第13話
秋分前夜。全ては今夜決まる。三人は
「いよいよだな」
ノフが応じる。
「いよいよだ」
「うん」
俺は二人の顔をもう一度しっかりと認める。大丈夫。この三人なら失敗はない。資材は十分にもうパルケに運んであるし、道順の調査も抜かりなく危険の限りなく少ないルートを用意している。松明も準備してある。
「最終確認だ。日没と共に担当の家をそれぞれ回って、各々五家族集めたら東の広場に連れて行き待機させる。これを六回繰り返す。全員揃ったらすぐに出発だ。準備はしたがそれでも夜のジャングルは命がけだ。気を付けて行こう。動物が襲って来たら戦って追っ払う。俺を含めて戦士は何人か居るから何とかなるだろう」
「問題ない」
「いいよ」
「よし、日が暮れて来た。始めよう」
それでも俺達は一度集まって、右の拳を重ね合う。頷き合って、街へ散る。
これから生贄になるための人々は最後の晩餐の最中か、正装に着替えているか、家族で話をしているかだろう。街の路上には人っ子一人居ない。そこを音もなく駆けて行く。
最初の家はアフの家だった。そっと入る。アフが待ち構えている。その瞳には決意が
「カン。待っていたぞ。うちの一家は全員参加だ」
「分かった。準備は出来ているな?」
「もちろん」
「じゃあ、行こう」
アフの一家五人を連れて次の家、次の家と回って行く。五軒目。
出迎えたバケルは顔色が悪かった。
「すまないカン、親父とお袋がまだ決めかねているんだ」
「時間はそんなにないぞ。俺が直接話す」
「すまない」
部屋の奥に座っているバケルの両親は怯えた表情をしている。しかし今は悠長に説得している時間はない。
「バケルのご両親。シンプルに訊きます。生きるか死ぬか、十秒以内に決めて下さい。決まらない場合は置いていきます。息子さんとその兄弟は約束通り連れて行きます。さあ、十!」
カンの声には鬼気迫るものがある。失敗すれば死だ。その声の貫通力にバケルの両親は本当に十秒の決断だと理解したようだ。
三、二、一。
「決めましたか」
「生贄になる」
「私もそうする」
「分かりました。では」
バケル達が駆け寄って、両親に最後の挨拶をする。ほんの数秒の抱擁の後、バケルと弟二人はカンに付いて家を出た。五家族目なので一旦東の広場に向かう。予測していたこととは言え、人が死ぬ未来を選ぶのを見るのは胸が痛む。けど、そんなことで行動を鈍らせる訳には行かない。
東の広場には既にノフとツィキンが連れて来たであろう家族が待ち構えていた。
「静かに、それだけ守って下さい」
カンの呼び掛けに皆が頷き、誰からと言わず座る。現実に星の舟が始まっていることが肌に伝わる。
かなりの家族が迅速に付いて来て、迷っている家族がたまにあった。迷った者は全員、生贄になる決断をした。それは概ね、その家庭の大人、両親や祖父母だった。一時間も掛からずに、ほぼ全ての家族が東の広場に集まった。カンは最初の遅れを取り戻し、さらに一往復分の時間的余裕を作った。それは最後の一人とやり合うだけの時間を稼ぐためだ。担当の分が終わると、カンは独りでイシュの家に向かう。
「こんばんは」
イシュが移住に同意していない以上は家族にも伝わっている筈はなく、俺は客として玄関に立つ。イシュは待ち構えていたのだろう、すぐに玄関に来る。
「カン。本当にやってるのね」
「イシュ。行こう」
「私、行かない」
「何を言っているんだ。行くぞ!」
問答を聞き付けた父親が血相を変えて入ってくる。
「娘をどうするつもりだ!」
「新天地を用意しています。そこに連れて行くんです。イシュは俺と結婚するんです」
結婚、と口の中で父親は言う。
「イシュ、それは本当か?」
「結婚は、したいわ。でも、家族を裏切れない」
「これは裏切りじゃない。イシュ! 俺と来るんだ。ご家族も一緒に来て下さい!」
「カン君、私たち夫婦とイクは信仰のために死ぬことを決めているんだ。そこは置いておいてくれ。ただ、イシュがもし行きたいなら、行かせてやってくれ」
「お父さん!?」
イシュは信じられないと言った表情で父親の顔を凝視する。
「イシュ、お父さんはお前にもイクにも生きて欲しい」
部屋の反対側からイクの声がする。それは悲壮な響きを伴っていた。
「私は行かない。バッツが待ってる」
「分かっている。だからイクはこっち側だと言ったんだ。イシュ。カン君と生きなさい」
「でも」
イシュの視線が家族とカンの間をうろうろする。
「イシュ、時間がないんだ。俺を信じろ。そしてお父さんを信じろ!」
「行け! イシュ! 生きろ」
イシュが再び父親とカンを見る。もう一度父親を見たら、大粒の涙が溢れて来る。止めどなく流れる。
「お父さん」
「イシュ」
イシュの口元が引き締まる。涙目のままカンを見据える。
「カン。私生きる。カンと生きる」
カンの手を取る、それは純真の向こう側になる証、カンは父親に一礼して家を出る。
「娘を頼んだ」
「はい」
カンの目にも涙が浮かんでいた。だけど、今歩みを遅くする訳には行かない。
東の広場に最後の一組としてカンとイシュが合流する。ノフの小声。
「カン、遅いぞ!」
「すまない」
「でもまだ大丈夫だ。みんなに声を掛けてくれ」
頷いて、集まった仲間の前に立つ。
「みんな、よく来てくれた。新天地までの道は十分に調べてある。ジャングルを夜に進むのは危険だが、ここに朝まで残ることのほうがより危険だ。だから松明を持って、進もう。新天地の名前はパルケだ」
ノフが補佐する。
「じゃあ、出発に先立って、みんな、右手を挙げてくれ」
俺も右手を挙げる。左右を見るとノフとツィキン、そして正面にはイシュと大勢の仲間が同じ格好をしている。
「これより、出発する。さらば、パレンケ!」
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