第6話 平安時代の男は変態する

 きっとこいつも光源氏の眷属けんぞくなのだろう。

 夕霧がどうしたとか寝ぼけた事をほざくこの変質者の手によって、わたしは下着一枚にさせられていた。

 しかも、あの光源氏のように衣装にしびれ薬の香りを焚き込んでいるわけではない。ただ単純に、男の力に抗することができなかったのだ。


「心配はいらないよ。こう見えてわたしは妻と愛人の寝所を、平等に週に三日ずつ訪れることにしているのだからね」

 この男。自分はそれだけ几帳面なんだと言いたいらしい。

 じゃあ、あと一日はどこにいるんだ。


「やめてください、誰か助けて!」

 でも、うちの婆さんたちは、夜は絶対に目を覚まさない。どこからも助けは来そうになかった。


 夕霧(一応、そう呼ぶ)はわたしの着物の衿に手をかけ、勢いよく左右にひろげた。

「いやーーーっ!!」

 無理やり胸元を顕わにされ、わたしは絶望の声をあげた。


「おや?」

 夕霧が首をひねった。

「なんだ。こっちは背中だったか」

 ……おのれ、夕霧。


「まあよい。背後からというのも、おつなものであろう」

「こっちが前だって言ってるでしょ。ここに顔があるんだからっ!」

 なんだか、別の意味で腹がたってきた。


「いや、わたしはまだ石になりたくないのでな。見ないようにしていたのだ」

 言っておくが、わたしはメドゥーサじゃないからな。まあ、うちのお婆さんどもにも同じことを言われたような気がするけど。

 でも悔しい。こんな奴が、わたしの初めての相手だなんて。


「では、まいるぞ。なに痛いのは最初だけだからな」

 光源氏もだが、こいつも絶対にあの藤原道長がモデルになってるに違いない。


「い、痛い!」

 でも声をあげたのは夕霧だった。首筋を押え、床を転げまわっている。

「ううっ。な、なんじゃこの痛みは。マダニか?!」

 とことん失礼なやつだ。こんなボロ家だが、さすがに家の中にマダニはいない……はずだ。と思う。


「うわーーっ!」

 何かを払いのけるように、思い切り腕を振り回した夕霧。下半身裸のままで庭へ飛び下り、走り去っていった。


「え、どうしたの。いったい」

 唖然として、わたしはそれを見送った。そういえば、夕霧はなにかをはね飛ばしていた。小さなものが柱の方に飛んでいったような気がする。

「こっちの方かな……、ああっ!」


 その柱の根元に、小君くんが倒れていた。ちっちゃな小姓姿で、手には鋭い縫い針を握っている。

 だけど、ぐったりとしたまま動かない。

「わたしを……守ってくれたんだね。……小君くん」

 わたしは声が出せなかった。


 動かなくなった小君くんを手のひらに抱いたまま、わたしは一晩中、泣いた。


 ☆


 鳥のさえずりで気が付いた。明け方になって、少しまどろんだみたいだ。

「はっ、小君くん」 

 わたしは慌てて手の中をみた。そこにはやはり、ちいさな服に身を包んだ小君くん……。の抜け殻。顔も手足も半透明なぺらぺらになっている。

「はあっ?」


「おはようございます。末摘花のねえさん」

 聞き覚えのない声が背後からした。頭をめぐらせると稚児装束の足がみえた。

「えーと。誰?」

 そのまま視線をあげていく。身長はわたしとあまり変わらない男の子だ。

 そしてその顔は。


「セミーーっ!」

 超巨大なセミがそこに立っていた。



「もうひどいな。顔を見るなり気を失うなんて」

 その少年は丸い眼鏡を外して微笑んだ。わたしは彼に膝枕をされていた。どうやら大きなメガネがセミの眼に見えたらしい。


「いや、あの。これはいったい。あなた、誰ですか」

 すごく可愛らしい美少年ではあるのだが、光源氏などの例もあるし、顔だけで判断するのは危険だ。


「昨日までは小君と呼ばれてました」

 やはりセミだった。わたしはあわてて身体をはなす。


「いや、あなた。これ位の大きさだったでしょ?」

 わたしは親指と人差し指を拡げる。やはり脱皮したのだろうか。


「ふふ。男子三日会わざれば刮目して見るべし、というじゃないですか」

 意外と面倒くさそうな子だった。しかも、三日も経ってないし。


「ああ、そうだ。ゆうべは助けてくれてありがとうね、小君くん」

 一応、お礼を言っておく。


「いえ、僕もねえさんに大人にしてもらいましたから、お互いさまですよ」

 それは、よかった……。でもそこはかとなく誤解を招きそうなセリフなんだけど。


「あ、あのさ小君くん。……いや小君っていうのも、どうなんだろうね。もうこんなに大きくなったんだし」

「え、いつの間に見たんですか」

 そう言って自分の袴の中をのぞいている。

「そっちじゃないっ!」


 なぜ、どいつもこいつも。平安時代の男って、みんなこうなのか?


 ☆


「じゃあ、僕のことは蝉丸せみまると呼んでください」

 あまり、呼びたくはないが。

「分かりました。で、それは何を背負っているの」

 蝉丸くんは楽器を背負っていた。……ギター、じゃないようだが。


「ああ。これは琵琶びわです。このバチで鳴らすんです」

 イチョウの葉に似たバチを弦のうえに走らせる。

 びよろろろーん、べんべん。


「あ。これって聞いたことがあるよ、平家物語のBGMだね」

「は、平家?」

 そうか、知ってるはずはないか。

 でもこの楽器、変わった音がする。もっと聴いてみたい。


「では、美しい末摘花ねえさんのために一曲、弾いてみよ……ううっ」

「ど、どうしたの蝉丸くん」

 とつぜん頭を押さえて苦しみ始めたのだ。

「う、う、うつくし……うぐうっ!」


「す、すみません……心にもないことを言おうとすると、僕のなかの良心回路がきしみをあげるんですっ……うぐわぁぁぁ」


 お前はセミじゃなく、半分透明な人造人間か!






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