心と体のストレッチ 後編

 夏姫は素直に股を開いた。そして足の裏を体の中心で合わせて股関節の体勢をとる。


「あーこれは……」


 夏姫の体は控えめに言ってめちゃくちゃ固かったようだ。両方の膝が80度にそり立ってる。これは楽しみ。


 私は夏姫の膝をゆっくりと下に押していく。それはじわりじわりといたぶるように。がくがくと震える膝、浮き出る血管が青ざめ、耐えてる緊張のせいなのか夏姫の肌が湿ってきている。それを私の手が感じ取り、脳に快楽物質が流れ、今までの人生で今この瞬間が一番気持ちいとそれは呼びかけた。


「んん、はぁー」


 夏姫が高く可愛い声を喉に詰まらせながらあげる。これは……やばい。私にこんな一面があったなんて。今まで友達も含め人と深く接する機会なんてなかった。もしかしたら私は人と接していない分人との付き合い方も分からないけどそれ以上に自分のことを全くわかってないのかもしれない。今はただ初めての気持ちに困惑してる。


「一気にいくよ、夏姫」


「駄目、もう限界」


 夏姫が苦しみながら弱音を吐く。夏姫の足は今45度くらいに位置してる。地面まであと半分だ。ふふふ……一気に行くよ。


 膝を押す力をいったん緩める。今まで我慢してきた痛みが一気に抜ける。そして少しの安堵が広がる。今にも決壊しそうなダムの水門が開かれ、すごい勢いで水が流れるようだ。しかし私はその一瞬のゆるみを逃さない。


「ふー……え!ちょっ」


 私は夏姫が息継ぎをした瞬間、膝を思いっきり地面につけた。股関節の筋は悲鳴を上げ、足に痙攣が走る。頭から床に仰向けに倒れ、床にねとーっと唾液が落ちる。白目をむきながら、引き裂かれるような痛みに耐えられなかったのか目の下に涙がたまり、顔がうっすらと火照っている。


 人生で一番の快感。夏姫が赤く、だらしない顔を見せるのに対し、私も一緒にだらしない顔になる。


 そろそろストレッチの時間が終わる頃だろうか。ちらほらと先生のもとにまばらだが人が集まってきている。私達もそろそろ戻った方がよいのだろう。


 しかし私が夏姫を起こそうとした瞬間、通りすがった黒川さんに見つかってしまった。黒川さんは立ち止まり、蔑むようなジト目でこちらを遠くから眺める。目の下には冗談じゃなく影ができてる。


 別に私はなにか後ろめたい事をやったつもりはないと思ってる。弱ってる夏姫に仕返ししたまでだし。けど怖い。どうやらやってしまったようだ。また人の気持ちが分からないで失敗してしまった。取り敢えず謝ろう。


「黒川さん、別に大したことはやってないです、別に。別になんにもないよ、別に。」


「……」


 黒川さんの無言の圧力が怖い。私はこれ以上言い訳の言葉を述べるつもりはなかったがこの流れは言わなければいけないのだろう。必死に頭を回転させる。私の語彙力で弁解してみせる!


「別に何もないですよ、別に。ほんと別に何もないですからね、別に。ほんとっ別に別に」


「……」


 あー私はどうすればいいのか。私が知ってる優しくておどおどしてる黒川さんじゃない。もしかしたら騙され遊ばれてたのか。それともこういう部分があるのか。ううう、これだったら前者が有力だ…私なんか。


「ごめんなさい、私が未熟で」


「……で?」


「で?」ってどうゆうこと?まさか指詰めろとか?これは言いすぎだが分からない。でも初めて夏姫以外の友達ができたんだ。例えどんな人でも捨てられたくない。今の私が人の為にできることは正直ないと思う。なら私のすべてを使ってでも……!!


