一章
1
彼女との出会いは、僕が産まれる前の話。
たぶん、彼女は僕の初恋だった。
▼ 幼馴染 ▲
「やっぱたまんねぇな学園のマドンナこと蘇芳(すおう)カサネちゃん! おっぱいデカい上に愛玩動物のような可愛らしさもある去年のミスコン一位! なぁ鋏(つるぎ)!」
「僕に話しかけてんの?」
僕は、隣の席に座るクラスメイトの男子、太郎(たろう)に首を傾げる。確か太郎って名前だった筈だ。名字は忘れた。
今の発言で近くに居た女子からは侮蔑の視線を向けられている太郎だが、本人は気付いていない。口を開けば彼女が欲しい欲しいと繰り返す欲望に忠実な男という印象。見た目は爽やかイケメンなのにね。
「家が喫茶店ってのもポイント高いよなっ。前に行こうとしたけどずっと満席で、漸く俺の番って時に食材が切れたらしくって結局入れなかったぜ。今度お前も行こう、リベンジだっ!」
「何で男と遊びに行かなきゃなんだよ」
「冷た! ……俺ら、友達だよな?」
僕がそっぽを向くと……偶然か、件の話に出た蘇芳さんと目が合った。クスッ、微笑む蘇芳さん。
「おっ! 今俺と目が合ったな! しかも笑いかけてくれたぜ! これ脈アリだろ!」
「さぁ。告ってくれば?」
「っしゃ!」と太郎は席を立ち、蘇芳さんの席まで駆けて行って……
「付き合って下さい!!」と、体を九〇度に曲げて手を伸ばした。
蘇芳さんはニコリと微笑み 「ご縁が無かったということで?」 一蹴。「ノオオオオオオオ!!」と太郎は叫びながら教室から出て行った。
教室は、特にざわつくことなく平常運転。蘇芳さんが男に呼び出される事自体良く見る光景なので、慣れたものなのだろう。
僕は頬杖をつき、窓から外を眺める。空は青いが午後から雨が降ると予報が出ていた。傘、持ってきてたっけかな?
『ブルルッ』 と。不意に、ポケットに入れた携帯が震える。
『お昼、料理部部室に』
メッセージアプリに表示された、短い文章。差出人は…………ふむ。
僕は『教室に居る』その差出人の方を見ず、再び窓の外を見る。白い雲を見て、何となく綿あめが食べたくなった。
――お昼。
だらけた空気、解放された空気、弛緩した生温い空気の廊下を歩き進めて行って、
「お邪魔しまーす」
ガララッと料理部部室の戸を引くと、「いらっしゃーい」「ようこそ五色くーん」と、先ずは中に居た二人の女性部員らが出迎えてくれて、
「あ、今お茶入れてたとこだよーツルちゃんっ」
ヒョッコリ。蘇芳さんが奥から現れ、微笑み、抱きついて来る。
安心するような甘い香りと柔らかい感触。
「あわわわ……ど、どうして学園のマドンナたる蘇芳さんが僕なんかに親しげに……?」
「何そのキャラ!? いつも通りでいいよぅ!」
「そうか。なら腹減ったんだから早く茶寄越せよカサネ」
「いつも通り容赦無い!!」
騒がしい学園のマドンナだ。僕はどっこいしょと椅子に腰掛け、テーブルに弁当を広げる。料理部部室は、例えるなら一般家庭のダイニングキッチンを模したような落ち着いた空間だ。お昼を食べるにはうってつけの場所である。
さて……今日のお弁当の中身は……ほぅ。肉も野菜も魚もバランス良く入ってて、この色とりどりな見た目は食事を楽しくさせるだろう。合格。
「わー、五色くんのお弁当キレー」「今日は誰が作ったのぉ?」と尋ねて来る部員さん達に「モガミ」と返す僕。
「え? ツルちゃん、誰モガミさんて? いつもお弁当はユエちゃん(妹)かツルちゃん本人が作るよね? ねぇ誰誰? 誰なの? カサネ知りたいなー? ちょっとお弁当貸して? 『嗅げば分かる』から」
「うわっ、カサネがヤンデレモードだ!」「これは面倒臭いぞ!?」
「言うつもり無いよ(ムシャムシャ)」
「しかし五色くんブレない!」「さすが幼馴染! 対応慣れてる!」
部員さんらの実況ありきの昼食も最早日常だなーパクパクモグモグ。
因みに、カサネが『嗅げば分かる』と言ったのは、彼女には匂いで『万物(人、物、場所)の過去が見える』特技? 超能力? 異能? があるからだ。これで探し物が捗る捗る。そこまで『大した力』とは思わないけど。
「ぅぅー……カサネの知らないとこでツルちゃんが知らない女と……お弁当ならカサネが作るよ! 月曜日家に持ってくよ!」
「お前お菓子作り以外壊滅的じゃん、食材無駄にするなよ。てか今は家にツムグ(姉)が居るぞ」
「ぅぅっ、ツムグさんかぁ……カサネ、虐められるからなぁ」
「あ、カサネぇ、なんか甘いもの食べたくなってきた」
「え? うん! このケーキ! お店の今度の新作って考えてて! はい、あーんっ」
「(パクッ)……何か前二人で行ったケーキ屋のと似てる。パクリダメ、練り直し」
