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「……行くぞお前ら。この先が本当に安全かわかんねぇから、慎重にな」
一見壁にしか見えない所を手で押すと、クルリと回転し、その奥には別の廊下と中庭が見えた。窓と締め切られ外も見えなかった閉鎖的な空間から一変、明るい世界に。今更罠を警戒しても仕方がないので、僕らは先へ進む。
先程までとは違って、耳が痛くなるほどの静けさ。信者の大人達の怒号や拐われた子供達の声援も聞こえない。僕らの足音だけが耳に入って来る。
「鋏よ、この先にはボスが待ち受けておるぞ。その後にもっと強いボスが出るが、まぁイベントバトルみたいなもんじゃから気にするな」
「どんなネタバレなの? 縁を読んだ未来情報だろうけど……てアレ? つるぎ様、どこ?」
ついさっきまでショタ僕の周りをチョロチョロしていた彼女の姿が無い。
「……なぁに、気にするな。会話はこうして問題無く出来ておるじゃろう」
「そ、そうだけど、なんで急に」
「おい鋏、またか? さっきからなに一人後ろでこそこそ話してるんだ?」
「イナリちゃん、そのままにしてあげて。ツルちゃんも男の子だから、見えないなにかを生み出したくなる年頃なんだよ」
「あ、ああ、それは大変だな」
散々な言われようだが、僕は特に反論せず「こ、この先に誰か待ち構えてるっぽいよ」と説明。今までの功績からかイナリも「じゃあ警戒しとくか」と疑わない。
「つぅか、誰か居るって事は、やっぱりさっきのガキがあたしらを嵌めたって事か?」
「さぁ。でもあの様子じゃあ、今更そんな罠仕掛けなさそうだけど」
「あ、相手もいずれ僕達が正解の道に来ると思って、待ち構えてたんじゃないかな?」
――結果的に、正解は僕の推測だった。
「鬼ごっこはここまでですよ、小さな勇者の皆さん」
廊下の先。一人、待ち構えていたのはモガミ父。その表情は不敵な微笑み。
「鬼ごっこ? ハッ、なにを言うかと思えば負け惜しみかよ。あたしらみてぇなガキも捕まえられずあたふたして、無様にガキに半壊状態にさせられたのはどこの組織だ? 今更大人の余裕見せても恥の上塗りだぜ」
「ククッ、口の回るお嬢さんだ。ウチのモガミも貴方のように快活に育って欲しかったのですが……しかし、貴方は一つ、勘違いをしているようですね」
「あ?」
「児戯であるごっこは終わりと言いました。今からは残酷な『鬼の時間』――――デズゥゥゥゥ!!!」
メギメギメギメギッッッ モガミ父の細身だった体が、硬い音を立てながらみるみる膨張していって……身の丈四メートルはあろうかという筋骨隆々の歪な怪物に成った。
「おいおいおい……まさかお前、魑魅魍魎の類だったのかよ」
少し驚きはするものの尾裂狐の日常で見慣た感のある冷静なイナリと、「だ、大丈夫だからね」と僕の手を震える手で包むカサネ。僕はというと思いの外落ち着いて敵を見据えている。この時の僕は既に、僕達の『勝つ未来』を無意識に見ていたから。
「グフフッ……いいえ、私は人間ですよ。まぁ……『人肉を貪った鬼』ではありますが」
「は? ――まさか、テメェ! 拐ったガキを!」
「ガフフッ、そうです。私のこの素晴らしい姿は、才ある子供達を『取り込んだ』結果の奇跡です! とある海外の呪術師から『食えば食うほど奇跡を起こせる』と教わり、そして事実、こうして成功した!」
「救えねぇな、テメェ」 イナリの視線は苛立ちと侮蔑で満ちていて、
「ふん。娘の為にこんな不細工な異形になって……それで、この程度か」 一方声だけのつるぎ様の声色は憐れみと失望が滲んでいる。
娘のモガミを助ける為に奔走したモガミ父が辿り着き縋りついたのは、医療や科学とは逆の道をいく不思議な力の存在だった。
どんな病気も治す力や食べ物などを追い求めたが、何度も裏切られ失敗し……最後には悪に手を染め不思議な力の片鱗を持つ子供達を誘拐し酷い目に遭わせた上に、自らを異形に変えてまで神の力を持とうとして……結局望むモノを得られなかった彼。
つるぎ様の言う通り、今のモガミ父に脅威は感じられない。見た目こそ凶々しいが、精々、野生の熊より少し強い程度の肉体強化。能力はそれだけで、神通力じみた特殊能力など無い。
無様、の一言。これでは犠牲になった子供達も浮かばれない。まぁ、それでも当時の僕達からすれば脅威ではあるのだけれど。
「ゴフッ……フフッ……救えないとおっしゃいますが、逆に私は、今ならばまだ貴方がたを見逃してもいいと思っています」
「あ? なに上から物言ってんだ? 逃げられねぇのはオメェだよっ」
「ククッ、そうは言っても足は震えていますよ、尾裂狐お嬢さん」
モガミ父の言う通り、この時のイナリはモガミ父との戦力差を本能で感じ取っていた。子供三人の中で攻撃の要である彼女が敵わなければ、僕達は素直に捕まるしかない。そして、捕まるだけで済むかもわからないし、尾裂狐の助けが間に合うかもわからない微妙な状況。
「取引ですよ。安全は保障します。――そこの、何でも出来るという坊やを置いていって貰えれば、ね」
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