第33話 あの人は俺の師匠

 「あ、か…………?」


 目を開けると、広がっていた赤い空と森。地面も空の影響か赤みがある。

 俺の体は重症のあまり動くことはできず、地面に寝転んだままだった。


 …………ここは一体どこなんだ?


 残り少ない力を振り絞って顔を動かす。すると、近くにはあのじいさんが立っていた。


 「ね、ぇ、じ、いさん…………ここ、はど…………」


 尋ねようとしたが、視界が再びぐにゃりとゆがむ。

 じいさんが何か答えてくれていたが、その言葉を耳にすることはなく、俺は意識を完全に失った。




 ★★★★★★★★




 次に目覚めた時、俺は知らない部屋のベッドにいた。

 ベッドと机があるだけの質素な木の部屋。俺以外に誰もいなかった。

 上体を起こし、体の傷を確認する。

 

 傷が消えている…………?


 俺は確かにあの白いローブの女に背後から胸を刺された。確実に傷が残っているだろう。

 しかし、胸のあたりに傷らしいものは一切ない。


 痛みはないし、体も問題なく動くのだが…………。

 混乱のあまりベッドから動くことができない。

 

 傷もないし、もしかして昨日のことは夢? 

 レンが死んでしまったことも夢?


 いや、あれが本当のことでも、あのじいさんがレンを助けてくれていることだろう。


 一時すると、ドアが開き、助けてくれたじいさんが部屋にやってきた。

 

 「おお、目覚めましたかのぉ」

 「……あ、はい。痛みが全くありません………あの、僕ってどのくらい寝ていましたか?」


 魔法を使っても完全回復には1週間はかかるであろう、胸の傷は消え、俺はバリバリ元気な状態。下手すれば以前よりもいいぐらいに。


 「3日間ですぞ。回復は早い方ですな。まぁ、わしがとっておきの回復魔法をかけましたからのぉ」

 「そうですか。ありがとうございます」


 後傷も残さず3日で根治させる回復魔法を使ったってことは、このじいさんはかなり上級の魔導士。国で5本の指に入るぐらいの魔導士なのだろう。


 この人なら…………レンを助けてくれたはず。


 俺は恐る恐る尋ねてみる。


 「あの…………レン、緑色の瞳をした男の子はどこにいますか? そいつ…………レンっていうんですけど、レンはどこですか? レンも助けてくれたんですよね?」

 

 聞いてもじいさんは返事をすることはなく、目を逸らされた。


 そんなわけない。

 レンは別の部屋で休んでいるんだよな? ここがどこか知らないけど、生きているんだよな?


 「え? え? 確かにあなたが来た時はもう手が冷たくなってましたけど、あなたほどの魔導士であればレンを助けることなんて簡単…………」


 口が震えながらも、俺はじいさんに訴える。

 しかし、じいさんは目を閉じ、横に首を振った。

 

 「…………死者を蘇らせることは、さすがにわしも…………」

 「…………」


 涙が溢れてくる。何もしゃべることはできなかった。

 どうしようもない現実、受け入れたくない現実に、俺は横に首を振る。


 じいさんが助けたんじゃなくてもいい…………誰でもいいから「レンを助けた」って、「レンは生きてる」って言ってよ。






 ――――親友レンは無事だって言ってくれよ、なぁ。






 「うぅ………くっ…………」


 涙は止まらず、嗚咽が漏れる。

 先日のことがふと頭に浮かぶ。


 白いローブに白銀の髪。そして、俺と同じエメラルドの瞳。


 あの女…………絶対に許さない。

 許さない。




 ★★★★★★★★




 「ところで……あなたは誰ですか?」


 ひとしきり泣き、呼吸も落ち着いてきた。やっとまともに話せるようになったところで、俺はじいさんに尋ねる。


 「わしですかぁ?」

 「はい。ていうか、敬語は止めてもらえませんか?」

 「ふむ…………ネル様がおっしゃるのであれば」

 「敬称もなしで。それであなたの名前は?」


 じいさんは一瞬だけ辛そうな表情を浮かべたが、すぐに笑みに戻った。


 「わしはコンコルド・セッラータじゃ」

 