「ふぇええん……」 日に一度(?)のカサネイジメは精神の安定に良い。
「はぁ、しかし他の男子がこの光景見たらどう思うだろうねぇ?」
「うん。ほぼ毎日告られてる学園のマドンナが、一人の男子に喜怒哀楽振り回されてるなんてさぁ」
「それだけ素を晒せる相手なんだろうねぇ五色くんは。ただの幼馴染じゃないっぽいし」
「話を聞くと、昔、カサネんちの喫茶店も救ったとかねぇ……」
「しかもその報酬が『お店のご飯無料』だけって……女からしたら、そんな男に抱く思いなんて一つ、だよねぇ?」
二人のヒソヒソ話がヒソヒソ話じゃなくこっちにまでバッチリ聞こえるなぁ。
「全く! 幸せ者だなぁカサネは!」「さっさと関係ハッキリさせろっての! 熟れたボディ持て余しやがって! このこの!」「え!? ヤッ! んん……!」「グヘヘッええ揉み心地やんけ!」「ぁん……っ!? ちょ! ツルちゃん堂々と参加しない……で!」
何故ばれたし。
――と。僕らはキャッキャウフフと騒ぎ過ぎたらしい。
唐突に『ガラリ』、部室の戸が開かれ、
「こほんっ。……料理部の皆さん、声が廊下にまで響いていますよ」
現れたのは、ぴっちりとしたスカートスーツ姿の女性。結い上げた髪とおっきなオッパイが特徴の、教育実習生とは思えない程しっかりした人。
「あっ、すいません戸沢(とざわ)先生」「静かにしまーす」
「いえ、わかれば良いのです。――五色さん、貴方も猛省して下さい。この学園の騒ぎの現場には、基本的に貴方が居るようですから」
「ち、違うんです戸沢先生! ツルちゃんは悪く無いんです! ツルちゃんはただの騒ぎ好きなお祭り男っていうか!」
「貴方が謝る必要など無いのですよ蘇芳さん。では、私はこれで」
「じゃーねー戸沢先生ぇー」
ギロリ、と僕を睨んだ後、戸沢先生は部室の戸を閉め、去って行った。
「――ふぅ、なんか焦ったぁ。戸沢先生、教育実習生なのに妙に威圧感あるよねー」
「クールビューティっていうの? まだ遊び盛りな大学生だってのに大人っぽいよねぇ。男子にもファン多いみたいだしっ」
「わかるっ。あのかっこよさはカサネも見習いたいなー」
「でも話すと年相応に可愛いリアクションしたりするよ?」
「え! ツルちゃん、戸沢先生のそんな一面見た事あるの!? 何かツルちゃん、学園じゃあ矢鱈先生に目付けられて怒られてるような気がするけど……?」
カサネの追求を、僕は「さぁて、どんな縁があるのやら」と躱したりして、
『ガラッ』
「――言い忘れていましたが五色さん、少し用がありましたので、来て下さい」
「「「………………」」」
再び現れた先生に、女の子らは驚き過ぎか閉口。「分かったー。じゃあ皆また後でね」と僕は別れを告げ、部室を出た。
◆ ◆ ◆
「五色くん行っちゃったねーカサネ」「あんたハッキリしないからー」
「な、なんの話っ? ただの仲良い幼馴染だよ!?」とカサネは友人らに声を荒げるが……どういうわけか、何故か、カサネの『秘めたる思い』は筒抜けらしい。
カサネ――蘇芳カサネは、五色鋏が好きだ。
一人の人間として、姉弟のように仲の良い幼馴染として……そして、異性として。
いつからか、家の喫茶店の経営が危うくなり……それを、ツルちゃんが――新メニューやら新制服やら新サービスやら宣伝やらを引っ張って――救ってくれたのだ。意識しない方がおかしい。
いや。意識し始めたのはもっと前からだ。カサネは数年前に、彼に『命を救われた』。
あの年にあった大震災。カサネはあの日、家族で海側の地域に行く予定で……それを、直前になってツルちゃんに止められたのだ。我が家はツルちゃんを信頼しているので素直に従い……結果、あの大地震と津波が起きた。彼の一言がなければ、今のカサネは居ない――後で知った話だと五色神社の氏子(町にいる殆どの人)も同じ様に注意されてて全員助かったらしいけれど――他にも、彼に救われたエピソードは数え切れない。
前に、彼のお姉さんに言われた事がある。『それは好きではなく、崇拝だ』、と。
「カサネぇ、伝えるなら早く言った方が良いよ?」「五色くん独特な空気だけど隠れファン結構聞くからさ」
「し、知らないっ」 誤魔化すようにカサネはそっぽを向くが、近い内に、行動に出ようと思っている。
恐らく、ダメだったとしても、彼はカサネへの態度を変えないだろう。何事も無かったかのように接してくれるだろう。慈悲深くって、温かくって――それが、嫌。
カサネはハッキリさせたい。彼の、一番になりたい。
供物のように、自分を捧げたい。
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