第2章 星の舟
第6話
国の外れのジャングルの少し奥に、俺達の秘密の場所がある。巨木の下、うねる幹、子供の頃から変わらず今も「
道すがら畑のトウモロコシを三本もいで、両手に抱えて
「おーいカン。遅いぞー!」
ツィキンの大声。小走りに
「悪い。こいつを盗るのにちょっと手間取ってさ」
ノフが笑う。
「三本じゃツィキン一人も腹一杯にならないぜ」
「いいんだよ、おやつなんだから」
俺が
「で、どうする?」
ノフが応じる。
「大人しく生贄になるか、ならないか。結局その二択を決めるところから始めるしかないよ」
俺とツィキンは頷く。緑の匂いの風が通り抜ける。ツィキンが、俺は、と始める。
「俺は死にたくないな。生きていればもっと豊かになれると思うんだ。たとえパレンケが一回滅んだとしても」
連なるように俺も意見を述べる。
「俺も生きたい。この命を燃やすことをやめるには早過ぎる。それに俺はノフにもツィキンにも、イシュにも生きていて欲しい」
二人の言葉を受け止めるようにノフは頷いて、自分の番と始める。
「俺は生贄は合理性に欠けると思う。そもそも太陽神が怒っているのかそうでないかも怪しいと思っている。生贄をすればそれが治まると言う発想も、伝統的ではあるけど、効力を持っているのかな。だからそんな曖昧なものに対して大量の命を使うのは、無駄だ。従って、誰も死ぬべきじゃない」
俺はトウモロコシを三人の中央に向けて立てる。
「最初の問いの答えは、生きる。三人一致だ。じゃあ、どう生き残るかだ。パレンケで待ってるだけじゃ下手すりゃ無理矢理生贄にされちゃうだろ」
ツィキンはもう食べ終わっていて、芯を弄んでいる。その手を動かしたまま、さも簡単なことのように言う。
「隠れてればいいんじゃないの? 生贄が終わってから、のそっと出る」
「家族の同胞の亡骸のある街で暮らすのか?」
ツィキンは、いやいや、亡骸を放置はしないでしょ、と手を振る。
「埋葬するのか。何千人を。俺達三人とイシュだけで?」
ノフが割って入る。
「街をそのまま使うのか、別の場所に移住するのか、って問題と、俺達が何人のグループでやるのか、って問題の両方がごっちゃになっているよ。一つずつ行こう。カンはどう思う?」
「俺はみんなの思い出が死によって覆われた街じゃなくて、新しいところに移住したい。ゼロからやるってのも悪くないと思う。人数は、分からない。俺には基準がないから」
「ツィキンは?」
「俺はこの街をまた再興するのはいいんじゃないかと思う。その方が早く豊かになるよ。人数は分かんないや」
次いでノフ。
「俺は移住に賛成だよ。自分が見捨てたに等しい人々の
俺は首を捻る。
「何でそんなこと知ってるんだ?」
「ティハシュ兄さんに聞いた。今だから言うけど、ティハシュ兄さんはパレンケを出て新しい街を拓こうと計画していたんだよ」
「そうか。じゃあ三百人だ。三百人で新しい街を興そう」
「え、マジで。決まっちゃうの? 俺の意見は?」
ノフが、ツィキン、と声をかける。
「ツィキンは、滅んだパレンケで生きていくことで豊かさがちょっと早いのと、すっきり最初からでちょっとだけ豊かさが遅いので比べたらどう思う?」
「だから豊かさが早い方がいいんだって」
「じゃあ、豊かさが同じだったら?」
「そりゃあ、新しい方がいいよ」
「じゃあ、移住だ」
「何で?」
「どっちの街でやるにせよ新しい時代を作るのは同じ三百人だ。作物の種とかは秋に収穫したところから取るから同じだし、畑は
ツィキンはむむむ、と唸ってからニカっと笑う。
「だったら移住でいい」
俺は膝をパン、と打つ。
「決まりだ。移住で、三百人」
ツィキンがさっきの笑顔の余韻のままに言う。
