50

かくして、ヒロイン達との再会は果たされたわけだったが……彼女達には一番大事なものが抜け落ちていた。


カサネと居て感じていたモヤモヤを、もしや他の二人も? と危惧していたが、その不安は的中する。

結果的に見れば。あの時まであった筈の三人と僕とを繋ぐ赤い糸が、消えていたのだ。

「そういえば聞いたよ。君の姉のツムグちゃんのお陰で急にモテモテらしいじゃない。君に対して不自然に淡白だった娘が別人のようになっていて驚いたよ。逆に、何故今までそうでなかったのか、詳しい理由はもうわかってるのかい?」

「わかりましたよ、つるぎ様に聞けました。そもそもは、ツムグの謎機械トライデントによって『並行世界から僕の事を好きな彼女達を連れて来た』、と考えてたんですけど……前提が間違ってました」

「と、いうと?」

「並行世界から持って来たのは【赤い糸】だけで、その糸も、そもそもこの世界で彼女達と繋がっていたモノだった。それがトライデントによって戻って来ただけ。全てのきっかけは、鵜堂パパをぶった切った時。どうもあの時僕がうっかり『赤い糸も』切っちゃったらしくって」


まず第一に。赤い糸は切れるものではない。死んでも生まれ変わっても千切れない、呪いの類。


しかし、それを無視出来る例外もいる。縁切り鋏つるぎ様とパパンだ。

この二人は、いや、この二人が協力した時にだけ、つるぎ様の真価は発揮し、この世で最も硬い概念であろう赤い糸を切ることが出来る……と、つるぎ様は教えてくれた。

あの時一瞬だけ、その域に達した僕のうっかりな縁切り。その切られた赤い縁が、なぜバラバラに並行世界へと跳んだかというと……


「成る程。そこで、つるぎ流断義通乱世(とおりゃんせ)か。アレには私も昔、随分泣かされたものだ。奴に色んな世界へ連れ回されてね」

そう、通乱世。

一振りで空間を切り裂き、様々な世界へと繋がる路を作る大技。

例の如く、あの時の僕の勢いは留まる事を知らず、一振りで赤い縁を切り離し、その余波で空間に三つの穴を開けた。離された赤い縁は吸い込まれるように三つの並行世界へと消える。

本来なら、そこで終わり。僕達の関係に未来は無かった。


だが――その一方的な行為を、彼女達は許してくれなかった。


「やはり、君達は魔の赤い縁で結ばれて……しかし、だとすると更に不可解だ。どんな人やモノでも縁は一対一本と決められている。それが宇宙のルール。つるぎちゃんは赤い縁を切ったと言った。ならどうして君達は終わっていない? 縁を切った時点で君達の仲は終わる筈だ。『縁を作った』のなら話は別だが」

「いや。さっき話した透明な縁は、僕が作ったんじゃないっすよ」

縁の糸は減る事はあっても増えたりはしないし、人の生涯での縁の本数は生まれた時点で決まっている。

確かに、狐花さんの言うように、縁の神たるつるぎ様の力を使えば『縁糸を作る』のも容易い、けれど……今回に限って、僕はそんな縁など作っていない。

「頭がこんがらがってくるね。整理すると――君は女の子達との赤い縁を自ら切ってしまった↓けれど実際、君らは見えない縁で繋がっていたから新たに縁は作っていない↓ツムグちゃんのお陰で赤い糸が戻って来て、既存の透明な糸と入れ替えられた――でいいんだよね? 重要なのは、この透明な糸の存在だけど……」


さて。今回の物語の、ある意味一番のホラー要素だ。


「つるぎ様に頂いた解を話すとですね、どうもあの透明な縁、作ったのは『彼女達自身』らしくって」

「……縁を作れるのは、つるぎ様を宿す君くらいなものだろう?」

そうなのだ。それが絶対、だと思っていた。

だが、彼女達は赤い縁を切り離された直後――三人共意識が無い状態なのに――自らで『新たに縁を生み出し』、まるで僕を縛り付けるように、僕に縁を結び付けた。それが、透明な縁糸の正体。

「つるぎ様曰く、過去にもそんな前例があったらしいっすね。何度縁を切り離しても、まるで意思でもあるように何度も縁を生やす人が居たとか。いずれも、その者達は赤い縁で結ばれていたとか」

