29
▼ 教育実習生2 ▲
一年前。
休日に、東北のとある――怪しい噂の絶えない――寒村に一人で行こうとした際、駅で偶然知り合った相手がツムグだった。
彼女は大学の方でも科学者として当然の有名人。
話す機会など無い空の上の住人と思っていた相手だったので、突然あちらから『貴方もあの村に行くんでしょー? 一緒にいこーよー』と声を掛けられた時は驚いた。
何故私の目的地を知っているのか、何の目的で声を掛けたのかなど胡散臭さの絶えない女だったが……その時、停滞していた私の求める『何か』を刺激してくれるのでは? と淡い期待を感じ……それからはサークルを組むなど、なんだかんだで付き合いは続いた。
そして、その時に感じた期待は――『こうして』わずか一年ほどで結果を運んできた。
「ふぅ、ぽんぽんいっぱい」
「お疲れ様です」
私の太ももの上で甚平姿でゴロンと寝転がる鋏さん。お腹をぽんぽんと叩く姿がラッコのようで可愛らしい。
バーベキューの後、私は鋏さんに声を掛けられて、現在、旅館の部屋の中に居る。どうやらこれから『私の時間』らしい。
……去り際の、『彼女達』のもどかしそうな視線がまだこびり付いている。謎の罪悪感と、それから――。
「うーん、アオザイの感触は良いなぁ、首筋が心地いい」
「そうですか」 何故か旅館の方でレンタル出来たベトナムの伝統衣装。サラサラとした生地で体のラインのハッキリ出る長袖チャイナドレスのような服。彼が『見たい』と言うので、着てみた。
「ここからチラリと覗く生脚の眺めは最高だぁ」
「そんな感想はいりません」
「さて。今更だけど僕らはどんなデートしょっか。行きたい場所ある? 買い物とか」
「いいえ、特には。ツムグと出店や資料館などは見て回りましたから」
「んじゃあこのまま旅館で腹休めね。お家デート」
「はい」
デートと言えるのは分からないが……まぁ、私達らしい堕落した過ごし方ではある。
「ふみゅぅ……君は誰かさんと違ってデートって言葉に過剰な反応はしないんだね。そういえば、『世界線が変わって』初めて会った時、『すでに付き合ってるでしょう』って君言ってたっけ。そっちでは僕達『そういう関係』だったの?」
そこを突っ込んでくるとは……無神経で無遠慮というか、らしいというか。
「いえ……あの時のあの言葉は、冗談みたいなものです。こちらとかそちらとか、いまだに自分が別の世界に居たという自覚は湧いてきませんが、少なくとも、私達は『今のような』関係でしたよ」
――今のような。結局どのような関係なのだろう。何度も自問自答した疑問。友人、恋人、都合の良い関係。ハッキリしてるのは、生徒と教師という事だけ。
「なぁんだ。君の世界での僕は、君で脱童貞済みかと焦ったよ」
「どんな心配ですか」
「で、話は変わるけど、モガミはこの旅行楽しんでるー?」 膝の上でゴロゴロと頭を動かせつつコロコロ話を変える鋏さんに、
「そうですね。尾裂狐の方々との交流はとても新鮮ですし、他でもお目にかかれない興味深い資料や呪具などを閲覧させて頂けて、充実しています」
「十代の平均的女子大生の余暇の過ごし方とズレてんなぁ……まぁそこは自由だけど」
確かに、私には所謂今時の若者らしい趣味は無く、代わりに、暇さえあれば日本全国、果ては海外の怪しい土着信仰を調べたりしている。昔から、そういった分野に興味があって……キッカケは覚えていない。
それを楽しいと思った事は無い。――ただ。私には何かを『究明』しようという目的があってそういった行動を取っているのだと、五色家の人間に出逢って思うようになった。それが使命、なのだと。
そんな私に……『何故か』、尾裂狐家の代表たる狐花さんが、超極秘たる尾裂狐家の仕事を――午前中に――話してくれた。
聞くに尾裂狐は世界中にある曰く付きの【生物、道具、場所】を監視、管理、保護しているのだとか。全ては『被害を抑える為』。たまに鋏さんもその仕事の手伝いをしているらしい。
……思えば。その時に、狐花さんに『私の捜し物』を訊ねれば、私の答えは得られたのだろうか。それを分かっていて、何故訊ねなかったのか。
もしかして、私は、答えを知るのが怖いのだろうか。
「モガミ」
「――え」
膝枕のまま、仰向けで、全てを見通すような深い瞳で私を見上げる彼。
「また難しい顔してるね、顔には出てないけど。全く、折角日頃の疲れを癒して貰おうって意味合いも兼ねて今回誘ったのに」
