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――数分後。
「ンフーフフフフフフ……つるぎぃ……」
風呂上がりのように上気した赤い頬、見上げてくる熱ぼったい潤んだ瞳。
ピタリと寄せて来るその一部分だけ凶悪な体――さっき『熱い熱い』とパーカーとスカートを脱ぎ捨て下着姿――はムチムチポカポカと温かいし、肌に触れるモフモフな狐色の髪も気持ちが良い。
「つるぎぃ……早く結婚してくれぇ……そばに居ろぉ」
「はいはい僕が一八になったらね」
「ほんとぉ? なら早くなれよぉー待てねぇよー」
「無茶言うなよ君だって僕の一個下だからまだ一五でしょ」
「(カプッ)ふるひー」
「いたいいたい、ただでさえ鋭い犬歯が喉に刺さってる刺さってる」
「んふー……つるぎのあじだー……」
ペロリ、舌を見せる今のイナリは野生の狐のように本能丸出しで、可愛いらしくもあり艶っぽくもあって、控えめに言って最高。普段の感じも好きだけどね。
『プルルル』 ――と。僕達が楽しんでいる時に、不意に部屋に響く電子音。どうやらイナリのスマホが震えているようで……
「イナリー、携帯鳴ってるよー」「んふー……つるぎぃ……」「ダメだこりゃ。ええっと相手は……ふむ。(ピッ)はーい、鋏さんだよー」
僕が代わりに電話に応対すると、『あれ? なんで君が?』とお相手さんが軽く困惑。
「イナリの奴はもうダメなので代わりに出ました。今もこの子は下着姿で僕にベタベタすよ。まぁ前はすぐ全裸になってたからまだ理性はあるんでしょうけど」
『そういう生々しいの報告しないでいいから』
「お久しぶりっすね、ママさん」
電話先に居るのはイナリの母親であり、同時に、『表向きは』西日本を代表する巨大なヤクザの組長でもある女性だ。高校生の娘が居るとは思えない程若く見える綺麗な人で、十代と言っても誰も疑問を持たないだろう。
『久しぶり鋏ちゃん。若いって言ってくれるのは嬉しいけど、そもウチは組とか任侠じゃないからね』
「モガミみたく心読むんじゃねぇよ」
『ふふ……モガミちゃんとカサネちゃんは元気?』
ママさんは、『前から』あの二人の事を大方知っている。昔に起きた『とある事件』がきっかけで彼女らを知り、以来気に掛けている。因みに僕とママさんの(一応の)出会いも、その事件がきっかけ。
「まぁ普通っすね。貴方の娘さんのように全然デレてくれないのが不満っすけど」
『私は娘のデレてるシーンってのを見てみたいよ。でもなぁ……私は君の事は好きだし、ウチの気難しい連中も認めているから、二人の仲だって応援してるけれど……しかしなぁ……五色の、正確には『君の父親』と親族になるってのがなぁ』
どうも、ママさんはウチのパパンが苦手らしい。僕と知り合うよりもずっと前からの仲だったらしいけれど随分苦労したようだ。僕がそのまま大人になって更に騒がしくなったみたいな人だからな、パパンは。
「ま、そこんとこの話は今度するとして……電話の用件はなんすか? ママさん」
『ん? おお、そうだった。本当はイナリの奴に注意喚起するつもりだったけど、君の方が『都合が良い』』
ママさんはそんな意味深な前置きをしてから、
『私の未来予知の占いで、どうやらイナリに『何かが起こる』と出てね。君なら、その『何かを知っている』だろうと思って』
「まぁ、確かに僕も『今は』ママさんほどじゃないけど少しは『未来予知』出来ますけど……イナリの未来ねぇ……心配しないでいいんじゃないすか?」
『と、いうと?』
「『僕が』どうにかすると思うんで」
――少しの、数秒の間。
『なんだかまるで『他人事』みたいな言い方だね。君はどこまで『見えて』るんだい?』
「いやぁ僕にも今回は珍しくハッキリとしたビジョンが見えないんすけど……まぁイナリが酷い目に遭う未来ではないという直感はあります。だから、過度な心配は要らないと」
『ふぅん……、了解した。なら用件は以上だ、そろそろ切らせて貰おう。今度またこっちに遊びに来てくれよ』
そうして、ママさんは電話を終わらせた。娘が心配で電話を掛けてくるなんて出来た親だ。いや普通か。
「ふしゅるるる……つるぎぃ……」
そうしてその娘はというと、いつの間にか僕の胸の中で夢心地な表情を浮かべていた。せめて歯くらいはこのまま磨いてやろう。あの歯磨き粉で。
◆◆◆
「ぅぐぅっ……」
呻き声がして、目が覚めた。視界の先にあったものを見て、より目が醒めた。
五色鋏。鋏があたしの目の前で呑気に寝息を立てている。まるで、自分の布団で寝ているように私の部屋のせんべい布団で、警戒心皆無の綺麗な寝顔。呻き声など上げる表情ではなく、必然的に、自分の呻き声で起きたのだと気付く。
体を起こすと、途端、倦怠感が襲ってきて、まるでこの部屋だけが重力十倍かと思うような鈍さを感じた。
「……また、やっちまった」
またやっちまったと、薄暗い部屋の中、掌で顔を覆う。自分の格好は……下着姿……まぁ、『全裸』だった前よりはマシ、か?
こいつの事だ、おかしな真似はしてないだろう……が、それもまた、モヤモヤした感覚にさせる。
「……うげ」 ふと口内に苦甘い不快な後味。鋏の奴、歯でも磨いてくれたんだろうが、よりによってあの歯磨き粉を使うとか……おかしな真似しやがって。
「うーん、さむぃー」「ッッ!?」
不意に鋏に、起こしていた半身を再び布団へと引き戻され、「んー、温い温い」「おまッ、起きてんだろ……!?」 それから、あたしを抱き枕代わりにくっついて来る。問い掛けに反応はなく、また規則的な寝息を立て始めた。
「はぁ……」 眠気など既に無い。こいつのスキンシップにはいつまでも慣れない。
「ふた月振り、か」
呟いたのは、今の状況を表した言葉。ふた月前――あたしは、鋏と『一週間ほど同棲していた』。
出逢い。
出逢った日の事は、忘れようもない。会話すら鮮明に思い出せる程に、あの出逢い方は強烈だった。
何せ、『爆死』から救われたのだから。
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