第12話 地獄をプロデュースする

「なんじゃ。そなた、あの浮舟とは別人なのか。だが未来からきたのだろう?」

「はい。確かにそうですけど」

 晴明さまと、その恵心というお坊さんは深刻な顔のまま小声で話し合っている。時々、ちらちらとこっちを見ているし。

 ちょっと待って。すごく気になるんですけど。


 すると恵心さまが明るい声で言った。

「いやー、だがそなたを見ていると、まるで衆合しゅごう地獄におるようじゃなぁ」

 急に話が変わった。しかも誤魔化し方が下手過ぎる。なんだそれ。大酒呑みの地獄なのか。

 いやいや、それはともかく、面と向かって地獄っぽいとか言われると腹が立つんだけど。


「何をいう。これは誉めておるのだ。衆合地獄には美人しかおらぬからな」

「へえ。地獄なのに、ですか」


 それは男性にとって、逆に極楽のような気もするが。だいたいそんな都合のいい地獄があるのか? でも、もしイケメンばかりの地獄があるなら、ちょっと行ってみたい気もするな。噂に聞くホストクラブみたいなものかもしれない。


「何をにやけておる。その地獄は、邪淫の罪を犯したものが堕ちるのだぞ」

 ほうほう。でも邪淫って何。


「そうか知らぬのか。では邪淫クイズじゃ。まず第一問」

 いま、このお坊さん、クイズって言わなかったか?


「そなたは、口で性行為をしたことがあるかな?」

「ふ、ふぇ? いえ……ありませんけど」

「では第二問、肛門では」

「どういうエロ質問なんですか」

 もうクイズでもないし。

「続けて第三問、牛や馬とは」

「ある訳ないでしょ!」

 うむ、と難しい顔で恵心は首を捻った。


「では最後の質問じゃ。僧侶とそういう関係を持ったり、持ちたいと思ったことはないか」

「そんな気持ちは、まったくありませんから」

 それが本心か。やはりただのセクハラ坊主だった。


 恵心僧都はがっくりと肩を落とした。

「そうか。ではそなたは衆合地獄で働く資格はないのう」

「いえ、別に地獄で就職したいとか思ってないので、それは大丈夫ですけど」


「今からでも遅くないぞ、この中の罪をどれか一つ犯してみる気はないか」

「わたし、悪事をそそのかすお坊さんって、初めて見ましたよ」


「申し訳ございません、恵心さま。この娘なら適任かと思ったのですが」

 安倍晴明さまが頭を下げた。やはりこの男の差し金だったか。


「最近は地獄の獄卒にもなり手が少なくてのう。こうやって晴明どのに紹介してもらっていたのだ。いや失礼した」

 恵心僧都は禿頭をぺんぺんと叩いた。


「あの、晴明さま。この変態……いえ、お坊さまは何者なんですか」


 ☆


「この恵心僧都という方は、いま地獄を構築していらっしゃるのです」

「はい?」

 いよいよ分からない。作れるものなのか、地獄って。


「いま、等活とうかつ黒縄こくじょう・衆合・叫喚・大叫喚・焦熱・大焦熱・阿鼻あびの八つまで作ったところでな。あとは獄卒なのだが、募集してもなかなか集まらないのだよ」

 ふうっ、と恵心はため息をついた。


「恵心さま。やはり各地獄に獄卒が48人ずつというのは多過ぎはしませんか」

「そうか。では46人に妥協するか」

 あまり変わらないような気がする。それに妥協の産物じゃないし。


「末摘花どのなら衆合地獄でセンターが務まると思ったのだがな」

 残念そうな恵心僧都。

 おや。それは少し心が動く。地獄にも坂はあるだろうからな。

 でも、やらないけどね。歌とか踊りって、本当に無理だし。



 そうだ、地獄といえば、あの人がいるんじゃないだろうか。

「だったら小野 たかむらさまともお知り合いなんですか」

 篁さまは六道珍皇寺の井戸を通って地獄と現世を行き来しては、閻魔大王の裁判の補佐をしていると聞いたことがある。


「なに篁と『お尻愛』か、だと? なんと、そなたのような女子からそんな言葉を聞くとは。ほ、ほほっ。まさに末法の世じゃのう」

 言ってませんし。なんでそんなに嬉しそうなのだ。


「いや、残念ながら篁とはそういう爛れた関係ではないぞ」

 残念ながら、の意味が分からない。わたしも別にそんな関係を期待してた訳じゃないし。


「小野 篁は閻魔庁の所属での。つまり、亡者を地獄行きと極楽行きに分けるのが仕事なので、儂のいう地獄とはちょっと違うのだ」

 ああ、なるほど。


「ところでその、地獄のテーマパークってどこで造ってるんですか」

 昔見た、お寺とかにある地獄巡りみたいなのなら見てみたい。結構、怖かったような記憶がある。


 恵心僧都は怪訝そうな顔になった。

「なんじゃその、てーまぱーく、とやらは」

 ああ、それは知らないんだ。


「恵心さまが創っていらっしゃるのは、そんな紛いものではありませんよ、死人の姫」

「へえ。すると」

 本物か?

「そうじゃ。地獄は、ほれそこにあるぞ。そなたの後ろじゃ」

 きゃーーっ!


「いや、そんなもの無いじゃないですか」

 思わず悲鳴をあげてしまった。ぜいぜいと息を切らし、わたしは恵心さまに抗議する。


「そうではない、この世と地獄、極楽は隣りあわせと言いたかったのじゃ」

 それは多元宇宙というものかな?

 わたしのつぶやきに安倍晴明さまが頷く。


「それに、みさき様。あなたが暮らしていたという未来世界もです」

 この平安時代と未来が同時並行的に存在している。晴明さまはそう言ったのだ。


 この恵心さまは地獄へ行き来する事ができる。だとするなら……わたしがいた未来へも行けるのではないだろうか。

「もしかして帰れるの、わたし?」



 


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