「……いえ、私は十分楽しんでいますよ」
「うーんそうだなぁ……よしっ。折角だからこの機会に特別に、ひと肌脱いでやろうっ」
人の話も聞かず鋏さんはムクリと半身を起こし、「そぉいっ」「ちょ」 強引に、今度は自分の太ももに私を寝かせつけた。
「ふふん。この癒し成分の塊こと鋏様が今日だけ大サービスで究極の癒しを提供するよ」
そして、その手にはどこから取り出したのか【耳掻き】。それから彼は有無を言わせず「んぅ……」 私の穴にソレを挿入する。
「うーん……んー? 全然溜まってねぇなぁ。僕の為に残しとけよ」
「そんな罵声を浴びせられるとは思いませんでした……んっ」
コリコリと耳の中で動く耳かき棒。絶妙な気持ち良さと幸福感と、同時に、命を握られているようなゾクゾクとした緊張感。
そう、この感覚だ。薬物以上に依存性のある感覚。鋏さんと居る時の感覚。
彼との付き合いはまだ短いが……その相反する感覚を常に楽しめる者でないと、彼とは付き合っていけないだろう。
「むぅ、これじゃあこっちも耳掻きする楽しみがねぇよ、ウリウリ」 自慢のミルクティー色の長髪を私の顔に垂らし「ちょ、危な、やめ……クシュン」 私の鼻を擽った彼は、その反応を見て満足気。
「……何するんですか。耳掻き棒が奥まで行ったどうするんです」
こんな緊張感は求めていない。
「僕がそんなヘマするわけないでしょー、可愛いくしゃみ聞けて余は満足ぢゃ。さて、次の癒しに移ろう」
言うが早いか、鋏さんは膝枕から私をどかし、いそいそと座布団を縦に三枚ほど並べて敷いて、「ほら寝た寝た、うつ伏せなっ」 有無を言わせぬ命令口調。
口を挟むのも諦め、従う。
「ぷにゅりとつぶれるおっぱいが素晴らしいな」
「……」
「さてさて、この鋏様のゴッドフィンガー((神だけに))で昇天させてあげるよっ、モミモミ」
言いながら、彼は私のふくらはぎ付近に跨り、「んゃっ……ッ」 両脇の下辺りを揉みしだく。擽ったくて思わず声が漏れた。
「少し触った感じ、腰にコリがあるねぇ。人間、腰をイカせたら終わりだからさ。腰痛の原因ってのはお尻と太ももの裏ことハムストリングスに大体の原因があるから、重点的にここを攻めていこう」
「……随分と本格的ですね」
「まぁね。……(ペンッ! ペンッ!)」
「っ……そ、そのお尻を叩く動きもマッサージの一環ですか?」
「違うよ? ((そうだよ?))」
「本音と建前が逆になってますよ」
「ケツ見ると叩きたくなるんだよなぁ……おや? ちょっと背中の肉付きが良くなってるね、運動してる?」
「……」
「む、ブラ紐発見、さわさわ」
「さすらっ、ないでください……っ」
「ブラ外して揉んでいい?」
「……それもマッサージですか?」
「ま、許可取る前にブラ取っちゃったんだけどね」ヒラヒラ
「どんな手品ですか……っ。ちょ、やめ……っ」
「お? 胸をさすってると一部分だけ硬くなってきたぞぉ?」
「そ、それ以上は流石に……っ」
「吸っていい?」
「は、話を聞いてください、何も出ません……っ」
「仮に今旅館に閉じ込められたとしてそのまま出られなくなって何やかんやで子供作ったりすりゃあ出るようになるよね?」
「そんな火の鳥みたいな展開は起きません……っ」
「お、君は今のネタ分かったか」 他の誰かにも同じ様な問い掛けをしたのかと若干呆れていると、
「さて――フンッ」
ボキボキボキ――私の体から、出てはいけない音が。鋏さんが、脇を掴み、私の上半身を強めに反らせたのだ。
「どう? 結構気持ちいいでしょ」
「……マッサージではないのですか。整体だなんて聞いてませんよ」
「言ってないからね。色々触ってみた感じ、他にも首とか肩とかもボキボキいけそう。フルコースいっちゃう?」
「普通のマッサージでお願いします」
「ちぇっ」と彼は舌を打ち、真面目に手を動かし始める。彼にこんな奉仕をされるの初めてだが、その腕前は予想通り巧みで、危うく『黙っていれば完璧人間』という言葉を漏らすところだった。
((こいつ、黙ってれば完璧人間とか思ってるんだろうな)) 当然、バレていたが。
「んしょっと。じゃあ次は仰向けなってー」
……少しの抵抗感はあったが、色々と諦め、クルリと天井を見上げる。勿論、動揺を表情に表さぬよう気を付けて。
鋏さんはすぐに、私の下腹部付近に腰を下ろし、私の顔を見下ろす。
((澄ました顔しやがって。この前はあんなにベッドで乱れてた癖に……!))
