26
そうして――。
「おー、ええやん、なかなか広そうな場所やん」
「ほ、ほんとに大丈夫なの……?」
寒さでなのか恐怖でなのか、じっとり濡れた体をブルブル震わせるカサネ。ヒグマ親子についていくと、大きな洞窟へ辿り着いた。
「よし、とっととあったまろうぜ」
「あったまろうって……雨風は確かに凌げる場所だけど……」
「つべこべ言わずに来いっ」
わけもわからず薄暗い洞窟の中を少し進んで行って――「この辺かな」とツルちゃんは立ち止まり、リュックを下ろす。ゴソゴソと中から色々を取り出し始めて……ボワッと、あっと言う間に『火』を起こした。
「その為に枝拾ってたのね……というか、チャッカマン? メタルマッチ? とかも常備してるんだ」
「そんなん必要ないよ(シャキンシャキン)」
「わっ、手から火花がっ。そいえばツルちゃんそんな事も出来たっけね、流石人間凶器」
「ちょっとした隠し芸的な捉え方するなよ、神だぞ僕は」
もう見慣れた彼の――切れないものはない全身鋏人間な――個性だけれど、知らない人が見たらビックリするだろうな……(まぁ滅多に人には見せないんだけど)。他にも人や物の縁が見えたり切れたりとやりたい放題で……本当、非現実(ファンタジー)な子だ。
「ん? よく見たらカサネ怪我してるじゃん」
「え、あ、脹脛? どこかの草で切ったのかな。でもこのくらいすぐに治るから」
「女の子のかすり傷とか絆創膏つけてる脚とかは嫌いじゃないけど、変なばい菌入ったら面倒いぞ。ほら、火が安定して来たからもっとこっち来て見せなさい。下にシートも敷いてやったから」
「う、うん……」 ツルちゃんの隣に座ると、彼はスッとカサネの傷口に手をかざし……『消した』。傷跡すらない。
今までも何度かやって貰ってはいるけれど、まさに神業。消した、というよりは縫合に近いらしい。本来の縁結びの力を応用しているとの事だが、最悪、切断レベルの大怪我でも一瞬で繋げられるのだと。
「あ、ありがとね、ツルちゃん。……ん? てか、思ったんだけど、洞窟の中で焚き火とか、一酸化炭素中毒がどうのでヤバイんじゃ……?」
「ここは天井も高いし風通しも良いから平気だよ、細かい事気にせんでよろし。はいタオル。拭きな」
「あ、ありがと。何でも持ってるね」 まるで、雨が降るのを分かってたかのような用意の良さだ。いや、実際分かっていたのだろう。たまにツルちゃんは『先に起きる事を知ってた』かのように振る舞う事があったし。てか前に『縁を見れば先も過去もわかる』とか普通に言ってたし。
「ほらほら。狐達もクマ公達もそんなとこ居ないでこっち来なって」
「いや……尾裂狐の訓練された狐ならともかく、普通の動物は火が怖いんじゃない?」
なんて、思っていたが……ヒグマ親子達ときたら平然と焚き火の側にまで寄って来たもんだから、当然私はビクリとなる。大人しくなったとはいえ猛獣が近くに居るというシチュエーションは慣れようが無い。
「ヒグマは比較的火が平気な動物らしいからねー。それより……グヘヘ、そんな濡れ透けな服着てると風邪引くよ。こんな事もあろうかと普段寝巻き代わりに使ってるシャツを何となくリュックに詰めてたから、乾くまで使いなさいグヘヘ」
「少しは下心隠そうよ、てか落ち着けるわけないでしょ……ぅぅ、こっち見ないでね?」
カサネはツルちゃんに背を向け、上着とブラを取る。ああ。背中にねっとりした視線が突き刺さる。恐怖でなのか恥ずかしさでなのか、心臓が爆発しそうなほどに暴れてる。
「はい、タオルで拭き拭きしましょうねー」
「え!? そんな、自分で……んっ……出来るから……っ」
「大丈夫大丈夫、前は見ないからグヘヘ」
「信用出来ない! ゃ……前は自分で……ふ……あっ」
「よし、っと。はい、じゃあバンザーイってして」
「え? ば、バンザー(ズボッ)わぷ! ちょ、いきなり(シャツ)突っ込まないで!」
「突っ込むの大好きだから仕方がない」
ぅぅ、ツルちゃん生き生きしてるなぁ……、くふっ。噎せ返るような、シャツに染み付いた彼の甘い匂い。クラクラして来て、思考能力を奪われる。頭をブンブン奮って、何とか正気を保つ。
「うー……下着外してるから心許ないよぉ……」
「グヘヘノーブラ……僕が両手で両乳支えようか?」
「そんな気遣い要らないよ!」
「おやおや乳首も立たせちゃって……相変わらずむっつりだなっ」
「こ、これは寒いからだからっ。生理現象だからっ。てかガン見しないでよっ」
「つまんでいい?」
「良いわけないでしょ!」
「しゃあねぇな、じゃあ吸うだけで我慢するよ」
「レベル上がってるよ!」
「しゃあねぇな、ならこの洞窟から出られなくなった時の為まで取っておくか」