「せっかく新しく始めるんだから、好きな人を中心に集めたいよね」
ノフが苦笑いをする。
「まあわざわざ嫌いな人を呼ぶ必要はないだろう。それよりも呼ぶのに重要な条件がある」
いや待て。もっと大事な事がある。
「生きたい人全員じゃダメかな。もっと人数が増えてしまうかも知れないけど」
ノフ。
「もっとどころかパレンケ全員になっちゃうんじゃないか。人数が多過ぎたらそれはそれで計画をするのが難しくなると思う。表立って行動する訳にもいかないから、秘密を守れる人だけを厳選した方がいいよ」
そうか。そうだよな。それが出来るならこんな計画を立ててないか。
「そしたら三百人目標で秘密が守れる人をリストアップしよう。……まるで命の選別を俺達がやってるみたいだな」
ツィキンがあっはっはと笑う。
「カン、大袈裟だよ。逃げたい人は俺達が何もしなくても自分で逃げるし、生贄になりたい人は俺達が何をしたって生贄になるんだよ。俺達はそう言う人達に、俺達が新しい集落を作るのに参加してみませんかと声をかけるだけだよ」
なるほど言われてみればツィキンの言う通りだ。一瞬乗った重い肩の荷がスッと軽くなったような気がした。肩が軽くなったら、腹の中にあったことが浮上して来る。
「何かさ、ティハシュ兄さんのこと、さっきからすごく思い出すんだ」
「俺も」
「俺もだよ」
「あの日も俺達は三人で、ティハシュ兄さんも一緒に居た。生贄に行く前日この場所で、ティハシュ兄さんは言った。『生贄で疫病が解決することはないだろう』当代一の俊英の彼が矛盾をしていた。だから俺達は口々に『何でじゃあ行くんだ!?』と引き留めようとした。いや逃がそうとした」
ノフが引き継ぐ。
「『俺の命が解決するのは病じゃなくて、皆の不安だ。そのために命を使うなら悪くない。それに、生贄から逃げたら俺の家族、ツィキンもこの国では生きていけない。それはダメだ』ティハシュ兄さんは生贄行動の効果まで全て看破していた。つまり、一定の効果が期待出来る生贄もある、と言う。でもその後にこう言った『お前ら、生贄が何も解決しない時もある。その時は逃げろ。なるべく徒党を組め。いいな。これは遺言だ』」
ツィキンがため息を吐く。
「ティハシュ兄さんは今回のような事態が生じると、予測していたんだと思う。明らかに生贄の効果が期待出来ない状況だよ。だって誰のためか分からない。ノフに渡していた知識と言い、判断の根拠になる言葉と言い、今日が見えていたとしか思えない」
俺は立ち上がる。自分が無意識にティハシュ兄さんに近付こうとしているような気がして、刹那口元に力が入った。
「俺はティハシュ兄さんの想いと死を無駄にしない。パカル三世王よ、謀反は滅びの当日に起きるのではない。お触れを出した直後にもう始まっているのだ。あなたが太陽の舟なら、俺達は三百の星を集める、星の舟だ」
ノフも立ち上がる。
「俺達は新しい街を作る。パレンケの命を繋ぐ、新しい街だ。生贄には意味がないけど、俺達では止められない。だから、今日、俺達はあなたと袂を分かつ」
ツィキンも。
「俺達は豊かになる。パレンケを遥かに凌ぐ豊かさを生む」
俺は右手を高く掲げる。
「戦ではないが、しかしこれは戦いだ。……俺達は今ここに、宣戦布告する!」
ノフとツィキンも右手を突き出す。三人が集まり、その右手を重ねる。ノフが手に力を込めて言う。
「俺達は今日から運命共同体だ」
ツィキンがニヤリと笑う。
「ずっと前からそうだよ」
この二人とで負ける筈がない。
「俺達は勝つ!」
三人同時に、頷く。もう一度緑の風が三人を通った後に吹き上がり、
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