第10話

 八十八人目の仲間がクンを後にするのを三人で見送る。

「これで候補者は全部だな」

 俺の言葉に二人も満足気に頷く。

「それぞれの家族を含めれば三百人は優に超えたよな」

 ノフが、カンはどんぶり勘定だなあ、と笑う。

「家族を含めての最大の人数が四百二十三人。本人だけなら俺達含めて九十一人。応答の感じから本人だけと言うのは少数派の筈だから、計画通りの人数か、ちょっと少ないかってところだ」

 ツィキン。

「それにしても、全員漏れなく計画に参加と言うのは、出来過ぎてるね」

 ノフの目が光る。

「それには事後的にだけど幾つか説明が付けられる。一つは、みんな生贄にはなりたくなかったと言うこと」

「そうだね。それはあるね」

「一つは、だからその方法を模索していたところに、話が来たと言う形だったと言うこと」

 俺は頷く。

「一つは、人選の段階で十分に可能性の高い人に絞れていたと言うこと」

「そう思う」

「一つは、俺達三人と言う組み合わせに何かしらの信頼と期待を持って貰えたこと」

 ツィキンがあははと笑う。

「それはノフの雷名によるものだよ」

「いや、この三人だから人生を預けると言う判断をしていた人はかなりいたと思う。そして最後の一つは、俺達が命懸けで真剣だったこと」

「適当には出来ないだろ」

「あくまで分析だよ。そしてあまねく同志が集まった。漏れはない」

 そうなのだと胸を撫で下ろしたかったが、俺にとっては漏れがある。

「イシュだけが漏れだ」

 ツィキンがやれやれと首を振る。

「だから大丈夫だって」

「大丈夫じゃない」

「最終的には付いて来るから。問題ないよ」

 ツィキンに続けてノフも当然のことのように言い放つ。

「カン、イシュとの絆を信じろよ。絶対大丈夫だから」

「でも」

「説得を重ねるのはした方がいいとは思うけどね」

 二人からこうも当然大丈夫と言われると、それでもと言い辛い。自分だけが日和っているように思われるのは癪だ。分かったよ。俺は一人でイシュを口説く。

 憮然とした俺を二人が面白そうに見ている。それに飽きた頃、ノフが第二の口火を切る。

「じゃあ計画の次の段階に入ろう」

 ツィキンがキョトンとする。

「なんかあったっけ?」

「移住の候補地を探しに行くんだ。これは必要だろう? 無闇に行っても事故に遭うだけだ」

「なるほどね。でも今日はもう昼だよ。明日の朝からってのでどうだろう。あ、でも、男三人で朝から夕までならそこそこの距離はいけるけどあまりにパレンケと近くはないかい?」

 俺は首を振る。

「男の足で半日なら、十分に遠い。そして必要のある近さだ」

 ノフも被せる。

「そうだね。必要のある近さだ」

 ツィキンがこんがらがった眉毛で俺達の顔を順に見る。

「いや、分からないんだけど。遠いのがいいのか近いのがいいのかどっちなんだ?」

 ノフが頷いてから説明する。

「パレンケは無人になる。だから、思い切り遠くなくてもいい。それに遠すぎると他の国に侵入することになるから危険だ」

 俺が引き継ぐ。

「そして俺たちは最初は農業が途絶した状態から始めなくてはならない。だから、パレンケにある農作物を取りに行くんだ。そしてその種を手に入れて、それで自分たちの畑を作る」

「なるほど。十分に遠くて必要のある近さ、だ」

「早速明日行こう」


 南の狩り場を突っ切る形で直進するルートを行く。途中までは勝手知ったるジャングルだったのが、途中から知らないジャングルになる。それでも俺達は余裕綽々しゃくしゃくで喋りながら進んでゆく。俺は自分一人で抱え切れない話を昨日聞いたから、それを分け合う。

