第3話 Lv.8008

 森でさまようこと3時間。

 赤い不気味な森の中を歩いていると、突然開けた場所にでた。

 そこにあったのは赤い花だけの花畑。どこもかしこも赤、赤、赤。


 これは………彼岸花? 

 よく見ると、畑には凛と咲く彼岸花しかなかった。

 ここになにかあればいいけど。


 と俺が花畑に足を踏み込んだ瞬間、小さくカサっという音がした。奥の方を見ると、花が不自然に揺れている。

 それも当然。彼岸花が揺れた場所には1人の女が立っていた。


 「人間?」


 風がサっーと吹き、彼女の黒髪を揺らす。

 赤のメッシュが入っているその黒髪の女は俺に紫の瞳を向けていた。

 ゴス系の服を着ているせいで、一瞬ぎょっとしたけど、よく見ると、きれいな人だな………。


 俺は思わず見とれていると、女は眉間にしわを寄せ、腰から杖を取り出した。

 そして、彼女は俺に向かって、闇玉を放ってきた。彼女の髪が激しく揺れ、頭に小さな角があるのが見えた。

 げっ! こいつも魔物類なのかっ!? どう見ても人間にしか見えないんだけど。


 瞬時に杖を腰から取り出し、光魔法でシールドを作る。

 うまいこといった。ちゃんと勉強しておいてよかった。

 しかし、女はずっと禍々しい闇玉を放ってくる。俺は自分の身を守っているだけ。

 俺も攻撃をしかけないと………


 杖先を女に向ける。

 おりゃ!

 そして、この野郎と言わんばかりに、女に向かって光玉を大量放射した。


 彼岸花の花びらが舞い上がり、女も吹き飛ばされる。

 俺の魔法………一体どうなってんだ。

 ギャアギャアという女の声がまだ聞こえるので、光玉を放った。


 すると、女の訴えが聞こえてきた。


 「ギブ! ギブ! ちょっと止めて! 降参よ、降参!」

 

 自分から攻撃仕掛けてきて、降参とはどんな魔物だよ。

 攻撃を止めると、砂ぼこりは落ち着き、相手の姿が見えてきた。

 女は座り込んだまま、俺をまじまじと見て、そしてフラフラしながら立ち上がった。


 「あんた、人間でしょ? どんだけ強いのよ?」

 「いや………そんなに強くないけど。俺、Lv.12だし。落ちこぼれって言われていたし」


 「Lv.12!? 落ちこぼれ!? そんなわけないでしょ!? 私、Lv.7896の悪魔なの! そんな私をこんなにボコボコにするなんて………あんたのレベルが12なわけないでしょ!?」

 

 女はキレ気味に訴えてくる。

 いや、そう言われても、俺のレベルは12なんだけど。

 

 「だいたいなんで人間が裏世界こんなところにいるのよ! まさか………1人でここに来たの?」

 「ああ、よくわかんないけど。1人で来た」

 

 意識失ってたから、実際のところは知らないが。

 

 「あんた、魔石オラクルを使ってきたわけ?」

 

 魔石? 確か気を失う前にキレイな石を持っていたはず。さっきポケットに入れたよな。

 俺は緑色の石をポケットから取り出し、女に見せる。

 

 「これか?」

 「そうよ! それよ! それを使っても、Lv.8000程度の術者の魔力がないと裏世界には来れないのよ!」

 「ウソだろ………」


 Lv.8000って………向こうの世界でもそんなやつ、いなかったぞ。

 

 「あんたが、Lv.12のはずがない。確認してみなさいよ」

 

 自分のステータスカードを確認する。そこには、


 ネル・V・モナー Lv.8008

 

 と書かれていた。

 おい………ウソだろ? Lv.8008って文字化けみたいな数字は。

 俺がLv.8000越え?? ありえない。


 幻のような数字を前に、俺は首を横に振る。

 近づいてきた女はカードを覗き込み、そして、俺の顔を見てニコリと笑った。

 

 「私を弟子にして?」

 「そんなのでいいのか、悪魔」


 「私は強い人についていく主義なの。魔王には会ったことないし、私、正直暇だし。それにあんたに倒された身だし………あんたこそ、こんなところで何をしてたの?」

 「それは………」

 

 俺は今までの経緯を話した。

 学園を強制退学になったこと。実家に帰ろうと、街をフラフラ歩いていると、見知らぬ女性から魔石オラクルをもらったこと。それを知らずに手に取ると、気を失ったこと。目を覚ますと、ここにいたこと。全て話した。


 悪魔相手になんで説明してんだと思ったけど、彼女はこれ以上攻撃してくる様子もなさそうだったので、詳しく話した。

 終始彼女は黙ったまま聞いていた。全て言い終えると、悪魔の女は「へぇ」と小さく呟く。

 

 「つまり特にすることもないってことね」

 「………」

 「それなら、あんた、ここにいたら」

 「え?」

 「表世界でうまくいかなかったんでしょ? じゃあ、こっちにいたらいいじゃない。あんた、強いし、難なく過ごせそうじゃない」

 

 悪魔の女は、にひっと笑う。悪魔なのに無邪気な笑みだった。

 

 「その様子だと、向こうで疲れたんでしょ? ここで魔物でもバンバン倒して、ストレス発散でもしたら?」

 

 この女の言う通り、少々疲れていた。信用していた妹にはめられて、バカにされまくって、正直俺の心はボロボロだった。


 ストレス発散………それも悪くないな。理由は分からないけど、1人でやっと魔物を倒せるようになったんだし………。

 数秒考えた末、俺は元気よく答えた。


 「うん、それもありだな!」

 

 女は「でしょ?」と嬉しそうに答える。

 そう決断した俺だが、すぐに問題が浮かんだ。

 

 「でも、家とかはどうするんだ? ここ一体森ばかりだが」

 「それなら問題ないわ。近くに私が住んでいる家があるの」


 「なんかお前、親切だな」

 「だって、あんたに負けたんだもの」

 「悪魔はみんな、負けた相手についていくのか?」


 彼女は横に首を振る。


 「ううん。これは私だけ。ここにやってきた人間が、私以上の力を持っていたら、その人を主人にするって決めていたの」

 

 主人って………。

 もしかいて、こいつ、今までにやってきた人間たちを殺しているんじゃないか?

 俺は女に訝し気な目を向ける。


 「お前、魔王の手下って言ってたじゃないか、いいのか?」

 「うん、いいわ。下っ端やっていたってつまんないし。あんたと一緒にいる方が、面白いことに出会えそうな予感がする」


 ………なんか俺をおもちゃにしようとしている風にしか考えられないんだが。


 「そういや、名前、言ってなかったわね。私、リコリス。よろしく」

 

 彼女はこちらに右手を差し出す。

 

 「俺の名前は………」

 「さっき見た。ネルでしょ?」

 「ああ、そうだ。よろしく」

 

 俺も右手を出し、彼女と握手をかわす。

 そうして、俺の裏世界ストレス発散生活は始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る