38
空は深け、夕方と呼んで良い黄昏時。
あたしと鋏は、この島を一望出来る高台に来ていた。例の如く、連れられるがままに連れてこられた場所。
「こういう夕と夜の境目の時間帯って逢魔が時とも言うよね。読んだまま、魔と逢える時間ってやつだ。どっかにバケモンいねぇかなぁ?」
「いま人外魔境に居るってのにまだ物足りねぇのかよ」
「基本的にはUMAタイプの魔と逢いたいかな。ネッシーとかツチノコとか、どんな味がするのやら。あ、そういえば尾裂狐で保護してたよね?」
「食うなよ。食いにも行くなよ? ってか、今も道で拾ったもん食ってんじゃねぇか。それで我慢しろ」
「ああ、これね。いやー、まさか道中にホオズキとザクロを見つけられるなんてねー。流石四季を五感で味わえる島だ(パクパク)本当にいらないの?」
「いいって……つぅか、そんなにバクバク食ってたらこの後の夕食食えなくなんぞ」
「お前は母ちゃんか。こんなの、ただの食前のフルーツだよ。んー、この食用ホオズキのミニトマトみたいな見た目に反してマンゴーとかパッションフルーツのような南国フルーツっぽい風味と甘酸っぱさ、最高だね。昔はこれに含まれるヒストニンを利用して堕胎剤として利用されてたって面もあるからあんまし女の子に食わせるもんじゃないんだけど」
「お前食レポ好きだよな」
「ザクロのこのルビーのような果実をちびちび摘んで食べるのも僕は好きだなぁ。そういやザクロと言えば、釈迦が夜叉にザクロを与えて人を食べるのをやめさせた逸話から『食感が人肉に似てる』なんて俗説もあるっぽいけど、実際どうなの?」
「知らねえよ。あたしが食った事あるみたいな前提で話すな」
そんなくだらない話をしていると、気づけば向こうに見える海岸線にゆっくりと日が沈む所で……ん?
「おい。なんで夕陽の沈む景色なんて見えるんだ。ここ太平洋だろ? 見えるのは日本海側だろ?」
「きつね島は不思議でいっぱいだからねー」
「何でもそれで片付けられると思うなよ」
「ほらほらそれよりも今はこのインスタバエしそうな幻想的な風景でも眺めてようよ」
食う物を食って、空いた手でまたもやあたしの手を握り出す鋏。カチッと、何かが擦れた感覚で、互いにペアの指輪をはめていた事を思い出し「ウッ……」と小さく声が出た。てか、なんでこいつ右手に指輪つけかえてんだ……?
「あ、見てみて。下の方でみんながキャンプファイヤーなりバーベキューなりカラオケなり宴会の準備してるよ。わはは、何も手伝わないで上から眺めるデートは気分いいねぇ」
「後でネチネチ言われそうだがな……」
あたしも、ぼんやりと下に居る連中を目で追う。日頃の激務を労う目的の今回の社員旅行。皆、楽しくやれているようだ。
今日一日、よく何の事件もなく過ぎてくれたもので……、……うん。本当に、驚くくらい何もなかった、よな。
「本当は、今日色々とイベントがあったんだけどねー」 あたしの心の声に返答するように、鋏が呟く。
「……お前。まさか『切った』のか?」
「うん。だってみんなとのデート楽しみたかったし。本来なら今日『カサネの本当の父親が現れたり』、『謎の宗教団体が襲撃に来たり』、『イナリのお弟子ちゃんが僕を潰しに来たり』とどったんばったん大騒ぎだったんだけど……感謝してよね? 僕のお陰でバトル展開が無くなって毒にも薬にもならないラブコメが続けられるんだから」
こいつ……呼吸をするようにとんでも無い事をやりやがって。縁の神であるこいつは、今口にした事件を『切った』のだ。まるで小説のページを破り捨てるように、イベントをカットした。
おかしいと思ったんだ。ただでさえ厄介ごとを引き寄せる体質ばかりな尾裂狐の連中がこうも揃ったのに何も起きなかった事が。
こいつは、今しているような事と同じ感覚で世界を俯瞰出来る存在だ。神のように傲慢に、身勝手に世界を書き換えられる。どこまで先を見据えている……?
「あ、ごめん。ちょっとあの方向に真っ直ぐ腕伸ばして貰っていい? いや、僕が誘導した方が早いか」
と。不意に、互いに絡ませた状態の手を水平になるよう突き出させる鋏。同時に、二人がはめた指輪の宝石がポウッと淡く光りだし混じり合って「ファイア!」 鋏の掛け声と同時に、ピュンと、その光が海に向かって放たれて行った。
「……、……なんだったんだ、今の?」
「掛け声はバルスとかの方が良かった?」
「いやなんでも良いんだが」
「あと五秒でわかるよ。三、二、一、はい」
…………遠くの海の方で、巨大な火柱が上がるのが見えた。
「おい。なんか船が沈んでいってるんだが」
「流石目が良いね。んでこの指輪はね、二つ合わせると今みたいな魔法弾が撃ててね」
「いやそっちよりあっちを説明しろよっ! ヤベェだろアレ! (ドンッ!)おい爆発もしたぞ!」
「大丈夫大丈夫、あの船はさっき話した『尾裂狐と敵対する宗教団体』の船だから。縁切ったと勘違いしてたから、今物理的に解決したよ」
「お前は……」
なんて無茶な真似をするんだ。やる事が基本、悪役じみている。他の悪役よりよっぽどたちが悪い。
「む。どうも君と同じく目も耳も良い人がさっきの爆発に気付いたようだね、流石に説明する為に下に降りるか。別に狐花さんに携帯でもいいんだけど……さ、行こ」
やりたい事だけをして本能のままに生きる男、五色鋏。
本来なら、こんな身勝手な男との付き合いなどしない事が正解なのだろう。普通の生活に戻りたいのなら関係を絶てばいい。俯瞰的に見てもわかっている。
なら、あたしがそうしないのは……そういう事なのかもしれない。
周りはお似合いだの合わないだの立場が違うだの、とやかく言ってくるが……結局、これはあたしの人生だ。あたしの物語だ。
こいつは、良くも悪くも刺激を与えてくれる。天才だのなんだのと自惚れていたあたしが、こいつの前だと普通の十代の女子高生で居られる。
「……おい。今更だがみんなの前じゃ指輪外しとけよ。外野に色々突っ込まれたく無い」
「ふふ。外野じゃなくって、『あの二人』じゃないかい?」
「……」
さっき。鋏と会う前、偶然、別々にカサネとモガミに会った。
カサネには『どんな選択でも恨みっこ無しだからね』と意味深な事を言われ、モガミとは会話など無かったが……二人とも、何か決意に満ちた表情をしていた。
事実。恐らく『あの二人』と比べたら、あたしがこいつと居る理由など一番浅いのだろう。だけれど……と、今更ながらに気付く。単純な答え。
「お前……何であたしにそこまで拘るんだよ」
「そりゃ惚れた女だからね」
「ッ……だ、だからっ。そのキッカケだよっ」
「みんな知りたがるねーそれ。いいかい? 人が人を好きになる瞬間の種類ってのはそう多くない。話し掛けられたり、親切にして貰ったり、護られたりとそれくらいだ。そんな中での僕のキッカケは、創作物で一番多いパターンだよ」
「……わけわかんねぇ」
「チョロいヒロインなんだよ、僕は」
散々、勝利ばかりを積み重ねて来たあたしだけれど。勝ち負けの拘りなど無いと思っていたけれど。
負ける自分など、想像もしたくなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます