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▼ 幼馴染2 ▲


昔から、あの子はお人形さんみたいに、整い過ぎな程に完成されていた。綺麗過ぎて、不気味な位に、生々しい血の通った人形。

神様――と子供の頃初めて聞かされた時は、素直に納得出来た。絵本に出て来る憧れの女神様のようにキラキラしていて、思わず息が漏れたのを覚えている。



「ど、どうしてカサネからなの?」

宿から出て、皆が解散する時、ツルちゃんが真っ先に声を掛けて来たのはカサネから、だった。

一緒に外を歩きながらカサネが理由を訊ねるとツルちゃんは子供のように――ヘアースタイルも幼女のようなツインテールにして――文字通り道草を振り回しつつ「お昼前だからねぇ」とよく分からない返し方をする。

「わかんない? ほら、食後に激しいデートは出来ないでしょ?」

「どんな激しいデートするつもりなの!?」 て、てかデートって! 今デートって!

「何を今更。今までも二人で何度も遊びに行ってるでしょ」

「そ、そうだけど……ってか心を読まないでよっ」

カサネの周りには当たり前に読心術を扱える人達が多過ぎる。

「いやぁ嬉しいねぇ、カサネが僕を意識してくれるようになって」

「ぅぅ……そ、それより! 今どこに向かってるのっ?」

「ひと気のない場所ならどこでもいいんだけど」

「何するつもり!?」

「いいからいいから」と、ツルちゃんはカサネの手を握って強引に引っ張って行く。

……こんな所は、昔から全然変わらない。昔から人の話を聞かず、やりたい事ばかりやる子で、散々振り回されて来た。変わったのは……手を握られるだけで、ドキリと反応してしまうようになったカサネだけ。


――ツルちゃんに引かれて行って、気付けば、周りは木だらけな鬱蒼とした森の中。緑と茶色のむせ返るような香り。


「ほ、本当にひと気が無くなって来た……ね、ねぇツルちゃん、これ適当に進んでない? ちゃんと戻れるの?」

「きつね島はどこでもワイファイ飛んでるからどうにでもなるよ」

「きつね島すごいね!?」 少しの安堵と……少しのガッカリ感。例え森で迷子になって遭難する事になっても、ツルちゃんが居れば不安なんて一切無い。本来なら絶望的な状況下でも、笑って過ごせる。

そんなハプニングを期待してしまう、カサネが居る。

「まぁ迷っても狐達を呼ぶって方法もあるけど。てか、そんなにサバイバルがお望みなら今度サーバルキャットを見にサバンナ行く予定だけどついてくる?」

「行かないよ!? てかホントに心読むのやめて!」

「顔見れば何考えてるか分かっちゃうんだよなぁ……よっと」

「……さっきから、なんで枝とか拾ってるの?」

「遭難したときの為に?」と縁起でもない事を言いながらもリュックに枝を詰めていくツルちゃん。お昼のバーベキューで使うモノだろうか?

「お、イナゴとジムグリ(ヘビ)もいるじゃん、後で焼いて食べようねっ」「嫌だよ!?」


その後もツルちゃんの謎行動を眺めながら進んで行くと……一気に開けた場所に出る。


「うっ、眩し……あ……ああっ!? すっごーい! 綺麗でおっきな湖!」

コバルトブルーの湖が陽を反射して、目が痛くなる程にキラキラと輝いている。何て心が洗われるスポットだろう。

「何だい何だいツルちゃんっ、ニクい演出するじゃん! このこのーっ」

「別にココがメインじゃ無いんだけどね……おっ、あったあった」

ツルちゃんの視線の先には――湖デートの定番、ヨット。

「良いねぇっ、湖の上でのんびりしようよっ」

「さ、乗るよ」

浮かぶヨットへおっかなびっくり――ツルちゃんの手を借りて――乗り込んだ。

「ぉぉう……っとっと。ふぅ、何とか落ちずに済んだ。け、結構ぐらぐらするもんだね」

「濡れるのヤだから落ちたら助けないかんね」

「ひどいよ! えいっ(パシャ)」

「ちべたっ。……(無言の蹴り)」

「いた!? ツルちゃんは女の子にも容赦なさすぎるよ! てか凄いグラグラしてるっ!」

どったんばったん大騒ぎしながらも、のんびり、ヨットは――ツルちゃんの巧みなオール捌きによって――進んで行く。

「んんー……はぁ……落ち着くねぇ。ポカポカあったかいし、空気も美味しいし」

湖は透明度も凄く目を凝らせば底の方まで覗ける。魚も気持ち良さそうに泳いでいた。

「あまり気を抜くなよ? 川にはピラニアもワニもいるんだから」

「ここアマゾン川!? ……ん? あ、あれ? もしかして、あそこに咲いてるの【桜】?」

「んー? ああ、そうだねー、ソメイヨシノだねー」

「えっ? ソメイヨシノって四月に咲く桜でしょっ? 今六月だよ? 北海道には五月下旬に咲く品種があるとは聞くけど……」

「んー、この島は何ていうか、場所によって季節? 気候? がバラバラでねー。この辺は三月四月の春頃を味わえる場所なんだよ。因みにビーチの方は夏で、山とかは秋冬って感じで、一年中スキー楽しめるよー」

「あ……確かに、耳を澄ませば何か、蝉の鳴き声も聞こえるし、山の方なんかは紅葉も見られて……色々味わえて楽しそうだけど無茶苦茶だなぁ」

冬が苦手なカサネからすれば、ずっとここの春夏地域に住んでいたくはあるけれど。

「てかカサネさっきから一人で寛ぎ過ぎでしょ。漕ぐの疲れたから変わってくんない?」

「ん? ふふ、だめだめ、こういう時に頑張るのは男の子の仕事だよ」

「都合のいい時だけ女の特権使っちゃってさ。こんな事なら協力プレイが出来るアヒルさんボートにしときゃ良かった」

「うっ……アレはトラウマだからやめてよ……」

アレは中学生の頃――ひょんな事で修学旅行の帰りのバスに乗り遅れてしまったカサネとツルちゃんは、何を思ったか、アヒルさんボートでの帰宅を目指した。若さ故の、何でも出来るという無敵感。関西から東北を目指す、頭のおかしなチャレンジ。

途中どこぞの港町でお手伝いをして一泊させて貰ったり、お金が無ければ自然の恵みでも何でも食べ……一週間かけ、帰宅を果たした。その後メチャクチャ周りに怒られたし、太くなった脚を戻すのに苦労した。

「何がトラウマだい、楽しかったでしょ。あんな体験普通出来ないよ」

「確かに貴重な体験だったけど……はぁ。まぁこんな思い出でも、ツルちゃんとの冒険譚としてはまだまだ優しい方ってのが恐ろしいよ」

五色家と長年付き合ったお陰で、カサネはたくましく成長してしまった。学園の男の子達が思ってるほど、カサネはか弱い女の子(ヒロイン)ではないのだ。か弱い女の子にはなれなかった。


と――『ゴンッ』と、ヨットに小さな衝撃が広がり、少しよろける。

いつの間にか、向こう岸にまで来ていたらしい。


「ふぅ。さ、おりたおりた。この先に面白そうな何かがありそうだよ」

シッシと手を仰ぐツルちゃん。……今更だがこの子、過去きつね島に来た事があるのだろうか? 先程から、ノープランにしては妙にスイスイと先に進んでいる。まぁ狐花さんと仲が良くたまに仕事を手伝う程に尾裂狐家と繋がりのある彼だから、島の全容を知っていても不思議は無いが……何かが、引っ掛かった。

「こっちこっち」と、再びツルちゃんはカサネの手を引き、再び森の中へと連れて行く。

薄暗く靄がかって先の見えない森の奥。まるで異世界へと通じてそうな、神隠しにでも遭いそうな不気味な道だけれど……不思議と、同行者のおかげで、不安な気持ちは無かった。筈だった。


「グルルルル……」「あ、ヒグマだ」「なんで!?」


目の前に突如として現れた茶色の巨大な塊。黒い瞳をギラギラさせフーフーッと息を荒くする様子は明らかな怒りの表情。

「気候がおかしな場所だからこの時期に冬眠から目覚めたって可能性もあるけれど……さて、なんで気が立ってるのか」

「な、何を呑気に分析してるの! 逃げないと!」

「ハハ、カサネこそ何を言ってるのさ。逃げられるわけないじゃない。僕からはさ」

ツルちゃんが決め台詞を吐くのと同時に、スクッと立ち上がるヒグマ。その体長は一五〇センチほどだが、体はずんぐりむっくりとしていて、ゆうに三〇〇キロ以上はあるだろう。足の速さも時速五〇キロを越えるらしいし……もう終わりだ、と頭では絶望しかけているが……妙に、どこか落ち着いてる自分もいた。

ガフッガフッ! 勢い良く襲い掛かるヒグマ。

その丸太のように太い両手を振り上げて! ――そのまま、ピタリ、動きを止める。

「……え、え? く、クマさん、なんか動かないね? 警戒してる……?」

「動物は人間より危機の察知能力が優れてるからね。僕に無策で飛びかかったらどうなるか本能で理解してるんだろう。――ほらほらどうしたいクマ公、自分がバーベキューにされる未来でも見たかい?」

今度はツルちゃんがヒグマににじり寄って行くと、相手は一歩ずつ後退し始め、追い詰められるように木にぶつかる。

「クマ料理って何が美味しいのかなぁ? ある漫画じゃあ刺身にして食ってたけど……君はどんな食べられ方がした、い? っと!」

ツルちゃんが横に薙いだ腕を野生の勘で避けるヒグマ。直後、背後にあった木が消え失せ、空からカラカラと綺麗な角材の雨が降り注いでくる。

「この角材使って色んな調理法で食べてあげるからさ。安心しなよ」

その言葉か将又ツルちゃんの不敵な笑みのどちらかがトドメになったのか、一目散に踵を返し逃げ出すヒグマ。

「ボタン! ツバキ!」

ツルちゃんが叫ぶと、すぐに逃げ道を塞ぐように二匹の狐が現れ、睨みだけで何倍もの大きさのヒグマを止めた。なんだこの狐使いは……。

「ね、ねぇツルちゃん、かわいそうだよ、逃したげなよ……」

「えー? もう僕の頭は既に熊料理で一杯なんですけど? ……ん?」

と、ツルちゃんは何かを視線で捉えた。その先には、トコトコとヒグマの元に集まる二匹の子熊が。

「ハァ。なるほどねぇ、母熊だったのか。道理で、気が立ってたわけだ」

この状況を見てなお、我を通す彼では無い。

ため息を吐きながら狐達に目配せし、威圧を解かせる。


同時に。


「あ。雨だ」ポツポツ、今度は本当の雨が降り始めて……

「しゃあない。雨宿りがわりに君達の寝ぐら紹介してくれたら、今回は見逃したげるよ」

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