第25話 リクという少年は
ラクリアいわく、自分が公爵家の娘であることは最近発覚したこと。俺が裏世界でストレス発散していた時に分かったようだ。
「それで…………東を統治する公爵家の娘がなんでこんなところにいるんだ?」
生徒がいなくなった静かな教室。そこで俺たちは公爵令嬢ラクリア様に話を聞いていた。
シェイク家の令嬢こと、ラクリア様はまだ窓の外から顔を出している状態。サングラスをかけているので、制服を着ていなければ、不審者と思われてもおかしくないだろう。
やっぱ令嬢には見えねーよ。
「令嬢ってことを意識させないところにいたかったんだYO」
「…………」
「この学園は比較的身分意識は低い…………むしろ実力で判断されるから…………東の学園より過ごしやすいと思ったんだYO」
確かにこの学園は貴族が権威をふるうといった言動は慎むように言われており、実力で学園内での地位は確立する。
だから、たとえ貴族であっても、俺のように蔑まれることだってあるのだ。
「確かに私はシェイク家の当主を父に持つYO。でも、私は…………」
「チェケラ族の人間なのでしょう?」
声が小さくなっていくラクリアの代わりに答えたのはリコリス。彼女の問いに公爵令嬢様は小さく頷いた。
チェケラ族はダンス民族と呼ばれるほどダンスを得意とする民族であり、ダンスや舞による魔法展開できる特殊集団である。
ラクリアがチェケラ族であるのは理解できる。非常に理解できる。
でも、ラクリアが公爵令嬢っていうのは……………………理解できない、信じられねーわ。
あと、
「リコリス、なんでおまえがそんなことを知ってんだよ」
ほんとに。大体予想はつくけどさ。
「これも保健室の先生に聞いたわ。確か公爵様が各地で踊っていたチェケラ族の女に出会い、そのまま気に入ってラクリアが生まれたのでしょう。で、ラクリア自身は最近自分が公爵家の娘であることが分かった」
「…………」
ラクリアの方を見ると、ハハハと乾いた声で笑っていた。
「そんな顔をしなくても大丈夫だYO。もう東の方ではだいぶ噂は広まっているから、こっちの方にも広まるのも時間の問題だYO。どのみちいつかは私から3人には話さないと考えていたから…………」
ラクリアはキョロキョロと教室を見渡すと、窓から入ってきた。
「チーム表には『ラクリア』の名前しか書いてなかったけど、私のフルネームはラクリア・ティナ・シェイク。シェイク公爵の娘になるYO」
そこからラクリアは静かに話し始めた。
ラクリアは元々東の国境付近にいるチェケラ族の1人だった。ラクリアが幼い頃に母はすでに他界しており、父親もどこにいるか分からなかったため祖母と暮らしていたそうだ。
しかし、ラクリアが15歳になる前、高等部に上がる前にチェケラ族の地にシェイク家の使いがやってきた。
その使いはシェイク家の令嬢ラクリアをお迎えにきたと言ってきたそうで、急なことに当然困惑したラクリアだが、事実をはっきりさせるため彼女はそのまま使いとともに公爵家に向かったそうだ。まぁ、よくそんなにすぐ行動できるもんだ。
その後、公爵家に着いた彼女は父である公爵様に母親の出会いのことを聞いたらしい。話によると、公爵自身も最近知ったそうだ。
確かに平民だった自分が実は公爵家の令嬢とかはなかなか信じがたいこと。
だが、全てが真実であればラクリアは公爵とチェケラ族の踊り子の間にできた娘ということになる。
「たしか、シェイク公爵にはすでに4人の子どもがいるんでしょ? 平民との間にできたラクリアはいじられる対象になりかねないから、そのままチェケラ族のところに置いておくほうがいいと思うんだけど」
すると、リコリスの疑問にアスカが答える。
「チェケラ族は幼い頃から4つ以上の魔法同時展開ができるから、ラクリアを手放し状態にしたくなかったはずよ。あたしが公爵の立場だったら、ラクリアを自分の手元に置いておくわ」
シェイク公爵は膨大な魔力を持っていたはず。それにプラスして、上級魔導士でもなかなか難しい4つの魔法同時展開ができる人間はそうはいない。
公爵がそんな娘を近くに置いておきたいのは俺も十分に理解できるな。
しかし、態度からするにラクリアは自分が貴族の世界なんてまっぴらなよう。
だから、貴族という意識が下がる実力社会のこの学園に来たのだろうが…………。
「やっぱり話しかけにくる人たちがいてねぇ」
この学園をでれば公爵家のつながりは役に立つことがあるのだろう。せめてと思いサングラスをかけたらしい。
ちなみにチーム表に名前だけ書いていたのは俺たちに素性がバレないようにしたかったため。そのことはすでに先生に話していたので、全て『ラクリア』という名前で通していたそうだ。
別に俺はラクリアが公爵令嬢であろうが気にしないが。むしろサングラスを気にする。
「まぁでも、他の人たちも顔を見ていないのにラクリアのことが分かったわね」
