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襖を引いた先、そこに居たのは二人の着物を着た男女。
一人は大人の男で、それから一番奥……上座には、上質な着物を纏う少女が座っている。それぞれの前にはご馳走の載ったお膳(旅館で出るような一人用テーブル的な物)が置いてあった。
「あっ」 ショタ僕は、その上座に座る少女を見て思わず声を漏らしてしまう。今は化粧をしているが、間違いなく先程会った年上の少女。
「お、さっきのガキじゃな。声を掛けないのか鋏?」
「あ、明らかにそんなことして良い空気じゃないよつるぎ様(ヒソヒソ)」
「どうしたのツルちゃん?」
「い、いや、なんでもないよカサネちゃん」 あくまで初見のフリをするショタ僕。あちらの彼女も目を閉じたまま知らぬ存ぜぬで通すようだ。
「それで鵜堂(うどう)さん。その子達が例の……?」
男がニヤつきながらカサネ父に訊ねる。因みに鵜堂という姓はカサネの本来のものだ。
「ええ。うちの娘はそれほどですが、この鋏君はこちらの施設にいる『紛い物』とは格が違います」
「ハッハッハッ。相変わらずハッキリと物を申しますなー鵜堂さんは」
「ちょ、ちょっとパパ……なんかカサネがディスられた件は後で追求するとして……ここはなんの施設なの? そろそろ説明してよっ」
「ん? ああ、そうだね。鋏君も同じ気持ちだろうし、軽く説明しよう。適当に座ってくれ」
まるで我が家のように振る舞うカサネ父に従い、空席のお膳の所に腰を下ろすショタ僕とロリカサネ。僕の左隣にはカサネ、そして右隣には謎(この時は)の着物少女という位置。
「この建物……実際は今とある島にいるわけなんだけど、管理するのはこの男性、希(のぞみ)さんが立てた【希望の会】という宗教団体でね。施設には様々な力を持った子供達がいて、世界の為になるよう教育しているんだ」
「様々な力ぁ?」
「そう。例えば人の嘘を見抜くのが抜群に上手い子だったり、運動神経が抜群に良い子だったり、抜群に絵が上手い子だったり……子供の頃からそんな才能が溢れていたら、どれだけ世界の為になるかは想像に難くないだろう?」
そう。子供のうちにそうして売り込み、政界、芸能界、教育、スポーツ界などの世界に紛れこませ、宗教の名を広めていくという算段。
更に。努力や才能などでは説明出来ない特殊な力……超能力者や異能をといった類を使える子供は、更に重宝される。
「……それで話が終わるならまだいいがのう」
つるぎ様が意味深に呟くように、それで終わるならちょっとした英才教育を施してくれる塾みたいなものだ。しかし、この宗教団体の実態は、コスい。
ここにいる才能溢れる子供達。実は日本や海外問わず『誘拐』して来た子達ばかり。中には端金で親に売られた子もいるが、どちらにしろ、本人の望まぬ形での生活を強いられている。その特殊な力を伸ばす為ならば、どんな非道な仕打ちも平気で行われる。
普通ならおおごとになる事件だが……この希望の会は巧妙にこの本拠地を隠し続けて来ているし、既に政界や警察の上層部に多く潜り込んでいて、殆ど有耶無耶にされている。力のない親達が声を上げようとも、形だけの捜査で終わってしまっているのが現状だ。為す術なしのやりたい放題。
まぁそんな支配も、この日で終わるんだが。
「ハッハッハ、鵜堂さんの言う通り、希望の会は君達という才能溢れる子に活躍の場を紹介してあげてるんですよ。その力、宝の持ち腐れにしたくはないでしょう? まだ難しい言葉かもしれませんが、適所適材という言葉があります。将来、才能を活かせない間違った仕事を選ばぬよう、導いてあげようという話です」
物は言いようだな。しかし何も知らないカサネは「はえーすっごい」と他人事のように感心していた。
「ああ、紹介が遅れましたね。こちらにいる子は、我が自慢の娘、モガミです。そしてこの希望の会の偶像……【神】でもあります」
「神……?」 聞き捨てならないと不満げな声を漏らすショタ僕。それを察してかカサネ父が「まぁ落ち着いて」と宥める。
「モガミはですね、本当に神通力が使えるんです。人の心を読める。表情や会話で察する読心術なんて類じゃないレベルの、ね。この娘の才能を垣間見て、他にも同じ様な子がいるのではないか、持て余し困っているのではと思い、希望の会を設立しました」
