水粒

「雨かぁ」


「雨ですね」


「雨、だね」


 夏姫、黒川さん、私の順番で呟く。学校の昇降口、雨を見ながら待ちぼうけした。別段嵐の様に強いわけではない。けどどこか面倒で、困らせるような雨だった。


「まふゆ、傘入れて」


「あ、あの私も駄目ですか?」


「え?」


 またさっきの順番で会話が起きた。なんで傘持ってないの?ってよく考えたらそうかぁ。今日家出るときなんかあの私でさえ陽気な天気とか言ってたしなぁ。しかし私の傘は一個しかない。三人入るとはどう考えても不可能だ。だったら……


「ごめん私もです」


 嘘をついた。頭の中では最善の選択だ、よくやったと心を落ち着かせる。でも頭ではないどこかが選択を否定してるような気がしてきた。なんかもやっとする……?


「まふゆ。傘見つかった。入っていいよ」


「私もです。遠慮なくどうぞ」


「はい?」


 私の葛藤はつゆ知らず。二人がノータイムでレスしてきた。はっきりいって何言ってるか分からない。いやだって探してもなかったじゃん。まさか二人とも……いじめ?ではないよね。さっきまであったもやっとした気持ちが一瞬で私の体から消え去り、雲に取り込まれていった。


「あ、私もあったよ」


 流れに乗っかてみる。勿論バックの中とか探さずに全く同じような態度で。


「そ、そう、まふゆのくせにしっかりしてるじゃん。良い天気だったのによく持ってきたね」


 あ、夏姫も気づいてるじゃん。何故か夏姫が攻撃的に言ってくる。


「確かにいい天気でしたよね。なんでこんな変わったのかな」


 黒川さんまで……


「それではそれぞれの傘で帰りましょうか」


 黒川さんがなだめるような口調で話しに終止符を打ってくれた。何だったんだこの茶番……


 私達三人は傘を広げ帰り道を歩くことに。面倒くさい、避けたいような雨に打たれながら私達は進む。誰の足音かは分からないが軽快なリズムでぱちゃぱちゃと音が繰り返される。


 いつも下を向いて歩く私は水が跳ねる瞬間を何度も眼に捉えた。水が自分よりはるかに強大な何かに踏み潰される。その緊張に耐え切れず小さい粒、つまりは……一人になって逃げるように飛び跳ねる。そしていくら偶然的に高く飛べてもそれは一瞬。ゴールは決まっており何も変わらない。そのときはもう誰にも相手されない所詮小さな一粒になってるのだ。軽快に音をたてるのは意図的なのかもしれない。分かったうえでの……


「どうしたの?」


 夏姫が水たまりを踏まないように跨ぎながら後ろを振り返りながら口を開いた。私はまだ水たまりを越えてない。


 立ち止まって私は小さく答えた。


「なんでもない」


 と。本当に何でもないんだ。いや何かはある。けどそれが何なのかは分からない。水が跳ねる瞬間を見て私が何を感じて何を思ったのかもわかった。ただ言葉にできない。いつもクラスの中心にいて人気者の夏姫、優しくて人の為に頑張れる立派な人格者の黒川さん。私もそんな人を友達にできて誇らしい。けど……なんだか今の気持ちはその逆にあるような、それでも二人のことが大好きというのは前提条件であって……


「ほら」


 俯いてる私に水たまりの向こう側から手を差し伸べてくれる夏姫。これといった会話はないけどただまっすぐ私を見て手を、細長く綺麗で頼もしい手を私に。


「どうぞ」


 戸惑ってる私に水たまりの向こう側から手を私の前に置いてくれる黒川さん。いつものようにあやす口調で微笑みながら。丸くて暖かい優しい手を私に。


「あ、ありがとうございます」


 私はまだ行き場のない気持ちが脳を駆け巡りあらゆる考えを否定してくるのを感じてる。小さく俯きながら……でもそれと同時ににやついているのも分かった。


 私は俯いてる状態を崩さず右の手を夏姫の手の上に、左の手を黒川さんの手の上に恐る恐るかぶせた。そして二人が優しく包み込んでくれる。


「さ、行こう」


「行きましょう大原さん」


 前から感じる優しい光に包まれながら私は一歩前に踏み出した。一度高く飛びそして下に落ちる。けどそこはひとりぼっちではなく両手に花が咲いていた。私は所詮水。けど美しい花の傍にずっといられるような気がした。