「一度だけ社交界に顔を出したことがあるんだYO…………一度だけだけど。それで覚えていた人もいたみたいだYO。あと、赤髪の人はチェケラ族か、サンセット族のどちらか。サンセット族は西部の海に近い学園に行くだろうし、チェケラ族である人たちはほぼいないから、すぐに分かったみたいだYO」
「なるほど」
俺はふむふむと縦に首をふる。
そして、リコリスが付け加えるように話した。
「次女とはいえ公爵令嬢。4人の兄弟にはすでに全員に婚約者がいて、婚約していないのはラクリアだけなんでしょ?」
「その通りだYO。みんな、公爵家とのつながりを持ちたいらしくて、私と婚約できないかと思ってるみたいだYO。正直、私にはウンザリだYO…………」
「そういうやつが現れたら、『婚約者がいるの』って言えばいいじゃない」
「すぐバレるYO」
ラクリアはらしくもなくはぁと重いため息をついていた。
そんな変人の様子に俺は、
「まぁ、もし必要以上に接触してきたら、助けてやらなくもないが…………」
と言い、ラクリアのサングラスを取る。
「まぁ、まず逆に目立つしサングラスを外せば?」
サングラスなしのラクリアは美人で、今よりは目立たずいいと思うのだが。
俺の提案にラクリアは横に首を振った。
「…………それは遠慮するYO」
そして、彼女は俺から奪い取り、サングラスを付け直していた。
★★★★★★★★
次の日の放課後。授業がいつもより早く終わり、昼には俺はリコリスたちとダンジョンに向かっていた。天気には恵まれ、上には青い空が広がっている。
「ダンジョン、ダンジョ―ン、男女女女ー!」
前を歩くリコリスは訳の分からぬことを叫んでいる。
「あそこです」
リクの声で足を止める。
すると、木々の間からダンジョンの入り口が見えていた。まっすぐ歩いた先にあった。
約1年ぶりの対面。嫌な思い出がよみがえる。
放課後でそこまで時間もないため、すぐにそのダンジョンに入っていった。
入るなり雑魚モンスターに出会ったが、リコリスが排除していく。
順調に進み、地下20層のところまでやってきたとき、
「モナー君、あっちに何かありますよ」
と声を掛けられた。
リコリスは先へ先へとハイスピードで進んでいたが、やつにはアスカとラクリアがいることだし、大丈夫だろう。
そう判断した俺はリクについて行き、ある部屋に入った。
部屋に魔力反応がある。絶対に何かあるぞ。
「何があるんだ?」
気になった俺は部屋の中央まで歩いていくと、ピリッと何かを感じた。
異常な何かを感じた。
「!」
そして、全身に電撃のように痛みが走る。
「リクっ、お前はこっちに来るな!」
背後にいるやつに叫ぶ。
アスカのに付き合った時より弱いものの、俺は動くことはできなかった。
俺はリクが巻き込まれていないか、後ろを確認する。
不敵な笑みを浮かべるリク。少し離れた位置に彼は立っていた。
「お前…………」
「やっぱり失敗品とはいえ、アスカさんの道具は使えますね」
数秒後、痺れの魔法は消えて弱まりやがて消えたが、体を動かすことはできなかった。直立不動の状態でリクを睨む。
「あなたの数日過ごして分かったこと。それはあなたが思った以上に危険因子だったこと。生徒会が何もしないと判断しても、僕は単独で悪魔と関与している可能性があったあなたにアクションを起こしていたでしょう」
「…………何を言ってるんだ」
「まぁ、でも生徒会を嫌っていたあなたが生徒会の人間である僕をここまで信用してくれるとは思いもしませんでした」
リクは呆れた様子で両手を上げ肩をすくめる。
「ほんと…………お人好しですね」
そう言うと、やつはジャケットのポケットから手錠を取り出し、俺の両手首の動きを封じた。
「僕は
リクは手場を取り出したポケットとは別のところから杖を取り出し、構える。
「効率よく魔法を使える魔法陣。魔力がない僕にとって最高の武器でした。だから魔法陣を書くのも得意なんですよ、僕。丁寧に書いておきたいなと思って、君と来る前に書いておきました」
地面が紫に光りだす。すると、俺の足元の前に黒い沼のようなものが現れた。
「後悔する前にあなたを闇の世界へ送ってあげましょう」
やつは黒い沼の方へと俺の背中を押す。
闇の世界?
————————ふざけんなよ。
俺は痛みが残る体を動かし手錠を力づくで壊すのと同時に、部屋に解除魔法をかけた。
すると、床に描かれた魔法陣がパリンと壊れ始め、中央にあった闇の沼は消える。
「なにっ!?」
部屋に響く困惑のリクの声。
受け身の姿勢を取ることもできず、俺の体は魔法陣が消えた石畳の地面に打ち付けられた。
「いってぇ…………」
アイツ、絶対に許さねぇ。
痛みが残る頭をさすりながら、ゆっくりと上体を起こした。
そして、やつの方をすぐに見た。
「え?」
目の前にいた金髪美少年は消えていた。
「…………リク、お前」
その代わり、
「女だったのか」
リクと同じ青い瞳を持つ水色の髪の少女が座り込んでいた。
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