風と期待と
夏姫と会うこともなく教室についた。どこかで夏姫と出会うことを期待してた自分がいた。偶然に期待をしていた。
教室の黒板の左横の壁にある時間割表を見る。ふーん7限目体育かぁ。体育は2クラス合同なんだよね。ペア組めって言われたらどうしよう、多分いつも通り惨めな思いになるだけだ。はぁ憂鬱だな。
授業が始まり、机でずっと昼御飯のことを期待しながら時計の針を見ていた。人生で昼休憩に期待したのは初めてではないだろうか。いつもは昼休憩なんて憂鬱の時間だったのに。
昼休憩の時間になり私は急いで黒川さんのもとに向かう。
「黒川さん、ご飯食べに行きましょう!」
「はい!行きましょう!」
誘えた!私の初めてが増えたー!
私たちは昨日と同じ屋上へと向かっていった。5組の前を通る。やはり夏姫は4人ぐらいの取り巻きたちの囲まれていて、何やら深刻そうな顔をしてる。
うーん?なにか事件でもあったのだろうか。最近よく夏姫の悲しい表情が見えるから心配だ。しかし私の立場を考えれば相談を聞くなんてもってのほか、話すらできないだろう。
「はやくいきましょう、大原さん」
「え、えぇ」
廊下で立ち止まる私にせかすように言ってくる。流されるように返事をし、後ろから早足でついていく。
屋上についた。やはり屋上には誰もいず、私たちの為に作られた特等席のように思えてきた。今日は昨日とは違う快晴で気持ちがいい。4月特有の包み込むような柔らかい風が私達を包み込んでくる。
「お弁当、作ってきましたよ」
「あ、ありがとうございましゅ」
私はそう言うと二人分のお弁当箱を手提げバックから出した。お弁当は二人とも同じ和風のお弁当箱だ。長方形でできており、蓋は何の木か分からない薄い茶色の物になっている。
「蓋を開けてみてください」
黒川さんは弁当箱を左手で持ち右手で開けた。
「おかずは卵焼きにウィンナー、トマトとレタスのサラダ、シュウマイですか。それに白米にゴマまで、料理上手なんですね」
笑顔で褒めてくれて嬉しい。よかった喜んでくれて。初めて友達に振舞ったせいか緊張してたようだ。手が汗でびっしょりだ。ポタポタと汗が地面に垂れる。
何でこんなでるのよ。友達にご飯を振舞っただけなのに。私の経験の少なさが恨めしい。
「それじゃー食べましょう」
「「いただきます」」
私達は2人で手を合わせいただきますをした。もくもくとご飯を食べる私達。青空の下で気持ち良い風が吹いている。
楽しいな。黒川さんには感謝しかない。出会いは最悪だったけど今では2人でご飯を食べる仲になってる。本当に嬉しい。
私は心の中で黒川さんに感謝しながらご飯を食べてる。しかし心には気がかりがあり、私の昂る感情を否定してきた。
やっぱり分からない。黒川さんが私にこんなにも優しくしてくれるのが。私は何もできないし、魅力もないだろうし。確かに黒川さんがとっても優しい人といえばそれまでだけど、なにも優しくする相手が私になる必要はないだろう。もっと一緒にいて楽しい人を選べばいいのだから。お世辞にもトーク力がない私はそれを聞き出せないでいた。もしかしたら聞かない方がいいのかもしれない。
ポチャン
あれこれ葛藤していたせいか、ぼーっとしてしまい、卵焼きを真下のお茶をこぼしたような水たまりに落としてしまった。この正体は私の汗なんだよね、、、
「大丈夫ですか?何かありましたか?」
あまりにもぼーっとしてしまったせいか、心配するような目で尋ねてくる。優しい、優しすぎて一瞬後光が見えたよ。じゃなくておかしいよね。なんでこんなにも優しくしてくれるのだろう?
「あ、あの何かあったら言ってくださいね。私いつでも相談に乗りますから」
おどおどした口調で言ってきた。私は思わずはっとした。黒川さんの優しさを踏みにじってしまうところだった。そうだよ、理由が何であれ優しくしてくれるのはとっても嬉しい。失礼だったよね、勝手にそんなこと考えて善意を否定するように疑うなんて。
「すみません。実は相談がありまして」
私はお言葉に甘えて胸の内を明かすことにした。この問題は一人で解決すべきかもしれない。けどこんなにも優しくしてくれるなら、本当の友達同士なら痛みや苦しみを分け合ってもいいかもしれないと思う。そして私が黒川さんを頼るならば黒川さんも私に頼る権利が生まれるであろう。その時私は人に頼られても良い存在じゃないといけなくなる。だから覚悟を持って言おう。
「実は夏姫と喧嘩しちゃって。それなのに夏姫を怒らせた理由が分からないんです。夏姫に距離を置かれてしまって、、、私、仲直りしたいんです!だから力を貸してくれませんか?」
私は俯きながら言った。けど私の気持ちは伝わったみたいで?