 コンコルド・セッラータ――――僕の記憶が確かであれば、この人は…………。 


 「あなたの名前はゼルコバ学園の学園長と同じ名前なんですが、あなたは…………」


 「いかにも。わしがゼルコバ学園の学園長じゃよ」

 「やはりあなたが学園長…………そんな偉い人が僕なんかに敬語なんですか? 助けてくれた時も僕を敬称で呼んだり…………」


 俺は伯爵家の者ではあるけど、それ以外は普通の人間と同じ。学園長から敬称で呼ばれるような功績も能力も持っていない。

 筆記試験での成績はいい方かもしれないけど、そんな理由で学園長に様付けされるのはいかがのものか。


 「それだけじゃない。ここはどこですか? さっきの魔法は何なんですか?」


 「伝説となっている…………裏世界の話はご存知ですかのぉ」

 「はい。くわしくは知りませんが、噂程度なら耳にしたことがあります」


 「それならば、一から説明する必要はないですなぁ。ここはその裏世界じゃ」

 「へ?」


 じいさんの言葉に俺は思考停止。

 うらせかい? へ? うらせかいって裏世界? 

 ウソだろ? どうせ俺を元気づけたいじいさんの冗談だろ?


 フリーズしていると、じいさんはもう一度言ってきた。


 「ここは裏世界じゃ」

 「…………僕に冗談は通用しませんよ。それでここはどこですか?」

 「だから、裏世界じゃよ。ほら、外を見なされ」


 そう促され、窓の外に目をやると、異常なほど真っ赤な空。時計を見ると、まだ午前9時。夕方には程遠く、俺の知っている世界では異常現象などが起きない限りありえないことだった。


 「伝説の話では裏世界は赤い空…………」

 「そうですなぁ。裏世界の昼間も夜もいつでも赤い空ですなぁ」

 

 数分間、その血のように赤い空を見つめる。


 ここは本当に裏世界なんだ。

 その日、俺はベッドから動くことはなかった。


 部屋には一日中やはり赤い光が差し込んでいた。




 ★★★★★★★★




 数日後。

 ベッドから出ることができた俺は外に出て、コンコルドこと、コンじいと向き合っていた。

 コンじいは向き合うなり、杖を投げてくる。俺はその杖を右手ですかさずキャッチ。


 その茶色の杖はいたって表世界のどこにでもある普通のもの。まじまじと観察したが、魔石が埋め込まれている様子もなく、変わったところも特になかった。

 杖を渡されたはいいんだが…………。

 

 「これから一体何をしようというのですか?」

 「特訓をしていただこうかと思いましてのぉ」

 「特訓?」


 なんのために?

 そう尋ねる前に、コンじいは答えてくれた。

 

 「あなたには強くなってもらう必要があるのじゃよ」

 「強くなる必要があるって…………」


 なんで、俺なんかが強くなる必要があるんだ?

 将来、七星祭で学園代表として出てもらうため? だったら、ハンスとか他のやつらの方がいいんじゃないか?

 熟考していると、コンじいは微笑み、言った。

 

 「ネル…………あなた自身も力がほしいのでは?」


 コンじいのエメラルドの瞳が問いかけるようにギラリと光る。


 そうだ。

 レンのことを思い出せ。

 俺が弱いあまり守れなかった親友のことを思い出せ。


 あの女に復讐できるのなら、なんだっていい。

 あの女をこの手で殺ってやるんだ。


 「よろしくお願いします」


 俺はコンじいに頭を下げる。


 そうして、俺とコンじいの特訓が始まった。

 チートといってもいいコンじいに防御魔法をかけてもらいながら、魔物を倒しひたすらレベル上げ。


 始めは裏世界の魔物が強すぎて1匹倒すのに3日かかったが、レベルが上がるにつれ、1匹の討伐に要する時間も減っていった。

 レベル上げだけじゃなく基本的な能力となる剣術、体術、勉強も教えてもらった。


 しんどすぎて1日が終わった時、ぶっ倒れていたけど。

 でも、いくらしんどくて1日休んでやろうかと思っても、俺は全く休むことはしなかった。

 弱いままなんかは嫌だ。あの女を倒すために、レンのために俺は強くなる。

 

