第8話 平安朝のストーカーを捕獲する

 そうか光源氏。

 あの時、 典侍ないしのすけさまに搾り尽されて消滅した訳じゃなかったんだ。

 もちろん不安は残るけれど、わたしは自分がどこかほっとしている事に気付いた。

「まあ、あんな変態男だけど。いなきゃ寂しいものね」

 ぽつりと呟く。


「お嬢さまは、それほどに変態的な男が好みなのでございますか」

「ならば早くおっしゃれば良いものを」

「知り合いが経営しているSM倶楽部を紹介いたしますぞ」

 三婆に聞かれていた。どこまで地獄耳なんだ、このお婆さんたち。


 へえ、この時代にもそんな怪しげな店があるのか。

 でも考えてみれば、サドとかマゾとか名前が付く以前から、そういう性癖があっても不思議ではない。人の趣味嗜好というのは千年前だろうと、そう変わらないものらしいからな。

 わたしは人間のごうというものに思いを馳せていた。


「なにを間抜け面でぼーっとされておるのです」

「まずは、その抜け出た霊魂を呼び戻しなされませ」

「さもなくば蝋人形にして、魔除け代わりに玄関に飾りますぞ」


 なんだよ、人が珍しく学術的な考察に耽っているというのに。それに、わたしの口から出ているこれはエクトプラズムではない。ふつうに吐いた息が白く見えているだけだから。

 最近になって朝夕が寒くなった。そろそろ季節が変わろうとしているようだ。


 ☆


 なんだか最近、視線を感じる。庭からだったり、天井裏からだったり。

「もしかして、ストーカー?」

 嫌だな。前世では、わたしストーカーに殺されてるんだけど。

 困ったぞ。頼みの蝉丸くんは一週間くらいしたら姿が見えなくなった。やはりセミだからだろうか。また来年会えるといいけど。

 

 いなくなったといえば、貧ちゃん、ではなく座敷童のわらしくんもだ。座敷童が出て行った家は衰退すると聞いたが、なるほどそういう事か。

 わたしは穴の開いた天井を見上げた。



「余計な事をしてくれたものですね」

 蝉丸くんの事を相談したら、安倍晴明さまに冷たい目で見られた。

「幼虫のままであれば、まだ何年も働けたものを」

 そうか、小君くんを大人にしちゃったからか。


「しかたありませんね。では新しい式神を付けましょう」

 そう言うと晴明は瓶の中からそれを取り出した。

「これです」


 手渡されたものを見て、わたしは悲鳴をあげた。

「ゴ、ゴキブリっ!!」

 ちょうど手のひらサイズの巨大な黒い扁平な虫が、わたしの手のひらの上に載っていた。もう、いったいどんな嫌がらせなのだ。


「違います」

 晴明はその巨大ゴキブリを裏返した。でもこの脚がいっぱい蠢いてるのはもっとイヤなんだけど。

「ここをご覧ください」

「へ?」

 おお。ゴキブリのお尻が黄みどりっぽく光っている。


「これは蛍でございます。死人の姫」


 いや。どっちにしても虫だし。

「まあなんて立派なおーむ!……なんて絶対言わないからね」

 わたしはどうやっても『 でる姫』にはなれそうにない。


 ☆


「うぎゃーーっ!!」

 深夜、庭で悲鳴が聞こえた。

 しめしめ。わたしはゆっくりと縁側にでる。

 見事、庭木の枝に狩衣姿の男が逆さまにぶら下がっていた。

「おーい、助けてくれー」


 こっちに来る以前、わたしは狩猟免許を持っている友達に、はね上げ罠の作り方を教えてもらっていたのだ。

 でもまさかこんな事に役立つとは思いもしなかった。

「あなた誰、何しにきたの?」


「いや……ここの娘が美しいと聞いたので、ちょっと夜這いに」

 まったく悪びれた様子もなく、その若い男が言う。

「夜這い? わたしに。ほうほう」

 おや、意外とわたしモテモテではないか。ただ、寄って来る男はこんな変態ばかりだが。


「勘違いするな。わたしは性欲などというものは持っておらぬからな。この世に私ほど安心な男はおらぬぞ」

 性欲って言っちゃってるし。実はこういう男が一番危ないんじゃないだろうか。


「じゃあ何しに来たんですか」

 こんな夜中に女性の部屋に押し掛けて。いや、もちろん何かして欲しい訳ではないのだけれど。


「お主ではない。ここの三姉妹に会わせて欲しいのだ。お主はその者たちに仕えているのであろう?」

 やはりこの屋敷の使用人に見えるんだ、わたし。


 でもわたしが仕えている相手なんて、ここにはいないけど。

 しかも、三姉妹? 

 それならたったひとつ心当たりはある。あるけど、それはあまりにも、あれだな。まさか、そんな事って。だいたい姉妹かどうか知らないし。

 うーん、わたしは額を押えた。


「わたしが勝手に大君おおいきみ、二の君、浮舟うきふねなどと呼んでいる者たちなのだよ」

 男はなおも言い募る。三人目の呼び方が、ひとりだけおかしいのは置いといて。


「それってまさか、婆1~3号のこと!?」




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