「過去を捏造しないで下さい」
「ふふ。普通、こういう体勢は男女逆なんだけどねー」
その手には、タオル。それで、優しく包み込むように、私の視界を封じる。
「……変な真似はやめてくださいよ」
「どこからが変な真似なのか僕には基準わかんなーい」
彼はそんなとぼけた話し方をしながら、何やらゴソゴソと準備を始めたようで……『ぬちゅぬちゅ』……粘度のある液体の音と、漂う花の香り。目が見えず、耳と鼻で状況を把握しようとしていると、
クチュ「ひぅっ」――ひんやりとした物が、両の手で、お腹に塗りたくられる。この感覚は……直接生肌に触れられている感覚。
おかしい。今着ているアオザイが捲られている感覚も、横腹にある隙間から手を入れられている感覚も無いのに……彼の手は、確実に私のお腹を直に撫で回している。
「目隠し外すなよー」と釘を刺しつつ脇に胸元にと液体を伸ばす彼に、私はされるがままに、小さく、媚びたような声を漏らす事しか出来ない。
そして、はたと鋏さんの本質を思い出す。彼はどんな名刀よりも斬れ味の勝るハサミ。その両手を裁ちばさみの如くただ突き出し、アオザイの生地を突き抜けて私のお腹へと到達させたのだろう。ただの布切れなど、彼にしてみれば無い物と同じ。まぁ素直に私が脱いだ方が早いのだが。
「さてさて、今僕がやっているのはリンパマッサージだ。体内の老廃物を運ぶリンパの働きをこれで活性化させれば、免疫力の向上や疲労の回復、ダイエットや生理不順の解消などが期待出来る。やる時は強い力でなく、さするようにするのがポイントだね。特にリンパの出口であるデコルテ(首から胸元部)は念入りに」
鎖骨、脇、腕、そけい部、脚へと滑る彼の手。目隠しで確認出来ないが、今着ているアオザイは彼の軌跡に沿って破けているだろう。つまりは、色々と肌色が露出しているという意味。しかし、今の私に、そんな事を気にしている余裕はない。
あえて『敏感な部分』を避けるような彼のその優しい動きは、火照った私の身体をむず痒くさせる。
「んー? 腰くねらせちゃって……そんなに気持ちいいのかい?」
「……くっ」
「それとも――逆に、痛いくらいにいじめて欲しい?」
息が荒くなるのを抑えられない。既に、私の理性など崩れ落ちていて……彼の甘言に導かれるまま、頷く事しか出来なくなっていて……。
「だーめ(パクッ)」
「――ャアッ」
不意に、耳たぶを甘噛みされ、弾き出される嬌声。既に、周囲に聞こえるかも、なんて羞恥心は無い。
「当店ではエッチなマッサージサービスはしていませんよ。……けれど、まぁ……今は両手が塞がってますので、このまま『口で』の全身マッサージもさせていただきますね」
――侮っていた。彼のエンジンは、今漸く、かかったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます