第12話
「今日はノフとツィキンは居ないの?」
「ああ。イシュと二人きりで話がしたいから」
イシュは左右を見回す。そして巨木を根から天空まで見やる。
「そっか」
多分、今日彼女を説得出来ないともう彼女は新しい街に来てくれない。俺は何がどうあったってイシュと生きて行きたい。だから散々作戦を考えたが結局妙案は浮かばずに、真っ直ぐに口説くことにした。
「座ろっか」
イシュを先導して俺のいつもの席に就かせる。俺はその前にどっかりと腰を下ろす。
「イシュ、あのさ」
イシュは真っ直ぐ俺の目を見ている。
「カン、心配しないで。ちゃんと話をするから。だから、胸を張って」
「分かった。あのさ、イシュの気持ちは変わらないのかい?」
イシュは途端に目を切って、口籠る。
「私は、星の舟に乗って逃げていいのか、本当にそれをしていいのか、迷ってる。迷ってるの」
俺は今日、生贄への信仰心に勝たなくてはならない。イシュの家族による同調への圧力に勝たなくてはならない。なりふり構っている場合ではない。
「イシュ。俺と生きよう」
「それって、どう言う意味?」
「俺と生きるんだ。一緒に生きていこう」
イシュは首を振ってもう一度問う。
「それは、どう言う意味?」
それ以上の意味はないのだが。しかしイシュは違うことを期待して言っている。「俺と生きる」の別の意味、別の意味、ああそうか。何て簡単な、それでいてそれを言うのに覚悟の要る。でもそれくらいの腹は括っている。俺はイシュの目を見る。待っていたようにイシュは俺を見ていた。それでもやっぱり言葉にするのに力が必要だった。
「俺と結婚しよう」
イシュの顔が真っ赤になる。
「結婚して新天地で生きるんだ」
イシュは恥じらうように視線を落とす。
「カンとなら、結婚してもいいと思う。でも、神様を裏切っていいのかが、分からないの」
「生きるために捨てなくちゃいけない神様もある」
「でも。家族はみんな生贄になるのよ。そう決めているの」
「みんなが」
「そう、みんなよ。周りの人はみんなそう。だから私もそうしなくてはならないって言う、圧力がある」
「そんな圧力で自分の人生を決めちゃいけない」
「でも、それのせいなのか、自分の信仰心のせいなのかが、分からないの。この迷いの原因が」
雨が、弱々しい雨が降り始めた。
「俺と生きることはどうなんだ」
「プロポーズ、すごく嬉しいわ。人生で一番嬉しい」
「じゃあ、一緒に行こうよ。二人一緒なら切り拓ける。絶対」
「絶対?」
「絶対だよ」
「ねぇ、だったらいっそ二人だけでどこか遠くに行かない?」
どうしてそうなる。俺は星の舟の基幹だし、発起人だし、実際の運営責任者だ。このタイミングでそれを抜けることなんて出来ない。ノフとツィキンを裏切れる訳がない。俺達を信じてくれた仲間達を切り捨てることなんて出来ない。イシュはそれが分かっていて言っているのか? 俺と生きると言うことはパルケで生きると言うことだって分からない筈ないだろう?
「それはダメだ」
「どうして? 二人で生きるんでしょ?」
「新しい街で、二人で生きて、仲間とも生きるんだ」
「いいじゃない、遠くに行くのよ。神様の目の届かないところまで逃げるのよ」
「遠くでどうやって生きるんだ? ジャングルと川しかない世界でどうやって?」
「ジャングルじゃないところもあるかも知れないわ」
「そんなところ知らないよ。あったとしてジャングル以上に生き方が分からない」
「じゃあ、二人で別の国に行くのはどう?」
「どうしてわざわざ別の国に行くんだ?」
「だって、二人で生きるなら誰も知らないところの方がいいじゃない」
「どうしてそうなる? 別に他の元パレンケの人達が居たっていいじゃないか」
イシュは強い、鋭い目で睨む。
「私が家族を捨てたと知ってる人が居る場所は嫌なの!」
「それだったら俺だって同じじゃないか。新しい街に来る人は少なからずそうだし、何よりパレンケに残した多くの人々を見捨てた人しか居ないんだよ? それじゃダメなのか?」
「私の家族はパレンケでも指折りの信仰心の篤い一家よ。それなのに私が捨てるのよ。人間じゃないと言われてもおかしくないわ。そんな目で見られながら生きるなんて嫌」
「俺が居る。俺が必ず守る」
「死んだ両親と姉の霊にずっと、裏切り者と言う目で追われるのよ」
「そんなもの追い払ってやる。そうでなかったらちゃんと弔うから」
「私はどうすればいいの?」
俺はその疑問に面食らう。
「俺と来い」
「違うの。カンの考えを聞いてるんじゃないの」
「それでも俺と来いよ。新しい街で一緒に生きよう」
「うん。カンの気持ちは分かったから。私が考えたいの」
「そうか」
考えるかと思いきやイシュはすぐに喋り出す。
「私と二人で逃げよう。それが一番よ。私分かった。そうする以外の方法はないわ」
「それは出来ない。俺は星の舟をやる。それに一緒に来るんだ」
「もういいわ! 私は生贄になればいいのよ!」
イシュは勢いよく立ち上がると走って
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