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「覚えておけよ鋏っ。お前が今使えるようになったその技、縁糸の識別の事を【つるぎ流縁義(えんぎ)、阿弥陀籤】という!」


「あ、アミダクジ? な、なんかかっこわるいよつるぎ様……」

「なんじゃと!? 貴様の父の蜜とつるぎが考えた素晴らしい名じゃ! 他にも沢山ある!」

「……むぅ」 少し拗ねて?を膨らますショタ僕。それは、好きな女に好きな男の話をされる時の反応。

パパンは神に愛された男だった。現在の僕と同じくらいの学生時代、五色の御神体つるぎに出会ったその日に気に入られ、五色の血も流れていないのに、いきなり十全に使いこなせたという主人公みたいな男。前世の因果だか縁だかでつるぎ様と関わりがあった為に相性がいいだのなんだの……兎に角。

つるぎ様が甲斐甲斐しく僕の面倒を見てくれるのは、僕だからでは無く、僕がパパンの息子だからなのだ。当時の僕は、それに凄い劣等感を覚えていた。

「おいお前、鋏、だったか? どうしたブツブツ独り言なんか」

「え、えっと……なんでも、僕が今見えるようになった黒い縁の糸は悪い縁らしくって……だから、これからは、危ない未来を事前に回避出来る、っぽい?」

「まるで今知ったみたいに曖昧な話し方だな。縁が見える、ってのは嘘じゃないみたいだが……ん?」

ぅぅ……と、イナリが蹴り飛ばした信者の男の一人が意識を取り戻したようで「丁度いい」とすぐさまイナリは男の胸倉を掴み、

「おい、もっと痛い目見たくなきゃ他の信者どもの居場所を教えろ」

「だ、誰がお前のようなガキにっ」

「いいから――『教えろ』」

「ウッ」 信者の男は一瞬痙攣したように体を震わせ、「他の……仲間の場所は」とペラペラ吐き始め……用が済んだらまたイナリに気絶させられていた。

「えっと、イナリちゃん、だっけ? 今のは?」

「……相手に命令出来る特技みたいなもんだ。あたしより弱いやつにしか効かねぇがな。さ、次行くぞ」

その後も広い屋敷を三人で駆け巡り、次々に信者の大人達を――主にイナリが――倒して行く。モガミ父の指示なのか、次第に相手は武器を使ってでも止めようとして来たが……それで大人しくなるイナリでは無かった。

基本的にイナリの独壇場ではあったが、ちょいちょい僕が縁の導きでサポートしたり、人当たりの良いカサネには攫われて子供達の避難指示だったり怯える子達のケアをして貰うなど、各々の能力を活かして着実に脱出&宗教団体潰し作戦を進めて行って……。

「ったく。出口は一体どこなんだ? 無駄に広い上に迷路みたいに複雑すぎだろっ。おい鋏、お前の縁見る力でわかんねぇのか」

「ぅぅ……ぼ、僕だって、まだ力を使いこなせてないし……」

「イナリちゃんツルちゃんをいじめないで!」

「どんだけ過保護なんだよ……ん? あのガキは」 足を止めるイナリの視線の先、廊下の先には、ポツンと一人だけのモガミ。

「なんだ、罠か? 近くに行った途端、隠れた信者どもがガッと襲って来るんじゃ?」

「それならイナリちゃんがぶっ飛ばせばいいじゃん? とりあえず話し聞こうよ」

妙に肝がすわってるカサネにショタ僕とイナリが尊敬だったり奇異な眼差しだったりを向けつつ、モガミに近づく。

「よぅ。お家が潰されて文句でも言いに来たか教祖様よぉ」

喧嘩腰に話し掛ける三歳も年下な七歳児のイナリに対し、しかしモガミは「いいえ」と首を振り、

「感謝の言葉はあれど、恨み言はありません。本当に、ありがとうございます」

「はぁ? なんだよそれ」

「……お父様が今日までして来た事は、決して赦されも償えもしない大罪です。重い病を患う私の為に始めたのがきっかけとはいえ……」

モガミは生まれつき病弱だった。彼女が長く生きる為には、多くのお金が必要だった。その為に始めた新興宗教。ある日、世界的な名医がモガミを治せると名乗りを上げた。彼の手で無理なら誰も治せないというほどの評判で、モガミ父は縋るしかなく……だが、手術は失敗。彼女の僅かだった寿命は、更に短くなって。結果、モガミ父は狂った。

「以前とある大きな食事会で、有名は占い師の方がこっそり、私の未来を占ってくれました。救世主が全てを壊し助け出してくれる、と。それは貴方がたの事だったのかもしれませんね」

モガミは僕達を見る。いや、その目は、僕を見ていた。

「屋敷の出口は、この隠し扉を通った先です。どうぞお気をつけて」

「……いいのモガミさん? 貴方も、こんなとこから出たいでしょう?」

「……。大丈夫です。今出なくとも、あとでこの屋敷に正義の組織の方々が来るのでしょう? その時で、大丈夫です」

そしてモガミは大きく頭を下げ、その場を離れて行く。

「あ、あの!」 ショタ僕は彼女の去り行く背中に向けて、「つ、次会ったら、町で遊ぼ!」 そう、一方的に約束を取り付ける。モガミは足を止め、数秒立ち尽くし、こちらを見ずに小さく頭を下げ、去って行った。

それが果たせぬ約束だと、この時の彼女は分かっていたのだろう。自分に残された命の時間もそうだが、そもそも自分がそんな明るい世界に出てはいけないと、全ての罪を背負うつもりだったのだろう。

この時の僕は、彼女の体に纏わりつく『黒い縁』を見ていた。不吉な、死の香りだけを漂わせる縁。無力だった僕には、少しでも彼女を不安にさせまいと、そんな約束を取り付ける事しか出来なかった。


まぁ。そんな彼女の絶望的ともいえる運命は、この後僕が全部変えてやったワケだが。

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