第30話 伝説上の話

 保健室を出た俺は学園内にある人気の少ない庭へと向かっていた。

 庭中を見ることができるレンガの道を、俺は途中で外れ、バラの生け垣の間を抜ける。

 

 そこを進んでいくと、少し開けた場所へと出た。奥に小川が見え、手前には芝生が少し広がっている。

 ここは最近俺が見つけた場所。木もあり、昼寝をするにはとっておきの場所である。


 木陰で寝ていたのは悪魔女。

 コイツって普通に顔はいいんだけどな…………黙っていればな。


 先日俺は1人ここで休もうとしていたのだが、リコリスたちに追われ、チームメンバー全員にこの場所を知られてしまった。それ以来、天気が晴れであれば、誰かしらここに来ていた。


 リコリスはこちらに気づいたのか、上体を起こす。


 「フィー先生との話は終わったの?」

 「ああ。お前、アイツから俺の実親について聞いて、昨日あんな探りを入れるようなこと言ったんだろ?」

 「ええ。あんたとあんたの妹の勝負を見て、あんたの動きがあまりにも不思議すぎたから、昨日フィー先生の所に行って話を聞いたの。あんたの親、本当にすごかったのね」


 この感じだと、俺の親については聞いたけど、俺についてのことは聞いてないようだ。


 でも、なんで俺の親のことをリコリスに話したんだ? 暇つぶし? そんな理由だったら、俺は容赦なくあの王女様の頬をひっぱたいている。


 でも、ふざけた理由で動く人ではないと思うし(実際は知らん)。

 はぁ…………あの王女様の考えていることはイマイチ分からない。


 「そうか。他の人に言うんじゃないぞ」


 俺は一応忠告をしておく。

 広められれば、俺は平穏な生活とはおさらばとなってしまう。それは絶対阻止したいところ。


 だが、分かっている。コイツはこの情報を他の人に広めたくて仕方ないことを。


 「…………言いたい」

 「言うな」

 「…………みんなに広めたい」

 「広めるな」


 俺は目を細め、悪魔女を見る。一方、リコリスは口をとがらせていた。


 「…………分かったわよ。よほどあんたの大事な秘密なのね。そのことについてしゃべらなかったらいいんでしょ」

 

 リコリスは起き上がり、びしっと指をさしてきた。


 「そ・れ・よ・り・もっ!」

 「なんだよ。急にそんなテンションあげて」

 

 嫌な予感しかしない。

 

 「裏世界行きましょっ! あんたなら、ちょちょいのちょいっ! でしょっ!?」

 「大きな声を出すなよ。そのことも俺らだけの話だろ? 知られたらマズい話だろ?」

 「確かにそうだけど…………でも、今、ここには誰もいないじゃない。大丈夫よ」

 

 グッジョブと言わんばかりに親指を立て、話を続ける。


 「そろそろ裏世界に帰りたいと思うでしょ?」

 「帰るって…………学校はどうするんだよ」

 「学校? ああ、別に学校を止めるわけではないの。ただ、里帰り的なものをしたいの。だから、ネルっ! 週末に裏世界に連れて行ってっ!」


 声を荒げて話したら、フラグが回収されて…………でも、ここはリコリスも言った通りほとんど人が来ない場所。見つけてからというものの、チームメンバー以外の他の人に会うことはなかった。

 

