私の少しの勇気と黒川さんの言葉で

 6限目の現文が終わり、次は7限目の体育となった。今は6限目と7限目の間の10分休憩の時間だ。しかし休憩と言っても体育館に移動するわけで、のんびりする暇はない。


「黒川さん、いきましょ」


「はい」


 私は黒川さんに声をかけ一緒に体育館横にある女子更衣室へと向かっていた。なんだかんだ言って、まだ新しいクラスが始まって2日目だから体育は今日が初めてなんだよね。


 黒川さんと本館2階の最奥から続く体育館への渡り廊下を進んでいた。渡り廊下の横の壁は塗装が剥がれてるところがよく見られる。元々は白色だったであろう壁も薄汚れ黄ばんでいる。ぼろがでてるな、、


 体育館横の女子更衣室に入る。女子更衣室の中は四方の壁にそれぞれのロッカーが置かれており、そこで着替えるベタな感じのようなものだ。私達は割と遅い方だったらしく数人を残してほかの女子はもう出ていったようだ。


 私達が着替え始め、ブレザーとカッターシャツを脱いだ時、残りの女子もみんな体育館に向かっていった。更衣室には私たち二人。次の授業はあと5分後に始まる。


 会話なく黙々と着替える私達、誰もいない状況が屋上と重なる。ただ窓から流れる風の音と蛍光灯の音が私達を支配してる。


 私はドアから見て右側のロッカーで着替え、黒川さんは反対側にいる。私達はまだお互いのことをあまり知らない。更衣室の距離は私達の心の距離なのかもしれない。近くて遠い。更衣室は狭い空間だから距離は必然と近くなるが、人に肉体をさらすことを避けるように心の距離が置かれる。そして触れてはいけない一線が生まれてくる。


 そんなことを考えて、私は黒川さんとの距離感を改めて痛感した。そうだよね、まだお互いのことあまり知らないよね。この距離を詰められるか不安だな、、


 がさ


 後ろの方から音がした。更衣室には二人しかいないので、その音を起こしたのは誰かすぐに気づく。


「黒川さん?」


 カッターシャツを脱ぎ終わった手を止め、振り返らずに聞いてみる。


「…………」


 返答がなく、ただ忍び寄る足音が聞こえてきた。私はわけが分からずとりあえず振り返ってみることに。しかし私が首を右回りに回そうとした瞬間、


 ぎゅ


 え?抱き着かれた?見てはないけど、確かに腰に小さく細い腕が巻き付かれてるように感じる。とても暖かく密着してくる。カッターシャツを脱ぎ、上半身は下着のみとなってるので黒川さんの体温を感じる。どうやら黒川さんも上半身は下着一枚のようだ。暖かく、強く私の腰を締める腕は居心地がよかった。


 じゃ、じゃなくて、、、ど、どうしたの?黒川さん。私は顔の紅潮が止まらずにいた。頭の中がぽわーって熱くなるのがわかる。


「ど、どうしたんですか黒川さん?」


「…………」


 さらに黒川さんの腕を締める力が強まる。ああ、私はどうすれば。黒川さんはなぜこんなにも距離を近づけられるのだろうか。普段はおどおどしてる黒川さんを何がここまでさせいるのだろう。すごいな黒川さんは、人との距離を近づけるのは怖いと思うし、勇気がいると思う。


 でも黒川さんにだけやらせない!!


「黒川さん、黒川さんがそういう事をしてくれるなら私もやります。黒川さんにだけさせません」


 私はそう言うと私からも抱き着くために右回りに振り返ろうとする。しかし回り方が悪かったのか、私の右足が黒川さんの右足に絡む、そしてそのまま体重に任せ宙に美しい放物線を描くように倒れる。


 っ。


 時が止まった。当然私が黒川さんを押し倒した体勢になる。目の前では桜より赤く、薔薇より薄い色をした、厚すぎず、薄すぎない、むしゃぶりたくなる唇が襲ってくださいと言わんばかりに輝いている。


「ご、ごめんなさい」


「い、いえ」


 私が数十秒したのち謝る。


「黒川さん、私、黒川さんだけにさせません」


「は、はい?」


 私は黒川さんの胸にうずくまり腰に手をまわし抱き着いた。やっぱり黒川さんの胸は暖かい。私の小さい胸とは包容力が違う。七限目だからかドアから見て向かいの窓から中央にいる私達を淡く柔らかいオレンジ色の光が照らしている。


「えと、大原さん?」


「黒川さんの胸は最高ですよ」


「え?ええええええええ?」


 黒川さんの慌てふためいた声が響く。どうしたのだろう?私は友達とのスキンシップの為にやる行為だと思っているだけなんだけど。何か気に障ることでもあったのかな?


「ぐぬぬ、誘い受けとは」


 突如、ドアから声が聞こえた。それは低く唇をかんで発せられるような声。私は驚きながらも振り返ってみると夏姫がドアの淵に指を添わせひょっこりと顔を覗かせていた。眉間には皺が生まれており、目の下は赤みを帯び、目は全体的にそりたっている。


「夏姫!?」


「もう始まるわよ」


「「あ!」」


 私達は夏姫の言葉にはっとする。そうだった、体育の授業まで後五分も残ってなかったんだ。どうやら夏姫は私と唯一面識がある人として呼び出しに駆り出されたのだろう。私達ははっとし、素早く着替えを済ませ、顔の赤みが取れないまま体育館へと走っていった。


 体育館ではステージを前にして右手前に4列横列隊形にに並んでいた。私達は最後尾の列に入る。


「それじゃー各自ペアを作ってストレッチをしろ」


 熊のような体型をし、赤ジャージ姿のむさ苦しい顔をした体育教師の寺田先生が声を張り上げて言った。


 よし!がんばるぞ。


 私は立ち上がり、黒川さんが教えてくれた作戦を実践するように夏姫に声をかけにいったのだが、、、


「な、夏姫。私とペアを組んでくれない?」


 夏姫はたくさんの取り巻きさんたちに囲まれながらその中心に居座っていたのだった。


「夏姫ー私とペアを組もう」


「私はー?」


 取り巻きさん達が口々に夏姫を誘ってる。そうだよね夏姫はクラスの人気者だもんね。


 このままだとなにも進展しない。いつもの私のまま悔しい思いをし、大切なものを失ってしまう。でも私はいつもより頑張れそうな気がしてきた。黒川さんのあの言葉、約束、私は黒川さんのおかげで少し変われたと思う。自分に少し自信がついた。そして何より黒川さんが傍にいるだけで心強い。


 だから!


 少しばかりの勇気と黒川さんから貰った自信を持って、なまくらの様に重たく鈍い足を振り上げ、体育館シューズの甲高い音を鳴らしながら大好きな人に会うために苦手な事に突っ走っていった。




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