「ねぇなんかこれ親子みたいじゃない?」


 夏姫が耐え切れず笑いながら言った。確かにそうみたい。両手を繋ぎながら真ん中の人を持ち上げて水たまりを越えるようジャンプさせるなんてもう親子のそれだ。


「あはは」


 あまりにも面白くて嬉しくて私は声を出して笑った。それは愉快そうな腹から出る笑い声だった。私がこんなにも笑ったのはいつぶりだろうか。


 夏姫も黒川さんは唖然としながら私を見る。ポカーンってなってるよ。それから私につられるように二人とも声を出して笑った。道端で何が面白いのか分からないけどみんなで顔を見合わせて。


「それじゃ何があったかよくわからないけど行こうか」


 夏姫が話を切り出し再び歩くことに。今は無残に飛び跳ねる水粒は見えない。私の目の中には綺麗な花が二輪咲いていた。


「あのね。いきなり言うのもおかしいけどね。大好き!」


 私は普段言えない言葉も今なら言えた。笑顔で清々しく。


「「え?」」


「ちょちょ何言ってるのまふゆ!頭打った?」


「あわわわ……」


 慌てふためく二人。やばい今さらながら恥ずかしくなってきた。


「まふゆの気持ちはわかったわ。これからよろしくね」


 夏姫が悟った口調で言ってくる。


「あの、大原さんは私に言ったと思いますよ」


 黒川さんがおどおどしながら言う。


「ふ、ふたりともだけど?」


「「はぁー」」


「え?すみません?」


 何が何だか……二人とも大好きな友達だよ?たまにもやっとするのは分からないけど……


 それからしばらく足を進める。私の家は近い。もうみんなとはお別れだ。明日はあるが寂しいよ。こんな気持ちになったのも初めてだ。


「あれ?」


 住宅街を抜けちらほらとお店が見える通り。私は丸くて緑で縁取られた看板を見た。saizeriaと赤く刻まれている。これはもしかして喫茶店なのでは!?いつかみんなと行ってみたいとは言っていたけど願ってもない幸運。


「いきなりなんですけどあのおしゃれな喫茶店に行ってみたいです。実は聞きたいこともありまして」


 私が提案する。しかし二人は何を言ってるのか理解できなかったらしい。


「え?どこにあるの?幻覚?あれあれボッチこじらせすぎたのかな?」


 夏姫がいつものように笑いながらからかってくる。


「どこにあるんですか、大原さん?」


 黒川さんがきょとんと尋ねる。あれ?もしかしたら幻覚なの?目をごしごしと腕でふいてもう一度見てみる。


「あの?saizeriyaってありますよね?」


「「え?」」


 すると夏姫は拍子抜けたのかまたまたポカーンとしている。それから込み上げるように笑った。


「ははは。まさかサイゼリヤがおしゃれな喫茶店って。あれはファミレスだよ。ボッチこじらせすぎじゃない?あはははは」


 腹を抱えてる。ぐぬぬ。そう言われると反論できない。


「いいよ行こう」


 夏姫が言う。


「え?いいの?」


 私はあまりにもあっさりと了解してくれたので驚いた。いつもはからかってくるのに。なんだか不器用に優しいなぁ……


「さ、ほら行きましょ」


 夏姫が私の手を握りなおして引っ張ってく。なんだか夏姫が……


「あ、私も行きますよー」


 また三人で手を取り合った。最近色んなことがあって、今からもあって、自分の感情が何だか分からないけど、これからたくさんのを経験していけるような気がした。


「いらっしゃいませー。何名様でしょうか?」


 私は未踏の地へと踏み降りた。


「ひゃい!しゃしゃんめいです!」


 お店の玄関先で大声を上げる私。苦笑いを浮かべる店員。私は羞恥心で顔が真っ赤になった。と、とりあえず落ち着こうよ私……











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

裏の気持ちから始まる恋 雨宮夏姫 @rori_gentleman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画