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◆ ◆ ◆
「それで――実際、イナリちゃんはどう思う?」
ツルちゃんが家に帰った後の二人きりのテーブル、親戚の狐っ娘にそう訊くと「あ? 何がだよ」と彼女はフォークでサラダを突きつつ訊き返して来る。主語が無ければ当然の反応か。
「さっきのツルちゃんの恋人云々の話だよ。イナリちゃんは、本当の所、ツルちゃんの事どう思ってる?」
「……。一番信頼してはいる」 素直に答えてくれた彼女。
「背中を任せるならあいつだとは思ってるぜ。目離すと何するか分かんねーって心配のがデカイが……そういう意味じゃ、目が離せねぇ」
惚気にしか聞こえない台詞。それは、「それは『恋心』とは違うの?」
「恋心、ってのの感覚がそもそも解らんがな」
「そこだよ! (ガダンッ)」と立ち上がったカサネにイナリちゃんがビクッとなって「ど、どこだよ、お前もキレる若者か?」と怯える。狐耳がペタンとなって可愛い。
衝撃でテーブルに少し溢れたコーヒーを紙ナプキンで拭きつつ、
「好きな人の事を考えるとドキドキする、好きな人が異性と話してるとムカムカ嫉妬する――これが一般的な恋心、ってやつなんだと思うんだけど、イナリちゃんはこんな感覚、ツルちゃんと居て感じた事無い? てか、生涯で感じた事ある?」
「あー……無い、かな」
「うん、カサネも無い。ところで、カサネって告白されまくりなモテモテじゃん?」
「反射的にビンタしそうになったわ。自慢か?」
「何言ってんの、イナリちゃんも前にラブレター貰ってワタワタしてたじゃん。君は君で『狐耳ロリ巨乳』って個性で男子に人気なんだよ?」
「……それはどうでもいいから、話続けろ」
「あの学園には色んな人材が揃ってる訳で、運動部のエースだったり大企業や代議士の息子だったりが居て、先輩後輩問わずカサネに告白して来るわけ」
「大変だな。でも毎回振ってんだろ? 試しに遊んだりとかしてみたりとかしねぇの?」
「そんな気が起きなくって……毎度素っ気なく振ってるよ」
「大丈夫かそれ? プライド高そうな変な男に付き纏われそうなもんだが」
「大丈夫。ツルちゃんが『縁切って』くれてるから」
「便利だよなぁアイツ」
「まぁ、お断りするのは、カサネの理想っていうか基準が高い所為もあるんだけど」
「なんだよ、理想とか基準って」
「ツルちゃんを越える男の子、かな」
「……お前、それは……」
「ね? 現れる気がしないでしょ。昔から一緒に居る男の子? がツルちゃんだと基準が彼になっちゃうの。スケベで、ダラしなくって、適当で……優しくって、格好良くって」
「惚気にしか聞こえねぇ」
「でさ。少し話は変わるけど、カサネに告白して来る男の子って、皆『主人公になりたがるタイプ』なのよ。兎に角上に立ちたい、目立ちたい、注目されたいっていう人間ばかりで……ホント没個性っていうか、つまんないっていうか」
「そういうヤツは多いだろ。てか急に口悪いなお前」
「因みにイナリちゃんはカサネ的に『主人公タイプ』だと思う」
「馬鹿にしてんのか」
「違う違う、主人公タイプってのは、『気付けば上に立ってる、目立ってる、注目されてる』っていうヒーロー体質の人だよ。こういうの、カサネは好き」
「……、で、問題の鋏さんは?」
「カサネが主人公タイプ並に好きなので――黒幕タイプ」
「あー……、うん、成る程ね、解る」
「魅力的だよねー。のほほんしてる一方で腹の中じゃ何企ててるか解んないっていうか、隠しキャラっていうか、裏で手を……いや、ツルちゃんの場合『糸を引いてそう』っていうか。狂言回しとはあの子の事。主人公なイナリちゃんと相性良いのも分かるね」
「絶賛だな。しかしカサネ、あたしだからハッキリ言うが、お前相当歪んでるぜ」
「ツルちゃんのお陰だねー、責任取ってもらわなきゃ」
「なのに、好きじゃあないんだろ?」
「宇宙一好きだよ。これが『恋心に昇華しない』のがおかしいって話。カサネが『恩も感じない冷徹な女』ってんならそこで終わりだけど」
「別に、そういう好きって感情もあるだろ。家族とか友人的な好きも。そんな好きでも、付き合ってる男と女は世の中にごまんといる」
「……前に、ツルちゃんが言ってたんだ。『赤い糸で結ばれた者同士が出会った時の感情は、言葉や理屈で表せない』って。カサネは、家族愛とか友人愛とか、そんな曖昧な好きで妥協したく無い」
「……結局、何が言いたいんだ?」
「解るでしょ? この『ツルちゃんに恋出来ない現象』、そろそろ無視出来ないよ。いや……昔は確かに、あの子に『恋してた記憶』があったのに、今は無い。世界が『彼に恋するのを阻止してる』。誰かが裏で、『糸を引いてる』と思うんだ。イナリちゃんだって、思う所はあるんでしょ?」
「……」
「第一、イナリちゃんが京都からこっちまで転校しに来たのだってツルちゃんが居るからでしょ? 信頼してるだけ、って相手の為にそこまで出来ないよ、普通」
「……」
「ツルちゃんは、やっぱり、『何かを隠してる』。匂うんだよね。カサネの鼻がそう言ってるんだ」
◆ ◆ ◆
「聞いてよユエちゃん! (ガララッ)」