「そんな緊急用みたいに言われても、カサネはおっぱい出ないよ……」
「仮に今洞窟に閉じ込められたとしてそのまま出られなくなって何やかんやで子供作ったりすりゃあ出るようになるよね?」
「どんな例えなの……(グゥ)……あ」
空気を読まずに鳴るお腹。カァァっと自分の顔が赤くなるのを感じる。
「ん。じゃあオヤツにでもしよっか。皆も一緒に食べよー」 リュックから色々取り出し地面に広げ始めるツルちゃん。
「オヤツ? 何かお菓子でも持って来たの?」
「途中一杯拾ったじゃん」
嫌な予感。彼と居た時にその予感が外れた試しはない。
「久し振りに野生の味を堪能しようぜ」と、ツルちゃんは木の串に【イナゴ】と【ジムグリ(ヘビ)】を刺して焼き始めた。
「ちょ、ちょっと。本当に今それ食べるの?」
「大丈夫、お昼前だからお腹に溜まるほど用意してないし塩振ったから」
「そういう意味じゃなくって!」
「うっせぇな洞窟だから声響くんだよっ、コレでもツマんでろっ」
言ってツルちゃんはカサネの口にサルナシの実を突っ込む。味の薄いキウイの様な味。コレも彼が途中ぷちぷちと取ってた緑色の木の実だ。
カサネは口をモグモグさせながら動物達に同じ実を配るツルちゃんを見る。――綺麗だな、と、そんな語彙力の無い感想しかでない。
「そうそう、僕は尾裂狐の関係者だから島の害じゃないんだよー。島の管理者で動物達の長である狐達と仲良いの見たら一目瞭然でしょ」
「普通に動物と会話してるし……」
「え? 子熊もふもふしていいって? わーい。もふも……微妙にまだ濡れてるから獣臭いなっ、でも可愛いからセーフッ。カサネもいっとく?」
「だ、大丈夫だよ」
「遠慮せんでも良いのに。……ん? ボタン、ツバキ、なんだいその顔は。嫉妬? 自分達ももふもふされたいのかい? よっしゃ来いっ。――んふぅ。二人は野生味が皆無だから女の子みたいな匂いするねぇ」
ツルちゃんは本当に綺麗だ。綺麗、というより美しい。見た目以上に、その生き方が。
周りから持て囃されてるカサネだけど、いくら自分を磨き上げても、ツルちゃんに近付ける気さえしない。だからこそ、つい、悪態をつきたくなる。同じ土俵にすら立てず、嫉妬も出来ないほど上位の存在に、逆恨みでもするように。
「……カサネはもっとこう、尾裂狐の人達がやってる珍しい雑貨のお店とか喫茶店巡りとか、そんなお洒落なデートがしたかったのにぃ」
「あん? そんなん明日でも出来るだろ。たまにはこんなアニマルピクニックも楽しいっしょや」
「たのしぃけどー……ってかこれはもうピクニックでレベルじゃないよぅ、自衛隊の人達がやる訓練レベルだよぅ」
「グチグチと……昔のカサネはもっとノリが良かったよ」
「そ、そうゆうツルちゃんだって、昔はウサギみたいに『気弱で可愛かった』ぢゃん! カサネがお姉ちゃんよろしく守ってやってたぢゃん!」
「……」
「あ、あれ? そいえばいつからツルちゃんは『今みたく強くなった』んだっけ……?」
「さぁて、お待ちかねのオヤツだ」
話の流れをお得意の切断で区切り、焚き火に手を伸ばす彼。
「ぅぅ……別に待ち望んでないのにぃ」
「出来ればカエルとかザリガニも捕まえたかったんだけどもね」
「この二つで十分だよ!」
1本ずつ渡される焼き立てのイナゴとジムグリの串。ああ……この野性味溢れる感覚、久し振りだ。こんがりと香ばしい香りをたてる虚ろな瞳のイナゴと、頭も皮も内蔵も処理されたジムグリ。
「ほらほら遠慮せずパクつきなよ、アヒルさんボート旅の時みたくガッツリとさ。」
「あの時は緊急時だったから……はぁ」 どうせ食べるまでこの子の監視は続くのだろうと諦め、まずはイナゴから。一思いに一口で。
……うん。仄かな塩味と苦味で、例えるなら、エビの塩焼き。スナック感覚でいける。
次に、ヘビ。少し硬めで小骨が多いが、味は……淡白で鶏肉に近い感覚。鮭とばみたいに、日本酒に合いそう(お酒は二十歳から)。因みに一緒に居る狐とクマ達は、遠慮なくガツガツと口に運んでいた。
「どお? どお? 相変わらず美味しいでしょ? イナゴに関しちゃ最近海外でも研究されてる虫食の筆頭で、完全栄養食だとかって大注目らしいよっ」
「何でそんなにイキイキしてんの……ん、懐かしい味だね。目隠しして食べさせたら皆美味しいって言うと思うよ……、ん? フライパン出して何するの?」
「ん? タマゴタケ(キノコ)とオニグルミをバターで炒めるだけのツマラン料理だよ」
「はじめからそういう(まともな)の食べさせてよ!」
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