 なら、大丈夫じゃね? アスカたちはもう実験室に行っているだろうし。

 そう判断し答えようとした。

 が、その時。


 「…………リコリス、今なんて言ったの?」


 ゆっくりと振り返る。ゆっくりとゆーっくりと。

 レンガの道へと続く方向には、裏世界のことを知らないであろうアスカ、ラクリア、リナ。3人は呆然として立っていた。


 「お前ら…………なんでここにいるんだよ」

 「あんたたちを探しに来ただけよ。今日も手伝ってもらおうと思っていたから」


 答えたアスカは左右に首を振る。


 「そんなことどうでもいい…………それでリコリス、今なんて言ったの? あたしの耳には『裏世界』という言葉が聞こえたのだけれど?」

 「それは……伝説で裏世界についての話があったなって言ってたんだよ」


 リコリスが答えれるはずがないと思い、俺が説明する。案の定、悪魔女は動揺を丸出しにしていた。


 「へぇ…………そう」


 完全に疑っている。

 一般人からすれば、裏世界なんて伝説上の話だ。

 だが、その伝説上の話をしていたのは俺たち。疑うのも無理はない。


 これは…………リコリス次第だな。

 『お前も何か言え』と言わんばかりに俺は悪魔女に視線を送る。リコリスは意外にも理解できたのか、話し始めた。


 「そ、そうなの、アスカ。フィー先生に裏世界の話を聞いて気になったの、アハハ…………」


 らしくもなく乾いた声で笑う。

 よし、リコリス。ぎこちないが、問題児にしてはやってくれている方だ。


 リコリスの問題発言もなし。あのことに気づかれないように、このまま他の話題へ…………。


 「そいつは条件を満たしている」


 恐ろしく冷たい声。

 その声の主は水色の髪を持つ少女だった。

 リナは青い瞳を真っすぐこちらに向けてきていた。


 「どういうことだーい?」


 ラクリアの質問にリナは俺に指をさし、話し始める。


 「そいつはレベル8000以上ある。だから、伝説の話が真実であれば、魔石オラクルが無くても裏世界に行くことは可能…………実際に裏世界が存在するかは知らないがな」


 「ああ、気づかれちゃったわ。ネル、もう言っちゃっていいんじゃない?」


 お前、状況分かってるのかよ。

 下手をすれば、お前が悪魔だってことを知られるんだぞ。

 アスカたちに聞こえないよう、小さな声でそう話すと、


 「もう別によくない? レベルは低いけど、アスカたちに負ける気はしないし」

 「おい、それを口にすると後悔するぞ。それはフラグだぞ」


 リコリス、フラグ回収人間なんだから、フラグ建設だけはするな。フラグがなかったら、回収をすることはない。

 これはリコリスがアスカに負ける未来が見えるな。


 なんて考えていると、アスカは、


 「確かに…………伝説上の話ではあるけど条件を満たしているんだから、行けても不思議じゃないわ。ねぇ、ネル。あんた、さっきリコリスと週末の予定について話していたわよね? 別にあんたたちが裏世界に行ってたとかいう話はどうでもいいから…………」


 と言いニヤリとした笑みを浮かべる。そして、やつが再び口を開こうとする前に、俺は言ってやった。


 「いやだ。連れていかない」

 「…………あたし、まだ何も言ってないんだけど」

 「いや、お前が何も言わなくても分かる。だから、俺の返答としては『い・や・だ』だ」

 「じゃあ、ネルはリコリスと2人で行くんだねぇー」


 「行かないって言ってるだろ?」

 「え!? ネル、行かないの!?」

 「あ、裏世界の話は本当なんだねぇー」

 「おい、リコリス!? お前、何しゃべってるんだよ!?」


 ラクリアもリコリスの性格を知って、仕掛けたな。

 リコリスがラクリアの罠にはまり、俺たちで言いあっていると、リナがくるりと翻り、レンガの道の方へと歩き始めた。


 「リナ、どこに行くの?」

 「自室」

 

 話すだけ話したリナは、アスカに素っ気なく答え、去っていく。


 ————アイツ、何なんだろうな。


 学園の人気者リクの正体が少女であったことを知られ、リクは本来の姿リナとして生活せざるを得なくなった。それに伴い、生徒会を止めたようだが、それは表での話。


 誰の指示かは知らないが、裏でかなり動いているようだった。

 なんで俺がこんなことを知っているかって? 

 たまたまだ。たまたま。


 その後、結局アスカの押しに負け諦めたため、週末に裏世界に行くことになった。

 週末の予定の話をし、そのうちくだらない話をしているうちに空は赤く染まっていた。


 日が暮れてきたので、チームで帰ることになったが、俺はそこに残っていた。

 もう1人のやつとともに。


 「なんでお前がアイツらといたんだよ」


 上を見上げる。

 そこには自室に戻ると言っていたはずのリナがいた。彼女は木に上り、俺たちを見ていたようだ。

 リナは俺以外のやつがいなくなったのを確認し、地面に降りてくる。


 「お前を監視するためだ」

 「かんしぃ? 生徒会の人間じゃなくなったお前がなんで俺を監視する必要があるんだよ」

 「指示を受けたからだ」


 「はぁ? …………お前、メミの指示で動いているんじゃなかったのか」

 「言っただろう? 『全ては指示のためだ』と」

 「待て…………お前、まさか…………」


 リナはクスリと笑う。


 「そうだ。私は『ASET ZERO』の人間だ。お前と出会うよりもっと前からな」


 付け加えるかのように言ってた。

 じゃあ、最初からステファニーあいつの指示で動いていたのかよ。


 あぁ…………そういやステファニーと保健室で話していた時、リナの気配がしたと思ったら、そういうことだったのか。


 「じゃあ、俺がどういうやつなのか知ってるわけだ」

 「そうだ。お前は本来の力を表に出さず、かといって『ASET』にも入らない。だから、私は危険因子だと判断したまで」


 「危険因子って…………言っておくが、俺は魔王にも王の座にも一切興味ないからな。俺は平穏な生活がほしいんだけなんだけど」

 「そうだとしても、お前がいつ、魔王側につくか分からない。監視は続ける」

 「…………お好きにどうぞ」


 そう言って、俺はレンガの道へと戻ろうとしたが、途中で足を止めた。


 「ああ、でも」


 これだけは言っておかないとな。


 「俺の生活の邪魔はすんなよ」


 そう言って、再び歩き始める。

 背後のリナが俺の忠告に答えることはなかった。

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