「……は? ちょ。ここ、どこだと思ってんのよ」
「お風呂」と僕は答えつつ、そのまま檜の浴槽にドボン。防水カバーをつけたタブレットを手に待つユエの隣に座る。(ウチの風呂は家族みんなが入れる位広い)
因みに今は夕食前。喫茶店から出た後珍しく真面目に『家の手伝い』をした訳だが……そんな話はどうでもいいよね。
「はぁ……で、聞いてよって、なにを?」
「幼馴染と狐が僕なんかには彼女が出来ないって、マスコットだからって言うんだ」
「大体合ってるじゃない」
「おのれ糞妹め。お兄ちゃんは本来なら既にモテモテになってる行動ばかりだろう?」
「普通それ口に出して言う? あざといを通りとして潔いわね。モテモテ、って目標なら鋏は既に達成してるでしょ」
「そりゃあ僕は〈神様〉だからね、信者は多いさ。ちがくてっ、僕は女の子と二人で御飯行ったり遊んだりお風呂入ったり寝たりしたいの!」
「普段からしてる事でしょ」
「確かに」 説明が難しいので諦め、「それでユエちゃんはさっきからタブレットで何してんの?」
「ん? 学校の仕事とか」
「大変だね〈生徒会長〉様は」
「茶化さないでよ。ま、今はゲームしてるんだけど」と彼女が見せてくれた画面には、イケメン男子が海パン一丁でモリと海産物を手に爽やかな笑顔を向けていた。
「まーた乙女ゲーか、好きだねー。僕もゲームみたいにハーレムルートに突入したいよ」
「乙女ゲーにハーレムルートってあるのかしら……どちらにしろ、日本じゃあ渋い顔されるだろうけども」
「全く……僕の『お姫様達』はどうすれば『昔みたいに』振り向いてくれるのか」
「昔って何よ」
「こっちの話だよ」と僕が誤魔化そうとした、その時、
『ガラリ!』と勢い良く風呂の戸が開いて、
「話は聞かせて貰ったよぉツル君っ、その願い、叶えたげるぅ!」
「今度ユエちゃんもイナリんちに泊まり行こうよ、カサネも含めて」
「そうね」
「無視しないでよー!」
唐突に現れた――漫画みたいな白銀色の長髪と、スレンダーでありつつもバインバイン揺れる母性を持つそんなおっとり口調の――おっとり顔お姉さん。
「何だよツムグ、僕は今妹とのいちゃいちゃで忙しいんだが?」
「私ともいちゃいちゃしてよぉ、お姉ちゃんだよぉ? あ、お邪魔しまぁす」
「あ、こらっ、湯船浸かる前に身体洗えよっ、きちゃない!」
「お姉ちゃんはきちゃなくないもぉん」
「鋏も洗ってなかったでしょ」
「お兄ちゃんはきちゃなくないもぉん」
はたから見れば、水入らずな姉兄妹の裸の付き合い。はたから見られたくないけど。水に入ってるけど。
「よいしょと。ふふ、ツル君は相変わらずなほっそりだねぇ。女の子と変わらなぁい」
「こらツムグっ、僕はぬいぐるみじゃないぞっ、ムギュムギュ抱き締めるなっ」
「ふふー、かぁいいー。久し振りに今夜は一緒にねんねしよぉ?」
「はぁ。で、ツムグ、さっきの『鋏の願いを叶える』ってどういう意味?」
「この弟妹はお姉ちゃんを呼び捨てしてからにぃ……えっとね、遂に完成したんだよぉ。――【トライデント】がさぁ」
「「と、トライデントが……!?」」
五色ツムグ――五色家の長女である彼女は、世間では名の知れた量子力学だか物理学の研究者? 発明家? である(らしい)。
日本の大学では『足りない』とすぐ海外の一流大学に行き、その海外でも『もうここで得る物は無い』と一週間そこらで帰って来た変わり者。
その自由奔放な生き様は宛ら悪の科学者(マッドサイエンティスト)のようであるが、まさにその通りなわけで……。
「所でユエちゃん、トライデントってなんだっけ? 歯磨き粉?」
「それはリカルデントでしょ。なんか、神話に出て来た三又の矛と同じ名前だけど」
「二人ともお姉ちゃんに興味無さスギィ。ふふ……お風呂上がってご飯食べたらお姉ちゃんのラボに来てみてぇ」
「「めんどいなぁ」」
ユエと二人で文句を垂れつつも――夕食後、姉の研究室の前へ。その建物は、母屋から少し離れた所に姉が勝手に(自腹で)建てた物だ。
「全く、ツムグったら好き勝手やりたい放題で……ねぇユエちゃん?」
「似た者姉兄(きょうだい)だと思うけど?」
「こうまでして『神に近づきたい』とか……【凡人】の考える事はさっぱりだ」
「……大体同意出来るけどアレが『ああなった』のは鋏がそうやって煽って来たからよ」
「言わないでよ、僕も反省してるんだから」
「(ガチャ)ちょっとぉ、いつまで扉の前で話してるのぉ? 入った入ったぁ」
ツムグに引っ張られるように研究室へと入る僕とユエ。室内は、宛ら薬品臭い理科室のよう……では無く、本棚やお洒落なインテリアが配置された若者向けのカフェのよう。科学者成分はノートPCくらい。
「ようこそ私のラボにぃ。じゃあ早速ぅ、トライデントを見てもらおうかなぁ?」
「何がラボだ、横文字で格好つけちゃってさ。てか呼んどいてコーヒーの一つも出さないの? ケーキとアイスハニーカフェオレな」
「私は紅茶で」
「弟妹が冷たいよぉ」とツムグはブーたれつつ、慣れたように冷蔵庫へと向かった。
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