなくなったんだよな。

 これで、普通の兄妹に戻れるんだよな。


 「素敵ねぇ、兄妹愛」


 誰もいなくなった廊下に響く艶めかしい声。

 声が聞こえた背後を見ると、そこにいたのは1人の女性。


 目の前に現れた彼女は真っ白なローブをまとっていた。見るからに学園の者ではないことはすぐに分かった。

 女を警戒し、俺はメミを守るような態勢を取った。

 

 「お前は…………」


 ここは学園内。しかも多くの人がいる教棟だ。入るなんてできないはず…………。

 入学当時、先生から結界を張っているため、許可なしに部外者が入ることはできないと説明は受けていた。


 だから、安心して保護者は子どもをこの学園に通わせることができるのだが。


 彼女も学園長と同じ姿を見せない学園関係者? それとも、誰かの保護者? 

 いや、ありえない。そんなはずはないな。

 だって、コイツは…………。

 

 すると、静かに女を見ていたメミが小さく呟いた。


 「べ、ベルティアさん?」

 「…………メミ、アイツと知りあいなのか?」


 「あ、はい。初等部の頃に図書館で出会いました。でも、どうしてここにベルティアさんがいらっしゃるのでしょうか?」

 「さぁな」


 ベルティア…………さっき話していたメミの友人か。

 昔もメミが彼女のことを話してくれていたような。王立図書館で友人ができた、魔法の話をよくしてる、とかなんとかって言ったはず。


 それがこの人なのか。

 当時、メミが俺たち以外の友人を作って珍しいと思っていたが、その友人がまさか大人だとは。






 ――――――――――――――――まさか、レンを殺した犯人だとは。






 「フフフ」


 ベルティアはあの日と同じように緑の瞳を光らせていた。

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