このカサネ父も、はじめは本当にそういった善意からだったのかもしれない。本当に困っている子を助けたかったのかもしれない。だが、才能ある子供達は思った以上の金をうんだ。どんな善人でも、欲は存在する。そして欲の前には、どんな善人の目も眩む。
そう、欲だ。しかし、このモガミ父には実の所金の欲は一切ない。活動資金でしかなく願望は別にある。モガミ父が、ただ金儲けの為にこんな事をしていたのならばまだ健全だった。
「人の心が読めるぅ? 本当ぉ? カサネは実際この身で体験したもの以外は信じないリアリストだよっ」
「……貴方は、早くこの場所から出てそこの彼に新しい水着を披露したいようですね」
「本物だ!」 なんともチョロい幼馴染だ。
ふと。ミニモガミはショタ僕をジッと見ていた。心を読もうとしているのだろうが、しかし……。
「やはり、貴方の心は何故か読みにくい。まるで『もう一人』いるかのようにノイズが掛かっていて……こんな事は、過去に多重人格な方を相手しても無かった現象です」
「誰がノイズじゃい」 ノイズな神様はご立腹だ。
「と、まぁ完璧ではありませんが、どうです? 分かったでしょう。モガミが神に選ばれし神の子だと――」
「ち、違うもんっ、神様はつるぎ様だもんっ」
「――ほぅ」 ショタ僕の叫ぶ『真理』にモガミ父は目を細める。不快感というよりは興味という瞳の感情。子供には不気味で恐ろしく見える大人の顔。
一瞬たじろぐショタ僕ではあるが、その心は変わらない。つるぎ様が神なのは真理だ。僕がつるぎ様の一番信者といっても過言ではない。そもそも……僕はもっと恐ろしい大人を知っている。自分の父親という優しい化け物を。
「希さん。鋏君の言う事は本当ですよ」
「鵜堂さん、説明して頂けますかな? こちらの坊や……でよろしいんですよね? 坊やは、一体どんな特別を持っていると?」
「全てです」
「すべ、て? おっしゃる意味が……」
「文字通り、全です。理です。縁の神を宿すこの子に出来ない事はありません。心を読む事も変える事も、過去や未来を知る事も変える事も、事象の操作も、『死者の蘇生』ですら可能です」
「それほどでもあるがの」 どやぁと鼻を伸ばすつるぎ様。カサネ父は、そんなつるぎ様の活躍を知っている。つるぎ様を十全に仕えていた僕のパパンの全盛期を知っている。つるぎ様と一つになった『今の僕』でさえ、その全盛期には遠く及ばない。
「ほ、ほんとうにそこまでの事が可能であれば……私の悲願も……おおっといけない、失礼、私としたことが。さて、長話はこれくらいにして親睦を兼ねた食事会としましょう。今、温かい物を用意させますので」
パンパンとモガミ父が手を叩くと、外の廊下で控えていたであろう家の者の気配が遠のいていくのを感じる。
「君達、何かリクエストはありますか? 肉も魚もデザートも、なんでも好きなものを揃えられますよ」
にこやかな表情を見せるモガミ父。――と。不意に、カサネがお膳の上にある煮物や水をジッと注視し出す。それから僕のお膳に視線を移し、鼻がくっつくのではという程まで食事に顔を近づけて……スンスン鼻を動かした。直後、
「ツルちゃんに何食べさせようとしたの!!」 モガミ父に向け激昂する。
「え? い、いやぁ、突然どうしたんですか鵜堂のお嬢さん? その食事から変な匂いでも? もし傷んでいるようでしたらすぐに取り替えますが」
「腐ってるとかじゃなくて変な薬入れたでしょ! カサネ分かるんだから!」
カサネの怒りは本物だ。僕に対する害には敏感なカサネ。彼女が当時の僕を護るようになったきっかけは、亡くなった彼女の母の教えだ。
厳しくしっかり者だったカサネ母。『護られる女になるな、護る女になれ』という中々に骨太な教育方針で、『ツルちゃんには恩売っとけ。何倍にもなって返ってくる』と娘の幸せを最後まで考えていた人だった。
「……希さん、ウチのカサネを侮って貰っては困ります。娘の鼻にかかれば凡ゆる物が丸裸にされますよ。大方、睡眠薬か洗脳効果でもある薬でも入れたか……少し、気を早めましたね」
「……鵜堂さん、先程から貴方の立ち位置がわからない。『契約』の話はどうしたんですか」
「ああ、そんなものもありましたね。私からすれば、ここにこの二人を連れてこられた時点で殆どの目的は達しているんですが」
「それは、どういう」 モガミ父の言葉は、途中で途切れた。突然の来訪者によって。
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