「カニルが自殺したらしい」

 ノフが機微よく応じる。

「どうやって?」

「腹を掻っ捌いたと。見付けた母親が半狂乱になって神殿に飛び込んできたのをイシュが見たんだって」

「不思議なものだな。何もしなければ生贄になって死ぬって言うのにそれより先に自殺するってのも」

 ツィキンがはははと声を漏らす。

「ちょっと笑えるよね」

 俺はカニルに悪い気がして嗜める。

「不謹慎だぞ。でも、あのカニルがそんなことをするとはとても思えないんだけど」

 ノフ。

「確かに、頑固で融通が効かなくて、落ち着きがないとは言え、思い悩んで何かをするような男じゃないよな」

 ツィキンが引き取る。

「てことは、カニルのお母さんが無理心中しようとして途中で不安になっちゃったとか?」

 想像が不快を溢れ出させる。

「自分で息子を殺すか? それこそ気が触れているだろう」

 しかしノフは違う反応をする。

「いや、あり得るかも知れない。例えばカニルが俺たちとは別口で脱出の計画を立てていて、それが母親にバレたとしたら?」

 俺とツィキンが声を揃える。

「笑えない話だな」

「身内は極端な行動に出やすいからやっぱり直前に話すようにしておいてよかったよ。若者こそが秘密を本当に守れるんだ」

 俺が応じる。

「気を引き締めて行こう」

「そうだね」

 男三人の足は留まることを知らずに進んでゆく。ジャングルが予想していたよりも歩き易かったことも追い風となって、数時間後には、俺達はある場所に到着した。

「川があって割と低木も多くて、いいんじゃないかこの辺」

 俺の意見に二人とも「賛成」「俺も」と乗って来た。

「じゃあここを新しい場所にしよう。他のところは探さなくていいのかな?」

 それにはノフが応じる。

「ここの感じがかなりいいからここに決めていいと思うのと、他に候補を並べるのは時間的にも厳しいよ」

「なるほど。じゃあここで決定。名前って付けるか?」

 二人ともそれには消極的だ。

「それはみんなが来てからでもいいんじゃないか?」

「誰かに取られる訳でもないでしょ」

 否定されたことで、何かの連鎖反応が俺の中で起きたのだろう、俺はこの場所の名前の必要性を強く感じた。

「でもさ、人が多いと名前って決まらなくなるよ。だから最初に決めとこう。それに、どこに向かって舟が進んでいるかが分からないとみんな不安になるんじゃないかって思うんだ。ある場所に向かって進む! ってのと、どこか分からない所に進むのでは全然違うと思う」

 ノフが、確かにその考え方があるか、と肯首し、ツィキンも、なるほどね、と納得したので、名前を決めることにする。

「じゃあ、帰り道で決めよう」

 案をいくつも出すがどれもいまいちで、どうして名前ってのは本気で決めようとすると難しくなるのだろう。ジャングルが終わる頃になってパレンケの街の気配を感じてやっとそこで俺は閃く。

「パレンケに因んだ名前にするのがいいんじゃないか?」

「例えば?」

「レンケ、とか、パレン、とか」

 ノフが少し考える。

「じゃあ、頭と最後のパとケを残して中をいじったらいいんじゃないのか? パレンケの中身だけが新しいところにあるって意味で」

「パーケ、な感じね」

 ツィキンが「パミケ」「パランケ」「パユケ」とアイデアを口に出す。一瞬口籠ったかと思ったら、ポン、と手を叩く。

「パルケはどう?」

 俺とノフは一緒に叫ぶ。

「パルケ!」

 いい。すごくいい。

「ツィキン、俺はそれがいい。ノフ、パルケでいいかい?」

「俺もパルケがいいと思う」

「やったー」

「よし、じゃあ新天地はパルケだ。これも秘密な」

 ツィキンが「もちろん」ノフが「当然」と合意を送る。

「明日からは運べるものは運んでおこう」

 了解の声と共にパレンケの敷地に入る。新しい場所と名前が決まると、途端にこの街との時間がカウントダウンを始めたように思える。

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