第17話 源典侍と三人の男
その三人の男は、横一列に並んで庭に入ってきた。
どれも性格に問題はあるが、外見だけは相当にレベルが高い男たちだ。うちの寂れた庭が一気に華やかになった気がする。
「ほうほう、これは眼福じゃ」
「世の中には美形がおるものじゃのう」
「ほんに。あと百年くらい寿命が延びる気がするわい」
声を聞き付け縁側に出て来た三婆たちも大喜びだ。
「そのブスはこちらに渡してもらいますぞ、源典侍どの」
これはリーダー格の夕霧という男だ。どうやら今日は道に迷わなかったらしい。
「言っておくが、別に女に興味がある訳では無いのだからな」
「いやいや。わたしは興味津々だよ、可愛い姫」
薫と匂宮も普段通りだな。
「そういえば、匂宮。復活したんですね」
小さな香木に成り果てていた筈なのに。
「ふふっ。美しい女性を前にすれば、わたしはすぐに復活して臨戦態勢さ。どうだい、自分の目で確かめてみるかい?」
だから、袴を脱ごうとするな。
☆
「何の用じゃ、変態ども」
腕組みした源典侍さまは、悠然とした態度で男たちを睥睨する。
「この女が欲しければ、
「姉上、そこは倒してから、でよいのでは」
できるだけ関わり合いになりたくない、という表情の安倍晴明が仕方なく口を挟む。
「うむ。さすがは源典侍。よい覚悟だ。今日はそなたに勝負を挑みに参った」
夕霧が、ずいと前に出る。
源典侍さまは、ぽっと頬を染めた。
「それは妾を拘束し媚薬浸けにしたあと、思う存分いたぶってくれると、そういう事なのだな。怖いのう最近の若い男は」
だったらなんで、そんなに嬉しそうなんだ。
「恐るべきことを考える女だ、そなたは。勝負というのはこれだ」
明らかに腰が引けている夕霧。その手に載っているものは。
「なんじゃ、それは」
べつにいかがわしいモノではなかった。
「これは、
やはり、光源氏を復活させるためにわたしが必要らしい。
でもこれが蹴鞠なのか。平安貴族たちが優雅に遊んでいるのを再現映像などで見たことはあったけれど、本物は初めてだ。
「はて。妾は蹴鞠をやったことはないが。もしや、その鞠を地面に落としたら、罰として着ているものを一枚ずつ脱ぐという決まりであったかな」
脱ぐものが無くなったら負けって、野球拳か。
「こんな年増の裸など見たくもない。三回落としたら、その時点で敗けとしようではないか」
すっと源典侍さまの眉があがった。あ、これは相当怒っているな。
「……よかろう、だがこの格好では存分に動けぬ。晴明、そなたの服と取り替えるぞ。ほれ、さっさと脱ぐのだ」
「姉上、それは困りますが」
「なんじゃ、不満か。妾に不満があると申すのか、ああん、晴明?」
無表情で凄む源典侍さま。
「滅相もありません。では、奥で着替えましょう」
しばらくして、衣装を取り替えた二人が出て来た。図らずも観客たちから同時に歓声があがった。
「か、かっこいいー♡」
男装の源典侍さま。すらっとした長身に狩衣がおそろしく似合う。これは、もう光源氏を復活させなくてもいいんじゃないだろうか。
そして女装した晴明さまを見て、わたしたちは沈黙した。
髷を解き、背中に髪を垂らしたその姿。
そして恥じらいがちに伏せたその顔。
「そこらの女など、まるで比べ物にならないではないか。いやもちろん私は女などに興味はないが」
薫の呆然とした声が全てを物語っていた。
「私の事はいいから、さっさと勝負を始めないか!」
晴明さまは赤い顔で怒鳴った。
☆
「どれ。こうかな。ううむ、当たらないではないか」
源典侍さまは手に取った鞠を蹴ろうとして空振りしている。
「これは思ったより難しいのう」
それを見て男たちは薄笑いを浮かべている。勝利を確信した様子だ。
はたして、どっちが勝った方がわたしの待遇が良くなるのだろうか。想像がつかないので応援のしようがない。
「さあ、始めるぞ」
そう言って夕霧は鞠を高く蹴り上げた。それは真っすぐに源典侍さまの方へ落下していく。
足元のおぼつかない様子でそれを追う源典侍さま。これはダメっぽい。
だが、鞠が地面に落ちる寸前、つま先でそれを軽く蹴り上げた。
「おおっ」
浮き上がった鞠は、源典侍さまの腰のあたりで一瞬、静止する。
「覇っ!」
鋭い腰の回転から、しなやかに右脚が蹴り出された。
唸りをあげた鞠は、薄笑いを浮かべたままの夕霧の顔面を直撃した。
「ぐはっ!」
そのまま夕霧は後方へ撥ね飛ばされた。
鞠はまた上空へと舞い上がる。
こんどはそれをトラップする事もなく、ダイレクトに蹴りを放つ。
「うわ、ボレーシュートだ」
明らかに衝撃で変形した鞠はそのまま匂宮の顔面を襲う。
「ひでぶっ!」
匂宮も奇声をあげ地面に転がった。
再び跳ね上がった鞠は、ふらふらと源典侍さまの頭上を越えていく。
「とうっ」
それを追い、軽々とジャンプした源典侍さまは後方に一回転しながら鞠を捉え、薫に向け蹴り返した。
「すごい、オーバーヘッドだ!!」
身長の二倍ほどの高さから蹴り下ろされた鞠の直撃を受け、薫もあっけなく悶絶した。
「なんじゃ。口ほどにもない奴らだ」
源典侍さまは袴の裾をはらって嘯いた。
知らなかった、蹴鞠ってこんな激しい格闘技だったんだ。
☆
三人まとめて縛り上げ、源典侍さまは男どもを引きずるように帰っていった。
「こいつらを材料に、妾好みの光源氏を造り出してくれるわ」
はっはっは、と高笑いが遠ざかっていく。
「さて。末摘花さま」
元の服に着替えた安倍晴明は振り返った。
「続きを行いましょう」
それは忘れていて欲しかった。
せっかく消えかけた祭壇には、婆3号が大量の薪をくべているし。
「この裏切者っ!」
性格が悪すぎる。本当にあれは、わたしなのか?
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