第42話 兄妹はあーじゃないとね

 久しぶりだった。あんなにしゃべって、ふざけて、戦って。

 私、ベルティアは天界に帰りながらそんなことを考えていた。

 隣にいる2人は私と同じようにどこか寂し気な表情。

 

 足元を見ると、先ほどまでいた地上が広がっていた。だんだん遠くなっていく。

 一時沈黙の時間が続くと、レンが口を開いた。

 

 「ベルティア、久しぶりに元ご主人に出会えた感想は?」

 「元気そうで何より……かなー」

 「君は相変わらず上から目線だね」

 「別にいいじゃない。私はあの人に対して、いつもこうだったものの」

 「まぁ、それはいいや…………でも、今は僕についているのだから、多少は言うことを聞いてほしかった。特に今日は」

 「あのね。私、これでもレンの言うことは守っているほうなの。私の上司は本来1人だけ。その人に『レンを守ってくれ』って言われたから、私はあなたについているだけ」


 そう。私の上司はずっと1人。

 今はその人のために動く。

 まぁ、今日は少し遊んじゃったけれど。


 でも、やっと1歩進めれた。やっとよ、あーあ長かった。

 これからも長いんだろうけどさ。

 それでいい。少しずつ少しずつあの時を取り戻すの。

 

 楽しかったあの時を。


 隣をちらりと目をやる。


 「それは分かってるさ…………」


 隣のレンは腰の刀を握りしめ、そう小さく呟いていた。


 「ネルは僕の同僚みたいな人だったから…………」




 ★★★★★★★★


 

 

 学園内にある1件のカフェ。

 そこは平日なら生徒が少ないものの、その日は休日であったため、多くの生徒たちが訪れていた。

 

 訪れていた生徒の一部は彼らにちらりと目を向けていた。 


 「あれって、メミさんと…………」

 「ネル・モナーよね? 兄妹の仲が悪いんじゃなかったかしら?」


 そのカフェテラスの一角では2人の兄妹が向き合って座っていた。

 仲良くお茶をすることなんてなかった2人だが、今では2人の顔には笑顔の花が咲いていた。

 

 俺の前に座るメミは、紅茶を一口飲むと、 


 「お兄様は紅茶がお好きでしたよね」


 と言った。

 確かに前は紅茶が好きだったが、今はどちらかというと…………。

 

 「えーと、今はコーヒーの方が好きだな」

 「えっ? そうなんですか…………好みが変わったのですね。覚えておきますね」

 

 すると、メミはポケットからメモ帳を取り出し、何かを書き始めた。


 なんだそのメモ帳。何をメモってるんだ?

 まさか、俺の好みをメモって…………いい妹だな。

 なら。


 「ついでに、俺の好みのコーヒーはブラックコーヒーってことも覚えておいて。砂糖なし、牛乳なしのやつね」

 

 俺がそう話すと、メミはさらに書き足していく。


 そういや。

 前は紅茶が好きだったけど、いつからコーヒーを飲むようにんなったんだっけ? 


 『この家、コーヒーしかないから、我慢して』


 ――――――――ああ。そうだ、思い出した。

 裏世界に行ってからだ。リコリスの家にはコーヒーしかなかったんだよな、うん。


 すると、頭に直接、声が聞こえてきた。

 その声は俺を呼んでいるわけでもなく、ただただ誰かがしゃべっている声。


 『はい、缶コーヒー。あっつあつよ!』

 『あんがとよ……っておい。カフェオレじゃないか。俺、ブラックが好みなんだけど』


 ???

 意識の遠くの方から聞こえてくる…………誰の声だ? 

 まだ聞こえてくる。

  

 『うっさいわねぇ。買ってもらった身で文句言わないでよ』

 『お前がおごるって言ったんじゃん。好みのやつを選んでもいいじゃん』

 『まぁまぁ、2人とも落ち着いて』


 3人の声が俺の頭の中で響く。

 そして、彼らの笑い声が広がっていた。

 

 周囲にはそんなに笑い転げているやつなんていないのに…………。

 一体誰なんだ?

 

 「お兄様…………お兄様?」

 「あ、ごめん」

 「随分と長い間放心なさっていましたが、どうされました?」


 「いや、どうもないよ。ところでメミ」

 「なんでしょう、お兄様」

 「今度2人でレベル上げしにいくか。中間テストも近いことだし」

 

 そう言うと、メミはぱぁーと目を輝かせ始める。

 

 「なら、私裏世界に行ってみたいです!」

 「え、マジか」

 「はい! マジです!」

 

 ふわりと揺れるメミの髪には、アネモネの花びらをモチーフにした白の髪飾り。

 その飾りはつい最近俺がプレゼントしたもの。

 

 幸せそうな笑みを見せるメミにとても似合っていた。

 

 たとえレンが神で、遠くに行ってしまっても。

 メミがいる。俺の『希望』となってくれる妹がいる。

 

 だから。

 自殺なんてことは考えない。

 この笑顔を守りたい。

 

 そんな俺も自然と笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ★★★★★★★★




 一方、リコリスたち4人は服を買おうと、学園内の店へ足を運んでいた。

 いい店はないかと探して歩いていると、アスカはある2人を見つけ、足を止めていた。

 

 「あれってネルと…………メミさん?  あの2人が一緒にお茶している。珍しいこともあるのね」


 ラクリアたちもネルがいるカフェの方を向き、足を止める。


 「え、最近はあの2人、よくお茶をしているみたいだYO」

 「へぇ……そうなの。これもネルが謝りにいったおかげね。本当に誤解が解けてよかった」


 「今度、一緒にお茶したいYO」

 「そうね」

 

 アスカとラクリアは、世界で一番の笑みを浮かべる兄妹を目にし、伝染したように笑顔になっていく。

 リナも黙ってはいたが、微笑みを浮かべていた。


 「兄妹はあーじゃないとね」


 そう呟いたリコリスは空を仰ぎ、ふと自分の兄を思い出していた。

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