第9話 実家と親父

 「わたしぃ、自分で歩くから、いい加減その手を離してよ~。みんなに見られてるんだけどぉ~」

 「さっき少し離したら、役所に戻ろうとしたじゃねーか。絶対離せーぞ」


 役所のお姉さんにこれ以上迷惑をかけたくねーよ。変に覚えられるのもやだし。

 俺は、自分のステータスカードに満足しない悪魔女を引きずって、歩いていた。


 「ていうか、どこに行くの? さっきから歩いてばっかりだけど」

 「俺の実家」


 そう。

 俺がこっちに戻ってきた本来の目的は、学園に通いなおすため。

 学費を払ってもらっていた親にそのことを言わずにはできない。


 連絡はすでにいっていると思うが、強制退学のことも自分の口で報告しておかなければならないだろう。


 ………1年間一度も顔を出していないので、死んだと思われているかもしれないが。

 リコリスを引きずりながら、俺は久しぶりに実家にやってきた。

 

 「おおー。やっぱり生きていたか」

 「………た、ただいま。親父」


 出迎えてくれたのは、俺の親父。

 彼は、生きている俺に驚く様子も見せることなく、にひっと笑う。


 なんか普通だな。

 「お前、生きてたのか!」とか、「ネル………ネルなのか」と言って泣かれるを想像していたのだが、親父は3ヶ月ぶりに会ったかのような態度だった。


 親父らしいと言えば、親父らしいが。ちっとは息子の心配をしてほしいもんだ。

 話を聞くに、母さんはかなり心配していたようだが、今は友人のお茶会に行っているみらしい。


 気になったのか、親父は、俺の隣にいるリコリスの方を見ていた。

 なんか、親父の目がいやらしい感じがするのだが………気のせいだよな?


 「女の子を引き連れて帰ってくるとは………やるな、ネル」

 「いや、これは………」


 すると、親父は、俺に近づき、リコリスに聞こえないように小さな声で聞いてきた。


 「で、どこまで済ませたんだ? 最後まで済ませたのか?」


 完全に誤解されている。

 最初会った時、確かにリコリスは美人に見えていた。だが、今のリコリスは、どうだろう。正直厄介女にしか見えない。

 こんな悪魔女を彼女にするなんて、考えるだけで身震いがする。


 「親父、コイツはそういう関係の人じゃなくて………」

 「ネルのお父さん、初めまして。私は、リコリス。ネルは、私のおもちゃです」

 

 リコリスが真顔で答えると、親父は、困惑顔を俺に向けてきた。


 「お、おもちゃとは………どういうことだ? ネル、お前は、彼女に一体何をされているんだ?」


 ………俺も知りたいです。

 何も考えていないリコリスの発言に、ハァと息をつく。

 てか、俺はいつリコリスのおもちゃ認定されたんだよ。

 リコリスが話すと、誤解だらけになりそうだったので、俺は親父に説明しなおした。


 「勝手に言ってるだけです。この女は………弟子です。俺の弟子」


 リコリスは、俺のことを主人にすると言っていたような気がするが、この際どうでもいい。


 「いつ私があんたの弟子になったのよ。1年前のことは、冗談って言ったでしょうが」

 「あぁ? 氷魔法を教えてやっただろうが」

 「べ、別に私から教えてほしいなんて言った覚えないし! あんたが勝手に教えてきたんでしょ!」


 そんな俺たちのやり取りに、アハハと笑う親父。

 笑いが収まると、親父は、家の中へと手を伸ばし、言った。


 「立ち話もなんだ。中に入って話さないか?」


 そうして、俺たちは移動し、応接間で話すことになった。

 隣にはリコリス、向かいには父がソファに座っていた。

 

 「学園を通い直したい………か」

 「はい………」


 俺は、強制退学のことを報告し、今後のことを話した。その間、親父は黙ったまま、話を聞いてくれていた。


 ………でも、1年間どこに行ってたかということを、一切聞かないんだな。一番最初にしてくれそうな質問なのに。

 親父はうーんと唸り、熟考しているようだが、そんな質問する様子ではなかった。


 もしかして、魔道具とか使って、探知されてた? だから、親父はこんなに平然としていられるのか?

 そんなことを考えていると、親父はコクリと頷き、元気な声で答えてくれた。


 「うん! 再入学、いいんじゃないか!」

 「え? いいの?」


 反対されるのかと思った。

 俺が驚きの声をあげると、親父は、ニコリと笑う。


 「その様子だと、結構レベルはあるのだろう?」

 「あ、ああ。あるけど………」

 「なら、いいさ。お前のレベルが上がっていないことは知っていたし、筆記試験での成績に問題なかったしな。一応、ステータスカードを見せてくれるか?」


 俺は、親父に自分のステータスカードを手渡す。

 親父はじっとカードを見つめた後、小さく呟いた。


 「そうか………Lv.9000か」


 ————驚かない。

 メミも、ハンスも、この隣にいる悪魔女でさえも、驚いたのに、親父は無反応。

 なんで驚かないんだ?

 俺がそう尋ねる前に、親父はひょいっとカードを返してきた。


 「次は、技術試験で満点を取れるなっ! 頑張れよ!」

 「………はい」


 隣のリコリスが、ボソッと小さな声で、「彼の魔法、試験官を殺しかねませんけどね」と言っていたのを、俺は聞き逃さなかった。


 コイツめ、自分のレベルが下がったからって、バカにしやがって。

 俺は、リコリスを細い目で見る。目が合うと、リコリスは、ケッと笑った。

 ………絶対制御できるようになってやる。

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