 ずっとその感情があって、それが俺の原動力となっていた。


 俺の特訓に付き合ってもらっていたコンじいだが、俺がへばっていてもコンじいは疲れた姿を見せることはなかった。

 見た目では体力がなさそうに見えるが、鬼ごっこで鬼をコンじいにやってもらうと、俺が全力ダッシュしても1分足らずで、タッチされてしまう。


 当然コンじいは魔法なし。俺が魔法を使用しても、5分で捕まる。

 魔法も上級魔法だけでなく、古代魔法も軽々と使いこなし、剣術も体術も難なくこなす。敵にしたら恐ろしく感じた。


 そんなチートなコンじいのレベルが気になり尋ねたが、すぐに話を逸らされた。

 もしかして、レベルがカンストしていたりして。


 特訓を始めて2か月。

 その日はコンじいと全力鬼ごっこをし、素振り1000回、スクワット2000回というメニュー。その後、一息入れようということで、木陰で休憩をしていた。


 「コンじい、変なことを言ってもいい?」

 「変なことってなんですかのぉ。ぜひお聞きしたいですなぁ」

 

 「僕、青い空の下で暮らしてきたけれどさ、この赤い空の世界をなんだか懐かしく思えるんだ」

 「懐かしく…………ですかぁ」


 コンじいは赤い空を見上げる。俺もならって見上げた。

 少しの間沈黙が続き、家の前に咲く彼岸花がふわりと揺れる。

 何も答えないコンじいが気になり、ちらりと横を見た。


 「…………」


 隣に座るコンじいは――――瞳を少し潤ませていた。

 驚きのあまり、俺はフリーズ。


 俺、言ってはいけないこと言った? なんで泣いてるんだ?


 困惑する俺の視線に気づいたのか、コンじいは落ち着かせるようにニコリと笑う。


 「懐かしいと思うということは、ここはネルの第二の実家ということになりますなぁ」

 「まぁ、僕はコンじいがいないと裏世界に来れないけどね」


 コンじいは何を思ったのか、1人ふふふと笑う。


 「いつかきっと1人で来れる日が来ますぞ」


 その言葉の意味も、泣きそうになっていた意味も、俺は分からず、赤い空を見上げた。




 ★★★★★★★★




 丁度一年経った頃。

 俺のレベルは遂に8000を超え、裏世界の魔物を悠々と倒せるようになっていた。

 そして、今日も俺はドラゴンを1人で倒していた。万が一のため、背後にはコンじいが立っている。


 「ここで暮らし始めて、1年ぐらいが経ちますなぁ」

 「1年なんだ。俺はもう2年経ったと思ったよ」

 

 コンじいは赤い空を見上げたまま、俺に尋ねてきた。


 「君は…………表世界に帰りたいと思ってるかのぉ?」

 

 レンがいなくなった世界。

 でも、メミがいる。親父や母さんたちがいる。もしかしたら、俺が死んだと思っているのかもしれない。


 「帰りたい」


 気づいた頃にはそう呟いていた。無意識に答えていた。

 俺の返事に、コンじいは柔らかに微笑む。


 「レベルは今いくらかのぉ」

 「Lv.8008だよ」

 「ほぉ…………これだけレベルが上がればもう特訓は十分ですな。じゃあ、表世界に帰りますかのぉ」


 「へ?」

 「帰りたいと言っていたではありませんか?」

 「いや、そうだけどさ…………」


 帰りたいが、せっかくならレベルの限界値とされる9999まで上げて、帰りたい。

 しかし、コンじいは俺の返事を待つことはなく。 

 

 「またお会いいたしましょう、ネル様」

 「ちょっと? コンじい?」

 

 なぁ、本当に急すぎない? 俺、心が追い付いていないんだけど。

 あと、様付けは止めてって言ったよな?

 俺の心配をよそに、コンじいは杖を振る。


 「オラクルテレポート!」


 コンじいが唱えると、俺の足元にだけ、緑色に光る魔法陣が現れた。

 緑色の光が俺を包む。


 「え? コンじいは帰らないの!?」

 「そうですな。わしは少し用事がありますからな。ちょっとしたら、わしもそちらに向かいますぞ」


 「そうなんだ…………じゃなくて! 俺まだ、ここにいたいんだけど!」


 コンじいはニコリと優しく微笑んできた。


 「行ってらっしゃいませ、ネル様」


 次第にコンじいが見えなくなる。1年間見てきた裏世界の景色も。

 それにしても…………。


 「急すぎないかあぁ――! コンじいぃー!?」


 俺はそう全力で叫び、表世界に戻っていった。

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