第11話 平安朝モンティ・ホール問題に迷う

「み、みさきさま。三人で一緒になんて、お、お母さん絶対に許しませんからねっ!」

 若紫ちゃん、興奮のあまりわたしのお母さんになってしまったようだ。


「違うんです、若紫さま。わたしはうちのお婆さんを紹介してあげただけですから。ご心配なく」


 ゆうべは薫と匂宮から、どうしても大君おおいきみに会わせろと迫られたのだ。

 仕方なく、隣の部屋で寝ている三婆のところへ連れて行くことにした。

「ほほう、この方たちが」

 三人は川の字になって、布団をかぶって寝ている。

「だが、これではどれが大君か分からないではないか」

 薫は片膝をついて布団をめくろうとした。


「お待ちあれ薫の君。このまま、どれが大君か当てるのも一興とは思わぬか」

「ふむ、それは面白そうだ。あ、いや、わたしは女性などに興味はないのだった。ここは匂宮よ、やってみられるがよい」

 見事、大君を当てることができたら……ほほほ、と二人して笑いあっている。

「では、一番左を選ぶとしようかな」


 わたしはこっそりと、他のふたつの布団の中を覗き込んだ。なるほど、こういう配列になっているのか。ならばちょっと、ひとつ試してみたい事がある。

「ではここでひとつ、外れの布団をめくります」

「ほほう」

 そうして右端の布団をめくる。これは婆2号、つまり中の君だった。


「なんだこれは。老婆ではないか」

 匂宮と薫は明らかに逃げ腰になった。

 いや、最初からそう言っていたはずだけど。でもこれで布団はふたつ。


「どうします、このまま一番左を選びますか。それとも、変更しますか」

 えっ、という表情をした匂宮。

「変更してもよいのか。……ならば真ん中に変えようかな。そっちが当たりのような気がしてきた」

「おいおい匂宮。いまさら変更したとて、当たる確率は同じであろう。どうせ三つに一つだぞ」

 呆れ顔の薫だったが、匂宮は真ん中の布団を指差した。

「よし。やはり、こっちにする」


「はい。結果は……こうです!」

 わたしは、真ん中の布団をめくる。

「おおう!」

 ふたりの男から絶望の声があがった。それは婆3号だった。

「だから変えても一緒だと言ったではないか、匂宮よ」

「うむう、やはりそうであったか」


「ということは、この布団の中が大君なのだな」

 止める間もなく、薫はその布団をめくった。そして大きくのけぞる。

「なぜだ、これもやはり木乃伊ミイラではないか」

 やはり失礼な男だ。まだ生きてますからね、それ。


「おのれ、よくも我らをたばかったな」

 薫は泣きながらわたしに詰め寄る。まったく、女性に興味がないとか言いながら、どれだけ期待していたのだ。落胆しすぎだろう。


「何を言うんですか。姉妹なんだから一人がお婆さんだったら、たいてい他もお婆さんに決まってるじゃないですか」

 ひとり目で気づけという話だ。でも、そもそもこのお婆さんたちが姉妹なのかどうかは分からないが。


 見ると匂宮も目を潤ませている。だがその理由は薫とは違った。

「そうか。このお嬢さま方は我らを待ちわびて、ついにはこのような姿になってしまわれたのだな。なんと愛おしい」

 そういうと匂宮は服を脱ぎはじめた。

「あの、ちょっと、何をするんですか」


「これは異なことを申す。この方々の愛には、われも愛を以って報いねばなるまいぞ。……かくまで遅参いたした罪、どうか許されよ。いざ参る」

 そのまま布団に潜り込む。

「ええーっ!」

 匂宮……ここまでくると尊敬に値する。これは紛れもなく源氏の血統だ。


 ☆


「という訳なんです」

「で、薫さんは」

「はい。あの方もしっかり、やる事はやってましたよ」

 はあーっ、と若紫ちゃんは息をついた。

「だから貴族の男って信用できないんです」


「ところで、みさきさま。おばあ様三人を使ってやってみたい事があったと仰いましたが、どういう事です?」

 ああ。それは。

「みっつの選択肢がふたつになった場合、ひとは最初の選択を変えるのかどうか、という実験です」

「はあっ?」


 たとえばA、B、Cのなかに当たりが一つあり、自分はそれを知っている。相手がAを選んだ場合は、BとCのうち、どちらが外れかを、まず教えてあげるのだ。

 もしCが外れだったとすると、残ったのはAかBという事になる。

 その場合、相手は最初に選んだAをやめてBにした方が、当たりを引く確率が上がるのか、という問題だ。


「それは……同じなんじゃないですか。じつのところ、みさきさまが何を言っているのかすら分かりませんけれど」

 それが、選択を変えた方が当選確率はあがるのだそうだ。三分の一が、三分の二にまでなるらしい。


「あのね、最初選んだ時点で当たっている確率は三分の一でしょ。つまり残った方は三分の二なの。で……」

「あーもういいです。そういったお話は安倍晴明さまとして下さい」


「でもおねえちゃん、今回は変えても外れてたわん」

「そうなんだよね」

 まあ、そこは確率でしかないし。


「わたしなら、最初に全部あけてみるわん」

「うん。犬君ちゃん、あの男たちと気が合いそうだね」

「えへへ」


「あ、そうだ、みさきさま。安倍晴明さまで思い出しました。お勤めが終わったら陰陽寮まで来て欲しいと伝言がありましたよ」

 晴明さまが何の用だろう。そうか、ではもう少し若紫ちゃんのお手伝いをしてから行くとするか。


「いえ、今日はもう大丈夫ですから。さっさと行って下さい」

 なんとなく厄介払いをされているようなのは気のせいだろうか。ああそうか、紫式部先生、また隠れてエロ小説を書くつもりだな。

 だったら。

「ではお言葉に甘えて、行ってきます」


 ☆


「おや、早かったのですね、死人の姫」

 やはり意外そうな顔で晴明さまに言われた。予想外に早かったらしい。

「そこは晴明さまのお呼びですからね」

 いつもお世話になっているし。


「あれ、そのお坊さまは?」

 その部屋にはどこか神々しい(いや、お坊さんだから仏々しいか?)、いかにも高僧といった人が晴明さまと向かい合っていた。


「この方は恵心えしんさまです。世に『横川よかわの僧都』と呼ばれていらっしゃいます」

 晴明に紹介されたその老僧は白い歯をキラリと輝かせ、片目をつぶった。

「久しぶりだな浮舟。およそ30年振りか。ほんに、そなたは全然変わらんのう」

「えらく失礼な坊主だな」


 わたしが生まれたのはそんな前じゃないぞ。というか、千年ほど未来のはずなんですけど。

 え、じゃあ誰と間違えてるの?


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