赤い縁を持つ者達は現在世界で三十組ほど。多いのか少ないのかは分からないが、皆、例外無くヤバい人達なのだろうというのは分かる。

考えて見て欲しい。僕は、このつるぎ様の力を覚醒させたこの事件の後は、最低限の能力しか使えないレベルにまで力を落としていたわけだが……それでも、縁切りは出来ていた。病や突然の事故などの不幸を呼び寄せる、最悪死に誘う黒い縁を、難無く切れていたのだ。そんな黒い縁糸は見えていても、見る事は叶わなかった赤い縁糸。


赤い縁糸のヤバさは、死をも上回る。


「……成る程。まぁ、そうなんだよね。赤い縁ってヤツは、そういうものなんだよ。理屈じゃなく、本当にしつこいんだ。逃げ場なんて無い」

まるで狐花さんは、自分の体験のようにしみじみ呟いた後、一息吐いて、

「ありがとう、何年も溜めていた色んな疑問に得心がいったよ。思えば私の半生は五色に振り回されてばかりだったが……今は、妙に清々しい。――さてと。君は、こんなおばさんと長話をする為にここに来たのでは無いだろう?」

僕は頷き、「よっこらしょ」と腰を上げる。目的は目の前の希邸……と、いうよりは、その周りに渦巻く『空気』。曇天のようにどんより澱んだ禍々しい空気。

怨念だ。ここには、凡ゆる負の念が満ちている。利用されて……実験で……意味も無く……そんな理由で、多くの命が散っている。

僕はそれを、晴らす為に来た。

「似た様な事は、尾裂狐でも出来る。でもそれは晴らすのではなく祓すになる。『今の』君なら、全ての子達を救えるんだろう?」

そう、今の僕に、出来ない事なんてない。かつてない全能感に満たされている。

けれど。それはさっき、神様に釘を刺されたばかりだ。

『凡ゆる縁と触れ合っていった結果、鋏は、あの童の頃よりはつるぎを扱えておる。じゃが、まだまだよ。お前の父、蜜の域にはまだまだじゃ』

昔と違い、神様はダダ甘に、何でも褒めてはくれなかった。

『確実に溶け込んでいなかったからこそ、あの当時、つるぎらは面と向かい合えていた。しかし鋏がつるぎと溶け込めばそれだけつるぎの表向きな存在が希薄になるのは道理というもの。こうして、夢の中で再会出来てしまうなど、まだまだ混じりきっていないという証左じゃ』

彼女の言葉に容赦はない。僕は、それでもあの時、ちゃんと挨拶をしたかったのに。

『なぜ挨拶をする必要がある? 別れのか? ――バカを言うな。つるぎは、今までもこれからも、一緒だといのに』

神様の表情は、あの頃のままに優しいそれだった。

『ほら、はよう行け。やる事は既に、分かっておろう? もうつるぎの言いなりな、護られるだけのお前は居ないんじゃ。さっさと、晴らしてこいっ』


――彼女との出会いは、僕が産まれる前の話。

たぶん、彼女は僕の初恋だった。

彼女は僕に色々教えてくれた。

彼女の存在について。僕の存在について。外の世界について。

それから。彼女自身の好きな人について。

彼女との別れは唐突だった。

彼女は僕を護って居なくなった。

別れも告げる暇も無く、僕の前から消えた。

ただ、また会いたかった。


――でも。もう、ウジウジと昔の女のケツを追いかけ回すのは控えよう。止めるとは言わない。控えるだけだ。

だってもう、今の僕には……。


「つるぎ流――奥義」

僕は両腕を広げる。

同時に、パーに開いた両手から、無数の光り輝く糸が放たれていって……

その光は、すぐに、屋敷全体を包んだ。

光の正体は、大きな網。

凡ゆる念を、掬う網。

業(ごう)に縛られる魂(こん)を、救う網。

僕はただ、両手を合わせた。光の網が収束していって――


「金魚救(きんぎょすくい)」


――光は優しく、消えて行った。

もう。目の前にあるのは、ただ夜の闇に潜むだけのただの廃墟だ。

「はぁ……終わった終わった。大仕事だった」

「お疲れ様。これでようやく、あの日の事から一区切りついたって感じだね。さ、戻ろうか」

「っすねー。あ、そういえばなんすけど、さっき夢から覚めた時、スマホにパパンからメッセージが来てたんすよ。『つるぎに会えた?』って。もうほんとホラーみたいでゾッとしてー」

「相変わらず『何でもお見通し』感が気持ち悪いやつだね。前にも奴は――」

宿に戻るまで、僕達はパパンの悪口大会で盛り上がった。


いつの間にか、夜は明け始めていた。

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