「姫川さんとですかー?それは友達としての仲直りですよね?」
「そうですよ?」
何を言ってるんだろう?
不思議そうにしてる私を横目に黒川さんは気を取り直したのか、
「勿論協力させてください」
と言い、私よりも身長が小さいせいで下からのぞき込んでくるように、名前の通りヒマワリみたいな笑顔で口角が目一杯にあげられ、にへーと笑ってる。かわいい。人生でこんなにも可愛い人を見たのは千鶴ぐらいなものだったが、黒川さんもめちゃくちゃ可愛い。
「ありがとうございます。こんな一人で解決するような問題ですみません」
私は申し訳なささで言う。しかし黒川さんは癪に障ったのか
「何を言っているんですか。私も大原さんを助けたくて言っているんですよ。だからもっとたくさん頼ってください」
と、強く反論されてしまった。
やっぱりだ。このままだと私は黒川さんに頼りきりになってしまう。それだと対等の関係とは言えないと思う。だから!
「なら!私にも頼ってください。私が一方的に黒川さんに頼るのはだめだと思うんです。だから私にも頼ってください!」
私が大声で言う。ボッチの私には相変わらずの拙い言い草だが言いたいことは言えたと思う。けど黒川さんは私の予想とは違う返答だった。
「別に頼りっぱなしでいいんですよ。てかもっと頼ってほしいですし。それに大原さんに頼ることなんてありませんよ」
「私が弱いからですか?魅力がないからですか?」
「いやー、そういう訳ではないんだけど、、」
困ったように黒川さんが小さい声で呟く。
否定された。私の決意を。やっぱり私は弱いからだろうか?悔しい。このままだと私は駄目になってしまう。対等な関係で付き合うことはできなくなるだろう。
強くならなきゃ!
「なら頼られるような存在になります!黒川さんのためなら何でもできるように!」
すくっと黒川さんが立ち上がり、
「ふーん、なんでもですか、じゃー、、、」
黒川さんが不敵な笑みを浮かべる。あれ?
「じゃー?」
私が聞き直すが黒川さんは少し口ごもり、そっぽを向いてしまった。私たちの間に屋上特有のすり抜けるような風が吹く。それはそれは長く感じるようなものだった。空は私達を包み込むように広がるように見せ、世界に私達しかいないような感覚になる。
何を言われんだろう?誰もいない屋上のせいか、すり抜けるような風が吹くせいなのか分からないが、緊張感が漂う。そして虚無感を感じさせるような雰囲気になっていく。心が空っぽになり、不思議な気分になると言えば分かるだろうか。
そして風が吹き終え私達の時間が動こうとしてる。黒川さんがこっちに振り向き口を開く。真面目な顔をし、私のことをじっと見つめながら
「なんでもないです。これは反則ですからね。それじゃ、そんなに思い詰めないでください。大原さんは私のような人でも真摯に付き合ってくれる、それに優しくて、ほぼ初対面の私がコンビニ弁当を食べてるのを心配してくれる素敵な人ですよ」
「は、はい」
ドキッとした。顔は真っ赤に染め上がり、思わず息が詰まる。冗談じゃないよね、だってこんな真面目な顔をしながら言われても、、、
さらに黒川さんは呆然と立ち尽くす私に向けていたずらな笑みを浮かべながら
「あと、一つだけお願いします。健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを私と誓ってくれませんか?」
「勿論です!」
私がそう言うと黒川さんはさらに笑顔になり、
「これで安心だよ」
なにが安心なのか分からなかいけど、黒川さんがこんなにも笑顔になるならいいかな。
太陽が私達を明るく照らし、昨日は曇り空だった空が嘘のように思えてきた。これからいろんなことがあるけど多分頑張れる。そう思いながら上を向く。自然と口角が上がってることに気づいた私は黒川さんに見られてないか確認するために横を向いた。
黒川さんも口角が上がっていて、こちらを向きながらじっと見つめ合う
「フフフ、、、」
私達はしばらくの間見つめ合い笑っていた。この時間が愛おしい。切にそう思った。
大体5分ぐらいし、もうすぐ昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴る頃になった。一旦落ち着くと私たちはお弁当のかたずけを済ませ、校内へと続く階段に向かおうとしていた。
「あ、それから姫川さんの件ですけど、7限目の体育合同じゃないですか。バドミントンなので多分ペアを作れって言われます。その時に誘ってみるのはどうですか?」
「なるほど。私頑張ります」
私は黒川さんと校内へと続くドアを思い切り開けた。
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