「ひとつお願い聞くから許してー」


 大体の生徒たちが先生のもとに集まり始め、外れにいる私達が残されてる。空気が違う。はっと気がつた。これ以上会話を広げては周りに何か言われてしまうだろう。


「あの今のはなしで取り敢えず集合しましょうよ」


「そうですね、でも言質は取りましたから」


 黒川さんが妖艶に笑う。私は引き攣った笑いしかできなかった。


 体育の授業も終わりもう放課後。クラスには部活に行く生徒、帰る生徒がそれぞれ出て行き教室にいるのは黒川さんと私しかいなくなる。教室の空気が変わる。重く暗い雰囲気。教室の後ろの席で前後に座り会話をする二人。あぁいいな友達って。窓から柔らかく粘着質な風が吹く。それは私を包み込んでくるような、しかしこんな包み込まれる感覚は初めてだった。なにか違う。今まで私を包み込むような感覚とは、遠い昔にお母さんが私を優しさで包み込んでくれたのとは違う。やっぱりわからない。この感覚は何なのか……


 黒川さんに頑張って話しかける。


「あのー黒川さんは今日部活あるんですか?もしよかったらですけど一緒に帰りません?」


「それはいいですね。帰りましょう!」


「あっじゃー昇降口で夏姫を待ちましょう」


「大原さん、早速ですがお願いをします」


 会話の雰囲気が変わった。そしてさっきの粘着質な風にまとわれたような感覚がほとばしる。


 緊張にかられる私、ごくりと唾を飲み込み


「分かりました……」


「これから私が部活ない日は私と二人で帰ってください」


「でもそれっ」


「いいですか?」


 私が言葉紡ぐ前に強く圧をかけられた。どうしよう断れない。それだと夏姫と、友達が一人減ってしまう……


「ちょ、ちょーっと駄目かな」


 椅子から立ち上がりじりじりにじり寄ってくる黒川さん。やばい殺される?私が引き攣りながら笑みを作る。それでも黒川さんの歩みは止まらない。


「黒川さん落ち着いて」


 私が説得するもその声は黒川さんには届いてないみたいだ。殺されるの、かな?でも友達にならありか……いやいや駄目だよ。私はもっと仲良くしたいし、まだやれてないことがある。だから今は駄目。でも黒川さんはそんな私の気持ちの事分かるわけないし、自分も言えない。私のせいだ、私がこんな性格だから。


 ガラ


「ふーちゃん、そろそろ帰ろう」


 突然雰囲気が変わった。粘着質なものから何かこそばゆいものに。夏姫が来てくれて。


 そして黒川さんの歩みが止まる。


「っ私は何を。ごめんなさい」


「いやー大丈夫ですよ」


 実際に胸をなでおろしながら言う。助かった。しかしさっきのは何だったんだろう。なにか空気が違った。


「そ、それよりふーちゃんって」


 いつものおどおどしてる黒川さんに戻る。私と二人でいる時といつもの黒川さんの雰囲気というか性格が違うような……そういえば夏姫も違うような……


「夏姫は二人の時はその呼び方だよ。はね」


「そうなんですか、ふーん……」


 しばらくし会話が途切れ気まずくなったところに夏姫が


「それじゃ帰ろう、黒川さんも」


 と。とりあえず何とかなってよかったぁ。


 待って今思ったけど私は友達と帰れる。なんとグループで。三人はグループって言っていいよね?やった。


「何をそんなのに喜んでるの?ふーちゃん」


「あ、いやなんで分かったの?」


「一番の友達だからね!」


 夏姫が胸を張りながら、そして黒川さんの方を見ながら自慢げに言う。


「そんな、友達同士は相手が何考えてるのかわかるの?ごめん私最近夏姫が何考えてるか分からない。もしかして友達同士じゃないの?」


 私が不安になっておろおろしてると黒川さんが突っ込んでくれた。


「違いますよ。あまりにもその喜びすぎというか、雪みたいに白い肌がぷくーっと膨らみ赤くなっていたからですよ。だから姫坂さんが一番の友達がどうかなんて関係ないんですよ」


「私そんな顔に出てたんだ」


 私が軽いショックにかられてる間に二人は睨み合いながら廊下を歩いて行った。ちょ、ちょっとまってよ私も入れてよ。


 先を歩いてる二人の友達のところに私は笑顔で走っていった。




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